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幻の花

 セフィラの花

 その発見は常に偶然。採取、というより使用は五十年でたったの一回、目撃数すら片手の指で足りる、一国家が迷宮探索に力を傾ける理由の一つ。

 

 致命傷を瞬時に再生させ、その蜜を舐めた三十代後半の女性を幼女・・と見紛う姿まで若返らせた花だ。


 複数のアリアドネが記録していた映像に加えて、医師たちの診断により若返った女性が別人でないことも証明されている。

 たしかに存在しているのに、映像記録しかないことを口惜しく思っている大富豪や研究者が何人いることか。偽の情報で金を騙し取り、捕まった探索者なんて話も珍しくない。

 そんな希少すぎる幻の花の在りかをどうしてD班が知っているのか。というか何で採取も報告もしてないのか。

 この写真だけでも、撮影位置の情報と併せて売れば馬鹿みたいな額の報酬を受け取れるのに。


「ふっふっふ、どうやらかなり驚いているようだな、月城」


 次々と浮かび上がる疑問に混乱する曜を見て、藤村は実に満足そうな笑みを浮かべていた。


「……そりゃあ、そうだろ」


 実にムカつく顔であった。

 しかし、事が事なので無理もない。仮に曜が藤村の立場だったとしたら、三日は有頂天になっている。


「まー、そうだよね。わたしも希少物資なんて都市伝説だと思ってたよ。毎回探すの付き合わされてるのに、それっぽいのすら見たことなかったし」


「なお、湊氏だけは毎回、『もしや遺跡なのでは?』とか『これは噂の迷宮内生物……!』とか『あれは神器の光かっ!』とか見つけている模様」


「白昼夢、白昼夢。そんな簡単に見つけられたら苦労しない。今回のセフィラだって厳密にはまだ見つけていないしな」


 班長なのに酷い言われようだ。

 思わず哀れみの視線を曜は藤村に向けるが、当の本人はそれすら気にせず我が道を行く。


「ロマンが不足しているっ! お前らはそれでも僕の班員か? 遺跡を誰より先に発見したいだろ。未発見の迷宮内生物を発見して自分の名前を付けたいだろ。自分の神器が欲しいだろ。もっと、正直になれよ。ほら、僕なんてちゃんと神器が宿るようの武器も持ち歩いているんだぞ」


 そう言って、藤村は自慢げにバッグから数本のナイフを取り出した。だが、班員たちは無反応。その目はどこまでも生温かいものであった。

 気持ちは曜にもわかる。藤村のロマンは何というか足りすぎていた。


 遺跡どころかちょっとした文明の痕跡も人類は発見できていない。

 もしも誰かが発見したら世界中がお祭り騒ぎになる。


 新生物の発見なんて未踏の領域に踏み込むのと同義。

 当然、学生が授業の一環でできるほど難易度は低くない。それに、残念ながら第一発見者の名前がつけられるとは限らない。まあ、田中という苗字の人が見つけた『タナカブト』とかいうカブトムシもどきもいるけど。


 そして、神器。

 現代科学では説明できない未知の力が宿った武器。

 迷宮に持ちこんだ武器や装飾品などの『器』に力が宿り生まれるとされるモノ。これを手に入れようと迷宮に入る人も数多くいる。


 しかし、曜には呪われた武器にしか思えなかった。


 勝手に宿って、どう頑張っても捨てられないなんて、呪いの人形そっくりだ。

 魔法みたいな武器なら『ウィザード』があるんだから、そっちで満足すればいいのに、と曜は常々思っている。

 遺跡、新生物、神器。

 どれも浪漫溢れる目標だ。だけど、今はそんな絵空事よりも幻の花セフィラの話である。

 曜は話が脱線したまま止まらない四人に、ため息とともに話しかけた。


「で、厳密にはまだ見つけていないとか言ってたけど……」


 最初に聞いたときは、『セフィラを見つけて撮影はできたが、何らかの理由で採取ができなかった』なんて事情かと曜は思っていた。だが、どうも四人の話を聞いていると、まだセフィラを見てすらいないように聞こえる。


「これ、どういういきさつ?」


「それはねー」


「待て、方丈! 説明は班長である僕の役目だ!……コホン。では、経緯を説明しよう。事の発端は、僕たちが他との待遇の差を嘆いていたところから始まる」


 そこから長い説明劇の幕が開いた。

 最初に説明しようとしてくれた方丈なら、「ドローンの試験機をいじっていたら、たまたま写ってた」とかで終わるはずなのに、藤村湊節は曜どころか、班員すら置き去りにして炸裂した。


「そもそも、我々三組は組み分けの時点で不遇と言える。何故か? それは小説、漫画、ラノベを読んでみれば分かるはずだ。大抵の主人公は、優等生で素晴らしい才能や強大な力を持つか、劣等生だが秘められた力があるかのどちらかだ。ここまで聞けば何が言いたいかわかっただろう? そう、三組というのが中途半端でまずいけないのだよ! 特に我らの学年はそれが顕著だ。一組には超エリート様が滅多に市場に出回らない高額高性能な武器を振り回し、四組には神器にも迫ると言われている武器を不良代表みたいな奴が持っている。二組? あいつらだって、成績は一組といつも競い合っていて、ライバル関係みたいな美味しいポジションじゃないか! それに比べて三組には何がある? 一部ハーレムみたいな羨ましいパーティもあることはあるが総じて地味、圧倒的に地味すぎる! 何もないと言っても過言ではない! 先生は物凄く怖いがな! 我らD班がそんな世界の不平等を嘆いていたところ、インテリE班たちがある新機体の性能を実は優秀過ぎる我々に依頼してきたのだ。その申し出を断る理由もなく、我らは迷宮に向かい早速、亀羅君参号を飛ばして様々な物を撮影した。そして昨日、E班に返却する前に画像のデータの確認をしていたところ、あの! 伝説の! セフィラが写っていたのだ! 何たる幸運。まさに僕は世界に愛されているといっても過言ではない。これを手にすれば我らの名は世界に轟き、その班長である僕はウハウハになれる。が、しっかし! 大きな問題が二つあった。それは亀羅君参号の返却期限が明日ということ、セフィラを撮影した位置が正確にはわからないということだ。これでは発見する前にこの情報が公にされる。そうなれば、一攫千金の夢は潰えてしまう。何故って? それは僕たちが他の奴らに勝てるわけがないからだ! ゆえに、仕方なく、断腸の思いで僕は二年三組のパシ……こほん、アシスト要員である不憫G班、つまり君の力を借りることに決めたのだ!」


「……やばい、聞こうと思ってたのに、途中からまったく耳に入ってこない。えーと、石居、ようするに俺は何をすればいいのか解読を求める」


「おけ。今日中にセフィラを見つけるために、亀羅君三号を飛ばしていたルートを辿っていく。前後の写真を見る限り、場所は地下五階っぽいですな」


 地下五階。そういえば、セフィラの最初の発見もその階層だったはずだ。

 当時は地下五階に多くの探索者がなだれこんだと授業で聞いた覚えがある。

 目撃情報が他の階層でも増えて、地下五階を探索する人たちは減っていったらしいが……今回の目撃情報が広まれば、またすごいことになりそうである。


「ただ場所の特定は時間がかかると予想される。月城氏には索敵と遊撃をやってもらいたい。どうですかな?」


「おけおけ、把握した。地下五階の経験はどれくらい?」


「三回くらいだねー」


「俺もそれくらいなんだよなあ」


「課題とかだとあんま行かないもんな。そもそも、地下五階より下でやる課題なんてあるのか? 赤間は希少な金属が採れるらしいから、もっと下に行きたいとか言ってたけど」


「あの班は脳筋だから、ただ強いイヴィルと戦いたいという可能性もありますな」


「……否定できない」


「生きること、それは戦いなりって感じな人種だし」


「水よりプロテインを飲んでそう」


「流石に……ないだろ。多分」


 曜には理解できないが、どこのクラスにも戦うのが生きがいみたいな人が一定数いる。

 二年三組だとそれはB班の脳筋たちとC班のアマゾネスたちだ。

 まあ、あそこはリーダー同士がどちらが上か常に争っているからしょうがない。

 ダンボール詰めのプロテインが教室の隅っこに常備されていようが、おかしくない。普通、ふつー。


「おっと、時間がないしさっさと地下五回に行こうぜ。目指すは大金! 報酬を山分けして、今日は皆で焼肉だ!」


「「「おおー」」」


 空木のかけ声に答え、曜たちは歩き始めた。

 それにしても、臨時の班員なのに報酬は山分けなんて、気のいい奴らである。

 こういうことをさらっと言われるとやる気が出てくる。これは俺も力にならなければ、と曜は気合を入れていた。


「…………あれ、リーダーの扱い軽くない?」


 それに対する返答はない。

 一人を除いて意気揚々と曜たちは一階の中央へと進み始めた。

 進むと言っても徒歩ではない。ここは旧東京の三分の一ほどの広さを持つ迷宮。徒歩で進めばそれだけで下校時間になってしまう。

 そのため、探索が進んでいる一階に限って移動手段のトロッコがある。

 一応。簡易的。

 そういった言葉が付きそうな、現代にそぐわぬアンティークな代物だが。

 体がトロッコにシェイクされ、襲いかかる風圧にプライドとか、腹の底から這い上がってくる何かを我慢する気力を吹き飛ばされそうになり、数十分。

 ようやく、曜たちは中心部に到着した。


「うわ、高……」


「何度も来てんだろ、湊……高所恐怖症でもいい加減に慣れただろ?」


「ん~、でも高いところが苦手でなくても、ここはちょっと怖いよね」


「そうですな、それには心の底から同意せざるを得ない」


 迷宮の各階層中心部には亀裂というか穴があり、そこから探索者は各階層に行くことになる……なるのだが……


「いい加減、この昇降機をアップグレードしてくれてもいいよな」


 曜たちの視線の先にあるのは、ほそーい紐にぶら下がった鳥籠みたいな昇降機。

 そよ風に揺れる昇降機を見ていると、なんだろうか、あれに乗る自分たちの生死も揺れている気がしてくる。

 実際はケーブルを始めとして、かなり高度な技術が使われていることを知っていても、見た目の信頼性に欠けるのだ。

 それが、仕方がないということはわかっている。

 迷宮内にはイヴィルが多く存在しているため、設備が壊されることもある。

 昇降機の周りにも防衛施設はあるが、入り口と比べるとどうしても簡易的なものだし、上の階層や下の階層から現れる全てのイヴィルに対応することは難しい。

 難しいからこそ壊れたときすぐに復旧できるよう、こんなシンプルな作りになっている。トロッコも同じ理屈だ。

 この見た目の残念さも、昇降機が壊され、下や上の階層で待ちぼうけなんて最悪の事態を防ぐためのもの。文句を言ってはいけないのである。

 ただ、忘れてはならないことが一つある。


 ここは迷宮。つまりはメイズ・バべルの中ということだ。


 メイズ・バべルの高さは上空一万メートルに近いらしい。

 そして、各階の高さは千メートルくらい。曜たちの今回の目的地は地下五階。

 つまるところ、


「今から五千メートルもこれに乗って、ぎいぎい風に揺られるんだよな……」


「言うな月城! 俺は何も見ないぞ。下なんて絶対見ないからな! 索敵はお前に一任する!」


 一任されるのは構わないが、ずっと目をつむっているのも怖いだろうに。

 遊園地のジェットコースターとかがまさにそうだが、案外目は開いていたほうがいつ落ちるかわかるので怖くない。それとあのふわっと感に耐えるためにちょっと踏ん張って、大声を上げたりするとさらにいい……何故、昇降機に乗る前にジェットコースターに乗るのと同じ覚悟を決めないといけないのかは考えてはいけない。


「でもでも、怖いけど私は好きだよ。景色は綺麗で絵に使えるし、なんだかんだでスリルがあって落ちるのも楽しいもん」


 たしかに、ちょっとした山並みの高さから見下ろす景色は絶景だ。

 そこには誰も異論はないが、にこやかな方丈の言葉に男たちは曖昧な笑みを浮かべることしかできない。

 結局、昇降機が地下五階に到着したとき、ゾンビの如き青白い顔になってないのは一人だけだった。

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