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日常の終わり

 森のように木々が生い茂る迷宮の中、曜たちは大金を手に入れたらどうするか、という話で盛り上がっていた。

 アリアドネが亀羅君三号の写真と付近の地形を照合している最中とはいえ、呑気なもの。しかし、この辺りは代わり映えのない景色が続くので写真の場所が分かりづらい。この照合も何回も場所を変えて行わなければいけないだろう。

 きっと長丁場になる。

 イヴィルも今はいないのだし、少しくらいは気を抜く時間も必要だ。


「やはり、株をやってみるべきだと小生は思うんですな」


「でもなー、株って失敗したら痛いらしいよ。一気にお金がパーになったら意味なくない?」


「ふむ、方丈氏の言い分はもっとも。しかし、リターンは少なくとも、確実に儲かる株があったらどうですかな?」


「あー、言いたいことはわかったぞ、源。テセウスとか、メイズ・バベルの探索に関わる企業の株を買うつもりだろ」


 テセウスとはメイズ・バベルの探索に関わる商品、特に武器を中心に扱っている大企業だ。

 探索者としても活動しており、資源の回収、イヴィルの退治等、その実績はこの国でナンバーワンと言っても過言ではない。

 そんな大企業の株なら安心かもしれないが、株とはそれほど簡単なものなのだろうか。

 曜にはそういった知識がなくわからないが、それなら、皆がテセウスの株を買っているのでは、という疑問がある。

 空木も曜と同じようなことを思っていたのか、否定の声を上げた。


「やめとけやめとけ。そんな単純なものでもないだろうし、よく分かってないもんに手を出しても痛い目を見るだけだ。それより、老後のことを考えて貯金しとけ。将来、どうなるか分かんないしな」


「「「うわ、つまんな……」」」


 空木の意見は息の合った感想に撃墜された。

 たしかにつまらない意見だ。

 せっかく自由に使えるお金がこれでもかというほど手に入るなら、もっと面白く使ってみたい。

 まあ、その”面白く”が小市民である曜には思いつかないのが、悲しいところ。


「うーん、やっぱり私は旅行かなー。もうすぐ夏休みだし、来年は進路を決めるので忙しそうじゃん。ここいらで、たっぷり色んな景色を見ておきたいな」


「その前に期末試験を通んないとだな。ついでに僕も未知の世界を見るため、旅に行こうと思っている。お前たちもついてくるか?」


 藤村の旅行のお誘いには誰も返事をしなかった。

 そのまま、夏休み前の試験について話し合っている。

 これでいいのかD班。少し、藤村の目が潤んでいる気すらする。

 一時の雇われの身である曜には手を差し伸べる力はない。藤村にはよく班員と話し合って、是非とも待遇を上げてもらいたい。


「期末試験か……学科はともかく、実技が問題だよな」


「それも心配だけど、俺はその前に今回の課題がやばい」


 さっきの【バフォメット】でそこそこは稼げている。

 でも、足りない。まだまだ、曜の安らかな週末には程遠い。

 というか、残りのポイントを見ているとため息しか出ない。これはもう無理なんじゃないだろうか、と曜はすでに諦め始めていた。


「そうですな、月城氏の目下の悩みはポイントですが、先ほどの【バフォメット】で少しは入ったのでは?」


「一人なら【バフォメット】の退治で十分。でも、今回はこの人数で班を組んでいるから、まだ足りないな。小型のイヴィルを倒すか、どっかの階層の探索をしないとクリアできなさそうだ」


「そっかー。危険を冒して強いイヴィルを倒すよりかは、コツコツ探索している方がポイント入りやすいしねー」


 課題のポイントは『迷宮の探索』、『イヴィル退治』、『資源の回収』の三項目をクリアすることで手に入れるのが通常だ。

 ただ、これはやればやるほどポイントが入るシステムとはなっていない。

 例えば、【インプ】を討伐してポイントを手に入れたとしたら、その日はもう【インプ】をいくら討伐してもポイントは手に入らない。

 探索も一定時間を過ぎればポイントが手に入るが、それ以降いくらその階層に留まっていようと、ポイントが増えることはない。

 これは、学生が無理をしてイヴィルを退治したり、迷宮に長く留まることを防ぐ措置だ。

 曜たちは一応は学生であるため、余計な危険を冒す可能性があるシステムにはなっていないのだろう。


 つまり、コツコツやるのが一番効率がいい。

 

 毎日迷宮に赴き、イヴィルを倒す。特別なことは必要ない。

 しかし、曜のように一人の場合は行ける場所にも限りがある。

 今回のようにポイントが多く求められる場合、ソロは効率がいいとはいえない。

 逆に、指定地点までの迷宮踏破や逃走訓練等の課題なら、一人の方が皆と合わせる必要もなく楽なのだが。


「もう、いざとなったら教官の追ポに望みをかけるしかない」


 そこが曜の最後にして唯一の望み。

 追ポとは追加ポイントのこと。教官がアリアドネの記録を見て、追加でポイントをくれるシステムを指す。

 何体もイヴィルを討伐していると、ここでプラスになることが多い。

 ただ、あまりに危険な行動をしていたりすると、プラスではなく……


「教官、厳しいよ。下手したらマイナスに……」


「……いいんだ、方丈。お前は旅行楽しんでこいよ。俺はお土産を待って、補習を頑張ってるから」


「あ、うん……さりげなーくお土産を催促してる……」


「夏休みに教官と補習プラス迷宮探索か。うん、死ぬな。僕なら三日と持たない」


 もう、覚悟はできている。

 炎天下の中、一人孤独にメイズ・バベルに挑むのは、初めてのことではない。

 もういい。もう期待なんてして……なんとかなってくれないかなあ。半分しか諦めきれていない曜は、残りの希望を捨てきれない。


「やっぱり、月城氏が不憫な件について」


「日にちが悪かったよな。今日は金曜。来週月曜は休日。ここを逃すと、土日月と三連休だ。メイズ・バベルに入りづらいし、週明けも色々あって、テストも近い。月城にはきつい日程だったな」


「なんで、月城君はソロなんだろうねえ。他のクラスには五人班もあるのに……ぼっちが似合うからとかかなあ」


「似合ってない。やんごとなき事情があるんだよ……」


 石居、空木、方丈のぼやきが曜の心に突き刺さる。

 ああ、現実とは何故、こうも直視したくないものなのか。しかし、藤村が曜に僅かな希望の光を示した。


「何故諦めているんだ! セフィラさえあれば月城だって、皆と同じように夏休みを満喫できるだろ。あの資源ならポイントは四人で分割しようがお釣りがくる! それにいざとなったら、教官を買収……は絶対にできないだろうが、きっと、あれさえ手に入れればなんとかなるんだ! 多分!」


 そうだった。

 セフィラを手に入れたお金で何をするか話していたのに、いつの間にか面白味のない現実の話に巻き戻っていた。

 恐るべし課題と試験。これほどまでに学生に無駄な夢を見させないものが他にあるだろうか。いや、ない。


「おっ、そろそろ照合が終わるぞ……うん?」


 一度目の照合が終わったらしい。

 だが、藤村は自分のブルーのアリアドネを握ったまま動かない。

 皆が一様に怪訝そうな表情を浮かべていると、氷が溶けていくかのように藤村が動き始めた。


「こ、こ」


「こ? 何だって? 湊、お前ついにまともに喋ることもできなくなったのか?」


「それは前からだった模様」


「そだね。不自由だもんね」


 怒涛のコンビネーションが藤村に襲いかかる。

 が、今回ばかりは藤村もひるまなかった。


「お前ら、そうじゃない! ここなんだよ。こ、こ! ここがセフィラ、あの花があった場所なんだ!」


「「「「………………は?」」」」


 ここ。この場所。

 相も変わらず代わり映えしない森の中。

 常緑樹のように濃い緑の葉を揺らす木も、落ち葉が積もった平坦な地面も、これといった特徴がなく、とても迷いやすいこの地下五階の森で、


 藤村湊は一発で当たりを引いた。


「まじで?」


 いくらデータがあろうと、こうも迷わず目的地にいけるとは。

 場所の特定に時間がかかるだろうから、助っ人として曜が呼ばれたというのに、これでは来た意味が迷子である。


「まじだ。いいか、諸君! 命令(オーダー)はたった一つだ。探せ! この世の全てがここにある!」


「「「「おおー!」」」」


 今回ばかりは藤村の命令に従わざるをえない。

 もはや殺気に近いやる気を漲らせ、眼光鋭く頷くD班員。曜を含め、大きすぎない声で気合十分な返事をしてからは迅速だった。


「アリアドネのチャンネルはオープンにしておけ。誤差は半径五十メートルもないはずだ。東西南北に一人ずつ散開。月城は中央で索敵。イヴィルが近づいたらすぐに報告。分かっているとは思うが、なるべくやり過ごせよ。襲われて逃げることになるのも面倒だし、何よりもセフィラを潰してしまいました、とか洒落にならないからな。では、作戦名、えーと『コード――」


「俺は東に行く」「私はあったかそうだし南」「じゃあ、小生は西に」


 班長の作戦名が披露されることはなく、班員は各自散開していった。

 こんな重大な場面で指示をする機会は一生に一度でもある方が珍しい。

 藤村もきっと格好良く決めたかったのだろう。その背中は人生に疲れ切ったように煤けていた。


「藤村は北だな。あー、頑張れ」


「……うん。頑張る」


 一人だけ、しょぼくれた背中でセフィラを探しに行っているが、これはもう手に入れたも同然だ。

 アリアドネで照合した以上は位置情報に間違いはないはず。

 付近にイヴィルの気配もない。

 これで安らかな週末を過ごすことができる。

 夏休みの補習の心配もせずに、悠々としていられる。樹上で一人、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる曜だったが、


『おい、湊見つからないぞ』


『こっちも』


『こちらも同じく』


『……北も見つからない』


 もう何度目になるか分からない通信。

 曜は索敵がてらに登っていた木の上で首を傾げていた。

 探し始めてもう一時間が過ぎた。本来なら数分とかからず、見つけられるはずなのに。

 セフィラは金の模様が入った黒い花。

 黒い花弁はともかく金の模様は目立つ。まして、探す四人はこれ以上ないほど、やる気に満ち溢れている。通信を聞いている曜は、四人が文字通り草の根をかき分けて探していることもわかっていた。あと、鼻息もすごかった。

 では、場所が違うのか。

 アリアドネの位置情報に間違いがないなら、問題は……


「藤村、亀羅君三号の撮影した位置情報が違う可能性は?」


『……おそらくない。ここまでの位置情報に問題はなかった。当然、他の故障箇所もない。それは昨日の時点で調べている』


『なら、どうして見つからないんだろう?』


『どっかの誰かか、イヴィルが持って行ったとかか?』


 普通に考えればそうなる。

 位置情報に誤差がなく、目的の物がないなら誰かが持って行ったという考えに行き着くのは当然の帰結だ。しかし、


「セフィラが見つかったなら大騒ぎになってるだろ。ついさっき採取されたとかじゃないなら、誰かが持って行ったってことはないな」


『うーん……じゃあ、イヴィルが持って行っちゃったのかな?』


『それは……ありえそうですな。元々、セフィラは目撃情報も少なく、どういった場所で生えているかも判明していない希少な花。実はイヴィルの好物で、見つかり次第食われていた、とかですと、納得の珍しさと言えますな』


『くそう。こうも伝説は我が手から逃れるか……ああ、手に入れたかったなあ』


 通信機から聞こえる声は、一時間前と打って変わって諦めムードだ。

 だが、藤村の言葉を耳にした曜には、ある考えが浮かんでいた。


「なあ、セフィラが無かったとして、生えていたであろう場所はわかるか?」


『それを聞いてどうするんだ、月城? そこにないなら、場所がわかっても意味がないだろ』


『いや、待て翔。月城、何を――』


『あ、多分ここかな』


『……何なんだ、お前たちは? 僕の話を遮るのがそんなに好きなのか? 可哀想だとは思わないのか?』


 藤村はお冠であったが、場所がわかったのは幸いだ。

 声の主は方丈。ということは、方角は南。


「とりあえず一回、方丈のとこに集合してくれ。周囲にイヴィルもいないしな」


 そう言って、曜が木から下りるとすぐにD班員の姿が確認できた。

 そう、たかが半径五十メートルの範囲。

 それだけに、黒い花弁に金の模様が入ってる、あんな特徴的な花が見つからないなんてことはありえない。


「ここだよー」


 方丈が指し示す場所と、セフィラの写真を見比べてみる。

 たしかに、この場所だ。

 隣りに生えている植物も同じ種類。葉の向き、土の色もそっくりだ。いくらこの辺りが代わり映えのない景色とはいえ、こうも同じものはないだろう。

 間違いなく、セフィラはここにあったのだ。

 写真と違うのは黒い花がないだけ。周りを囲む繁みは同じ姿でそこにある。


「で、何に気づいたんだ月城?」


「気づいたというか……あ、あった……」


 写真と見比べながら、草をかき分け、地面を調べてみる。

 根拠も何もない。ただ、もしかしたらこういうこともありえるかも、という思いつきで調べたその地面には、想像通りの痕跡があった。


「なにこれ?」


「穴に見えますな。やはり、セフィラは持ち去られたということに……」


 セフィラが生えていただろうその場所には穴が残っていた。

 これを見れば、持ち去られたとも考えられるが、今回に限ってはそれはない。


「多分、持ち去られたっていうのはない。セフィラなんて貴重なものを回収するのなら、根っこどころか、周りの土だって持っていくはず。なら……」


「そうか。人が持って行ったのなら、もっと土は抉れている。近くの植物をどけた痕跡だって残るもんな。だけど、枝も折れていないし、他の痕跡も見当たらない。ということは人ではないってわけだな」


「なら、イヴィルが持って行ったってこと?」


「いや、イヴィルが根っこごと持っていくとは考えづらい。イヴィルが持って行ったのなら、それこそ、人よりも痕跡が残る。つまり、人が持ち去ったのではなく、イヴィルが持ち去ったわけでもない。なら、その答えは!?……何だ、月城?」


「そこまで自信満々に言っておいて俺に振るなよ……俺が思いついたのは人でも、イヴィルでもないなら、セフィラが自分で動いたんじゃないかってことだ」


「は? いや、それは……待て、そうだよな。ここは迷宮だ。写真を見て植物かと思っていたけど、そうじゃない可能性もあるのか。動く植物か……ああくそ、この僕が固定観念ってやつにとらわれるとは!」


 藤村は悔しそうに頭をかき、班員三人はどこか納得したような顔で頷いていた。

 そう、ここは迷宮の中。

 地球上の何処よりも、不可思議が溢れているこの場所で、固定観念なんてものは邪魔でしかない。見た目が綺麗な花だからといって、中身までが花であるとは限らない。


「なら、この穴を追っていったら、セフィラに辿り着けるということですな」


「でも、掘り返していくわけにもいかないし、どうしよう?」


 うーん、と首を傾げ考え込む方丈。

 それに合わせるようにして、曜たちも何かしらの方法を考えようとする。だが、どう考えてもこの穴から追跡するような便利なものはなかった。


「……今日は無理そうだな。出直すとしよう」


 藤村が冷静な判断を下した。

 班長が決めた結論だ。反対するものはおらず、D班員たちは、残念そうな表情を浮かべながらも、頷いた。


「そっかー。残念」


「でも、これで終わりってわけじゃない。次に期待しようぜ」


「ですな」


「次も呼ばれることを期待しているよ」


「もちろん、次も呼ぶさ。さて、帰る前に色々と準備をしておこう」


「準備?」


「ああ。まずは穴の様子を調べて、写真も撮っておく。大きさも記録しておこう。そうしたら、後でインテリたちに機材の依頼もできるしな。それと、定点カメラも仕掛けておこう。案外、またここにセフィラが現れるかもしれない」


 着々と次に向けて準備を整える藤村。

 さっきも思ったが、藤村はこういうところは班長らしい。それに従い、迷いなくサポートする班員たちも曜には格好良く見えた。

 正直、こういう姿を見ていると憧れる。

 仕方のないこととはいえ、曜も一緒に探索する仲間が欲しいと思ってしまう。

 でも、今の状況は納得して決めたこと。我ながら未練がましいな、と自分自身に曜は少し呆れ、乾いた笑みを浮かべた。


 特別を求め迷宮を探索し、イヴィルを退治する探索者。

 課題や試験に頭を悩ませ、夏休みに思いをはせる高校生。


 そんな二つが混じった歪で、しかし、それが普通となった現代の高校生の一幕。セフィラを探すための準備が終われば、それも幕を降ろす。


「よし、これで――」


 あとは帰るだけ。

 だが、一通りの準備が終わろうとするその瞬間。藤村の声を遮るように、


 迷宮が揺れた。

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