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ウィザード

 地下五階。

 学校側から自由に探索を許可されている最下層。

 これ以降の階層は特別な機会がなければ降りることはなく、学生たちにとっては地下側の迷宮のゴールといえる階層。

 それだけに、イヴィルの数は一階と比べてかなり多い。

 今も曜は手裏剣擬きの黒い物体を数本を投げながら、【インプ】の群れから遁走していた。


「ああもう、何で俺のウィザードは自分で投げなきゃいけないんだか」


 ごちる曜は、右手の武器――ウィザードに視線を落とす。

 武器と言っても、その形状は小さな黒い腕輪。

 しかし、魔術師の名を冠すだけあって、この黒い腕輪が起こす現象は不可思議極まりない。


 現代の悪魔を祓うこの武器には”魔杖”と”護符”の二つの力がある。


 一つは、念じただけで魔法のように何かを生み出す力。

 火の玉、氷塊、電撃など、その力は人によって違う。一見同じに見えても、色や形、効果などが人それぞれで微妙に異なっている。

 もう一つは、守りの力。

 これは見えない鎧を着ているイメージに近い。腕輪についた水晶らしきものが輝いている間は、衝撃などから身体を保護してくれる。

 未知で満ちている迷宮探索においては、どちらも頼りになる力だ。

 ただ、この武器一つでいいかと問われれば、おそらく探索者の誰もが困った表情を浮かべるだろう。

 ”魔杖”よりも現代兵器である重火器の方が安定しており、威力も基本的に高い。

 人それぞれで効果が違うという点はデメリットにもなりうる。使いすぎれば頭痛や気絶といった形で体に悪影響が出る点も無視できない。

 ”護符”はあまりに強い衝撃には意味がなく、効果が切れれば約一日は使い物にならない。

 その効果自体も数回程度の身代わりに過ぎず、イヴィルに囲まれれば五分と持たないだろう。

 しかし、頼り切れない一番の理由はそんな力のデメリットよりも、ウィザードとという武器の背景にある。


 この武器は、仕組みがまったく解明されていない・・・・・・・・


 わかっているのはマナと名付けられた、いわゆる魔力やMP的な不可思議なものが関わっていることくらい。だから、誰もが疑問に思っている。


――マナって何?


――製造方法が迷宮内物質の水晶と腕輪でほぼ完成って本当?


――原理も何も分かっていないのに、何でウィザードを作ることができたんだ?


 この疑問に答えることができる学者はいない。

 まさに、ブラックボックスである。

 何もわかっていない未知の力に全幅の信頼をおくことはできない。

 だが、その実績は大きい。ウィザードが無かったら、この五十年で日本は滅んでいたと言われるほどに。

 それゆえに武器の背景に疑念があっても力自体は誰もが評価している。

 おそらく、メイズ・バベルに挑む誰もが、なんだかんだでこの退魔の武器を装備しているだろう。


「俺のじゃ向いてないって……」


 しかし、曜が置かれた今の状況ではそんな武器も大して役に立たなかった。

 曜のウィザードは、ある程度形を変えられる黒い物体を生み出すのだが、これは離れた場所にいる相手にはちょっと面倒なのだ。

 普通なら弾丸のように飛んでいくというのに、曜のはいちいち投げるという動作を挟まなければいけない。

 だから、曜は多数を相手にするのは苦手だ。

 それでも、【インプ】数体程度なら問題ない。

 黒くて、蝙蝠みたいな翼があって、まさに絵本から飛び出たかのようなこの悪魔の大きさは、バスケットボールとかサッカーボールくらいのものでしかない。

 今だって、適当に投げた手裏剣擬きで数体の【インプ】を倒したのを、曜は視界の隅で確認した。

 【インプ】の『ハザード』というイヴィルの危険度を表す指標はⅠ。

 頑張れば何の訓練も受けてない子供にだって倒せるようなイヴィルだ。


 でも、こいつらはとにかく数が多い。


 ちらりと背後を見れば、もはや黒い霧にしか見えない数の【インプ】が曜を追いかけていた。こんな数でこられたら、いくら雑魚だろうと手の出しようがない。

 はあ、と一つ曜はため息を零す。

 固有能力、オンリーワンなどと謳えば聞こえはいいが、結局のところウィザードの力はランダム、ようはガチャだ。本当に運頼みな武器である。


「てか、俺の仕事は索敵と遊撃じゃないのか? 今、俺しか戦ってないよな」


 おかしい。絶対におかしい。

 何で、この数の【インプ】にたった一人で挑まねばならないのか。

 曜のウィザードはこいつら相手では効果が薄い。

 他にも、学校から支給された拳銃やらナイフやら小型爆弾やらも持ってはいるが、どれも適しているとは言い難い。

 雑魚とはいえ、こんな数なら、もっと効率よく殲滅できる奴が相手をすればいいのだ。


「藤村! 時間稼ぎっていつまでだ? 『コード・ヴォルケーノ』とやらは、いつになったら発動するんだ!」


 走る、手裏剣投げる、走る、手裏剣投げる、走る、アリアドネに吠える、走る、手裏剣投げる……をもう何度繰り返したか。

 曜が必死になって走っていると、ようやく待ちに待った指示がアリアドネから聞こえてきた。


『待たせたな。こちらの準備は完了した。繰り返す。こちら――』


「いいから、早く!」


『……そのまま、何も気にせず真っ直ぐに走ってこい……ん?』


 ようやく、終わると思った徒競走。

 それなのに、通信の最後に藤村の不穏な声が入った。


『……す、すまん、月城。【バフォメット】がこっちに来てるんだが、ど、どどどうしよう? 僕たち戦ったことがないんだよ! やっぱ逃げるしかないよな?』


「まじか、ツイてないなあ」


 ここにきて、不測の事態。【バフォメット】といえば、この地下五階では上位に入るイヴィルだ。

 滅多に遭遇しないはずの大物がここで出てくるあたり、藤村も運が悪い。

 いや、セフィラの発見で運を全て使い果たしたのかもしれない。これで、採取に成功したら死ぬんじゃないだろうか。


「そっちの【バフォメット】の相手は俺がするから、こっちの【インプ】の群れをどうにかしてくれ! 石居か方丈のどっちかで【インプ】の群れは対処できるだろうから、残りは【バフォメット】の足止め!」


『お、おう。でも、できるのか? 相手は【バフォメット】だぞ』


「多分、いける」


『多分って……』


『こちら石居。では【インプ】については小生がでましょうぞ。いえいえ、決して【バフォメット】が怖いとかではなく、ここが小生の役割と思いまして』


『方丈も了解でーす。私と湊、翔ちゃんで【バフォメット】の足止めしておくね。ふふ、月城君、はやく来ないとポイント手に入らないかもよ』


『空木も了解。というか、湊はビビりすぎだ。授業で一回戦っただろ。それに噂だと二年の学年末試験はあいつを倒さないといけないらしいぞ』


『ま、まじで!』


 大いにビビる藤村の声が聞こえたときには、曜には【バフォメット】と対峙する方丈と空木が見えていた。

 小柄な方丈はともかく、空木の身長は決して低くはない。クラスでも高い部類に入るだろう。だが、二メートルを優に超える【バフォメット】との身長差はまさに子供と大人だ。

 それでも、狙撃銃を手にした方丈を守るように空木は刀を手に【バフォメット】と戦っている。流石はD班のイケメン担当。やることが違った。

 そして、ちゃっかり藤村も木陰に隠れて隙を窺っている。


「グルオオオッ!」


 蝙蝠の如き翼、山羊の如き頭を持った【バフォメット】が吠える。

 絵画や挿絵から出てきたといっていいほど、その姿は人がイメージしたであろう悪魔そのものの姿だ。

 迷宮内の生物を指したイヴィルという呼び名は、【バフォメット】や【インプ】等の姿が悪魔に酷似しすぎているため、そう名付けられたという。

 これが姿だけならどれほど良かったか。

 イヴィルは悪魔の似姿に相応しい力をもって、人々を脅かす。それは猛り狂った【バフォメット】が木々をなぎ倒す姿を見れば一目瞭然だ。


『あぶねっ』


 剛腕が空を切り裂いて空木に振るわれる。

 あんな膂力をまともに受ければ、骨折どころか潰れた肉塊になることは明白だ。

 空木は【バフォメット】の間合いに入らぬよう逃げ回りながら、隙をついて刀を振るっているが――浅い。

 致命傷には程遠く、むしろ、小さな傷に【バフォメット】は怒り、いっそう空木を仕留めようと暴れ回っていた。

 でも、それでいい。

 空木が気を引き付けるほどに本命が動きやすくなる。


『ほい、ドーン!』


 アリアドネから気の抜けたかけ声が聞こえてくると同時に、方丈の狙撃銃が火を噴き、【バフォメット】の首筋が爆発した。

 呻き声を上げ、倒れる【バフォメット】。

 狙撃なのに、かけ声を上げるのはどうかと思うが、きちんと方丈は隙を作った。

 だが、倒れた【バフォメット】に止めを刺そうと空木が刀を振りかぶった瞬間、悪魔の口から毒々しい紫煙が零れる。

 煙は【バフォメット】の羽ばたきにより広がっていく。

 とてもじゃないが、あれでは近づけない。なおも近づこうと試みる空木に藤村の指示が飛ぶ。


『離れろ、翔斗! くそっ、もう少しだったのに』


『これ吐かれるとしばらく近づけないぞ……華、狙撃は?』


『無理かな。狙いが付かないし、あんまり銃を撃っていると銃声で他のイヴィルを呼び寄せちゃうかも。ここはしばらく様子を――って!』


 方丈の焦った声と繁みを揺らす音がアリアドネからは聞こえている。

 曜の位置からは何が起きているのか確認できない。

 ただ、予想はつく。【バフォメット】が煙に紛れ襲いかかってきているのだろう。強酸性の煙を吐き敵を近づかせず、耐性がある自分は煙の中からヒットアンドアウェイを繰り返す。


(それなら、煙を――)


 晴らせばいい、と曜が思うと同時に、爆音が鳴り視界から煙が払われる。

 見つけた。【バフォメット】は方丈と空木を追いかけている。

 あと少し。あと少しで曜の間合いに届く。だが、その前に後ろのうざったい群れをどうにかしなくてはいけない。


――だから、それはこっちに頼もう。


 曜の視線の先には石居が立っていた。

 どっしりとした体格と不敵に笑うその表情もあって、本当に頼りになる男に表面上は見えた。


「石居、頼んだ!」


「任されたですな!」


 待機していた石居とすれ違いざまにハイタッチ。

 すぐに後方から高笑いと炎が燃え盛る音が聞こえてきた。

 火力こそ正義の石居のウィザードは火炎放射器そのものだ。【インプ】という汚物はすぐに火炎で消毒されただろう。


 そして、こちらももう片付く。


「こっちだ!」


 拳銃をホルスターから抜くと同時の射撃。

 二発、三発と続けて引き金を引くと【バフォメット】は狙い通り、空木たちから標的を変えて曜に飛びかかってきた。


――ああ、これは外しようがない。


 遮蔽物は無し、的はわざわざ近づいてきてくれる。おまけに避けようがない空中に【バフォメット】はいる。あの翼では小回りはきかず――防ぐにはもう遅い。

 手裏剣を投げ、地に伏せるようにして、曜は【バフォメット】の突進を躱す。

 すれ違う瞬間、人と同じ五指から伸びる鋭い爪が視界に入った。

 これに切り裂かれたらめちゃくちゃ痛いんだろうなとか、ウィザードの”護符”はどれくらい守ってくれるだろうなどという不安は顔には出さない。

 月城曜はあくまでクールな男を目指している。


「ふう、終わった」


『いやいや、あいつまだ立っているぞ!』


「ええっ?」


 振り向くと、【バフォメット】が唸り声を上げながら曜を睨んでいた。

 手裏剣はちゃんと【バフォメット】の胸の中心に刺さっている。

 人間なら、ちょうど心臓の位置だ。我ながら綺麗に当てたもんだと曜は自画自賛するが、残念ながらこの程度の傷で【バフォメット】が死ぬことはない。


「あれ、効いてない? え、どうしよう」


『……月城君ってクールになりきれない、残念クールって感じだよね。まあ、そこも、いいところ? なんだろーけど』


『な。詰めが甘くて、かっこつけられないタイプだ』


 余計なお世話な通信が入った瞬間、【バフォメット】は突如、地に伏した。

 口からは泡が吹き出ており、体は痙攣している。よく見ると体の端が黒い霧となって消えていっていた。

 イヴィルは死ぬとこんな風に黒い霧となって消える。

 この【バフォメット】も数分もすれば、この場から消えているだろう。別にこの【バフォメット】に対して思うことはないが、曜は律儀に手を合わせていた。


『……月城、なにをしたんだ?』


「毒盛った。迷宮でもけっこう強力なやつ」


 曜が銃ではなく、わざわざ手裏剣なんぞを使ったのはこのため。

 曜のウィザードは勝手に飛んでいってくれないが、毒物を塗布して投擲できるのはメリットだ。銃器と違い整備の手間もない。ちょっと高くて所持に手続きが多いのは痛いけども。


『また、渋い選択を……しかし、僕は嫌いじゃない、そういうの。忍者好きだし。ああ、翔の刀も好きだぞ。侍も素晴らしい文化だ』


『べ、べつに、侍なんか目指してなんかねえよ。俺は剣道やってたから、日本刀使っているだけだって。それに武器としても優秀だろ』


 さらけだしている藤村と違い、隠している空木が早口でまくし立てる。

 だが、言っていることに嘘はない。

 刀などの武器の切れ味や強度は一昔前とは比べ物にならない。

 現代の刀は金属の塊だって両断できるほどの切れ味を誇り、その強度も格段に上がっている。

 ただ、それでも銃のほうが簡単にイヴィルを倒せる……が、銃にも音というデメリットがある。

 迷宮内で大きな音を上げすぎれば、イヴィルが近寄ってくる。

 特に銃声は響くためイヴィルがわらわらと現れる。倒すことが目的ならまだしも、無数のイヴィルの中で調査、採取などやってられない。

 結局のところ人それぞれ。

 迷宮内では色んな武器が使われているし、自分が使いやすい武器が一番だ。

 よって、空木がこっそり侍を目指していても何の問題もない。


『はいはい。そうだな、刀は優秀だな……もっと、さらけだせばいいのに』


『やばい。すごくムカつく』


『小生はそういう細々としたものは肌に合いませぬな。火力が第一。ということで【インプ】の焼却は終わりましたぞ、と優秀さをアピールしていく』


『了解、実に優秀だ。よし、皆無事だな。合流して、この場を離れるぞ。戦闘音を聞いたイヴィルが寄ってくるかもしれないしな。その後、ルートの確認だ』


『『『「りょーかい」』』』


 アリアドネに返事をしつつ、曜は舌を巻く。

 こういうときは、藤村はしっかりと班長をしている。さっきの毒煙を爆弾で晴らしたのも藤村だろう。

 ルートの確認や、生えていそうなポイントのチャックもしていた。何よりも目標が目標だからか、士気も高い。

 これなら、本当にセフィラを手に入れることができるかもしれない。


「うーん、何に使うべきか……」


 いっそ大金を片手に引きこもるか。

 取らぬ狸の皮算用と分かっているが、どうしても、笑みが浮かんでしまう。


 そして、どうやらそれは曜だけではないらしい。


 合流したD班員たちは皆、我慢しきれていない気持ち悪い笑みを浮かべていた。

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