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セフィラ

 高校に入学するまでは、朝の教室はどこも騒がしいものだと曜は思っていた。

 教室のあちらこちらで友人たちと集まり、昨日のドラマはどうだっただの、あのコミックが面白いだの、宿題を忘れたから見せろ! などと語り合う。そう、教室の壁を隔ててなお、楽し気な声が響いている隣のクラスのように。


 だが、この教室、二年三組は違う。


 チャイム三十秒前を超えて着席しない猛者など、存在するはずがない。


「おはよう、お前たち」


 チャイムきっかりに教室に入ってきたのは獅子のような女性。

 我らが担任、篠原律子先生だ。

 その隙のない身だしなみと五十代とは思えぬ無駄に圧倒的なオーラにより、今日も殺伐としたホームルームが始まることを曜は確信する。


『おはようございます。先生!』


 そこそこ大きな声で曜も声を発する。

 朝の挨拶をここまで徹底しているクラスは他にないだろう。ここは軍隊か何かと錯覚させるほどの息の合いようだ。

 しかし、挨拶しないと怒られる。この人に怒られるとマジで怖い。

 上官たる先生は背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま教壇までやってくると、じろりと教室を睥睨した。部下一同は黙して、命を待つ。


「今日は悠長に出席をとっている時間はない。すぐに、連絡事項に移る。まず、『魔獄』はまだ観測されていない。探索はいつもどおりだ。次に、先週の終わりに通達した課題についてだが、今月の終わりには結果が出る。最低ラインで甘えず、より上を目指して励んでほしい。特に、今日は探索がメインの日程となっている。今日一日は諸君の頑張りを是非、見せてもらいたいものだ。なあ、大田に馬場?」


「「は、はい」」


「二人とも随分と息が合うな。よろしい。素晴らしい関係だ。この分なら迷宮内で喧嘩をしたなんて馬鹿な噂は嘘のようだな」


 氷なんて通り越して絶対零度の眼光が二人のクラスメイトを貫く。

 クラス中の誰もが「あっ、こいつら死んだわ」と思っているだろう。

 まあでも、自業自得だ。

 大田は男四人のB班の班長で、馬場は女四人のC班の班長なのだが、この二班は馬が合わないのか、しょっちゅう罵り合いになっている。大方、この前の喧嘩が他の組の生徒から、篠原先生に伝わったのだろう。

 ついでに、絶対にこのクラスの生徒が密告したのではない。

 これはクラスの総意だと自信を持って言える。なぜなら、


「よし。だが、そのような噂が出てくるのはお前たちが弛んでいるからだ。可愛い私の生徒を迷宮なんぞで死なせるわけにはいかん。その弛みを取るために、今日の放課後は体トレだ」


 こうなるからである。

 連帯責任で体力トレーニングってここは何の学校なんだ? 

 嘆きたいが、そんな表情を表に出せばやられる。間違いなく殺られる。トレーニングが死ぬほどきつくなる。なので無理矢理、微笑みを作っておかねばならない。なんだか視界がぼやけてきた。


「どうした? 静まっていては嬉しいか分からないぞ。最近は面倒を見てやれなかったからな。私が直々に監督するなんて久しぶりだ。どうだ、懐かしくて嬉しいだろう?」


『ハイ、センセイ!』


「よろしい、ならば体トレだ。欠席は認めない。止むを得ず参加できない者がいた場合は後日、もう一度行う。では、次の連絡事項だ。これはまだ先の話だが、卒業制作について考えねばならない。知っての通り、この学校は三年間、クラス替えというものが行われない。入学試験の成績と入学三ヶ月以内の成績及び適正でクラスを振り分けられてから、クラスが変更になることはない。よって、お前たちは三年もこの面子ということになる」


 このクラスで始まり、このクラスで終わる。

 まあ、その方がいい。今のクラスは居心地がいいし、クラス替えがない方がありがたいと思うのが曜の正直な気持ちだ。

 しかし、それは同時に晴久と十年以上顔を合わせていることも意味している。

 そう考えると、なんか気持ち悪かった。


「よって、今から三年時の卒業制作についても視野に入れねばならない。三年時の課題だからといって、三年生から始めるものだと思うなよ。今年の冬にはクラスの意見を取りまとめ内容を決定し、年明けからは制作の準備を始めるつもりでいろ。時間と熱意をかければ良いものが生まれるのは道理。お前たちの頑張りに期待している。過去の卒業制作を見たければ私のところに来い。さて、これで連絡事項は終わりだな。それでは今日一日、命を無駄にせず頑張るように。おっと」


 そこで、篠原先生と曜の目が合った。


――俺なんかした? 怒られるようなことしてませんよ。天地神明に誓ってしていないですよ。ちゃんといい子に高校生活送ってるはずなのに。あれ? あれれ?


「月城、課題の進行が遅れている。さっさと他班の力を借りて進めておけ。どうしても困難なときは私のところに来い。鍛えてやろう」


「……ハイ、センセイ」


――やらねばならない。進めば地獄、退いても地獄。ならば、俺は前に進む。そういう人間に俺はなる……なれるといいな。


 曜は無理矢理、覚悟を決めた。

 無情なチャイムがホームルームの終わりを告げる。それは同時に、曜の決死行のカウントダウンの始まりでもあった。











 だだっ広い大地をトラックが直進していく。

 舗装もされていない荒れ果てた大地を走るこの車は時折、跳ねるように揺れて、搭乗者である曜や他の班員を苦しめていた。


 ここはメイズ・バベルと天京の都市との間に広がる荒野。


 イヴィルが溢れることを想定し、作られた迎撃のためのスペースは度重なる戦闘とあまりの広さに舗装が進まず、荒れ果てていた。その景観はとてもじゃないが、観光スポットにできるものではない。

 防壁からメイズ・バベルまでは約一キロメートル。

 はっきり言って、これは近すぎである。他の場所と違って、こんなに近くに防壁を立てるから外国から「クレイジージャパン」とか言われるのだ。


(うっ……揺れすぎなんだよ)


 ただ、この酔いに耐える時間が少ないことだけはありがたかった。

 延々と不規則な揺れに襲われていると腹の奥から込み上がってくるものがある。慣れない。まったくもって慣れない。

 もう何度もこのトラックに乗っているのに、こればかりは慣れる気配がまったくなかった。曜が窓の外を見ているのも、遠くを見て車酔いを誤魔化すためだ。


(見ているだけなら、綺麗なんだけどな……)


 車窓から覗くメイズ・バベルの表面には薄っすらと空が映っていた。

 あれを見ると、誰かがあの黒曜石みたいな壁を磨いているんじゃないか、という気がしてくる。

 馬鹿な考えだ。でも、誰にも手入れされていないことが不思議でならないほど、砂塵舞う荒野にそびえる未知の建造物は美しかった。

 しかし、完璧なものなど存在しない。

 その証明のように、メイズ・バベルには罅がある。


 それこそが迷宮の入り口・・・だ。


 メイズ・バベルには東西南北に一つずつ入り口となる罅がある。

 人の手で壊すことができないはずのメイズ・バベルに何故、都合よく内部に進む出入り口があるのかはわからない。が、あるものはしょうがない。曜たち、天京南高校は南の入り口から、いつも迷宮の探索をしている。

 トラックを降り、岩の隙間を潜り抜けるように入り口を通って、しばらく進めばそこはもう別世界だ。


 迷宮一階。


 外の荒野から一転、周囲は深山幽谷という言葉が相応しい自然の地となる。

 耳を澄ませば涼やかな水音が聞こえ、濃い緑の匂いの中には甘い花の香りが漂っている。見上げれば高すぎる天井は蒼く輝き、本当に空なのかと見紛うほど。太陽に似た光だって存在している。

 そんな大自然の雄大な光景と清らかな空気に包まれていると車酔いが楽になってくる。深呼吸を一回、二回。ああ、マイナスイオンって素晴らしい。


 そんな自然に浸る曜の前には、どんと最新鋭の防衛基地が建っていた。


 この景色の中だと浮いていることこの上ない。

 幻想的なファンタジー世界に、SFのロボットが入り込んでいるくらい違和感がある光景だ。

 ただ、これはそれだけ探索が進んでいるという証でもある。

 ここは迷宮内で死ぬ可能性が最も低い場所と言っていい。

 一階はかなり探索が進んでおり、人の手が入っている場所も多い。入り口付近には防衛や調査のための基地が作られており、迷宮を探索する際は必ずこの場所を通ることになっている。

 勿論、学生にとってもこの場所は必要不可欠なもの。

 情報の閲覧、民間企業や個人の依頼の確認。武器の整備に、宿泊施設。これらを学生証を提示するだけで、一部利用できるのは破格であろう。

 しかし、今日は依頼よりも課題が先。

 防衛施設の中を素通りし、曜とD班は迷宮の探索を開始した。


「さて、狙いは貴重物資の採取って言ってたけど、そろそろ教えてくれないか?」


 本来あるまじきことだが、曜は今回の探索の狙いを聞いていなかった。正確には聞いてももったいぶって教えてくれなかった。

 だいたい、「極秘事項を教室で話せだと? 正気か月城?」とか「背後には気を配っておけよ。常に誰かに尾行されていると思え」とか「お前も仮とはいえ我が班員になるのなら、この暗号とサインを覚えておけ」とか、色々ときつい。

 特に暗号なんて前に組んだときよりも増えて百近くはあった。一時間であの量は曜の頭では無理である。

 それに『コード・ベルセルク=特攻』ってなんだろうか。使う機会がないというか、使ったら先生に殺される気がする。


「ふむ、ここならいいだろう。まずはこれを見て欲しい」


 近くの木陰に入ると、無駄にキャラを作ってそうなD班の班長、藤村湊は眼鏡をくいっと上げて、肩口に浮かぶ携帯端末アリアドネを操作し始めた。

 通信、録画、撮影、マッピング、浮遊機能、その他沢山の機能が積み込まれたドローンに似た高性能なこの機械は名前の由来通り、迷宮を探索するためには必須の機械だ。

 ふわふわと音もなく浮かぶ球体から一枚の映像が浮かび上がる。


 黒い花弁に金の刺繍が施されたような可憐な花。


 見た瞬間、それが何の花なのか思い至る。

 花なんてさして詳しくもない曜でも分かる有名すぎる花。この迷宮において最も価値のある資源の一つ。

 その写真の花は、奇跡の花と言われるものだった。


「これって……まさか、『セフィラ』を狙っているとか言わないよな?」


「その通りだ。今回の狙いはこいつだ。月城、この写真はどっかから拾ってきたものではない。僕たちが撮影したものだ」


「は?」


 ドヤ顔でありえないことを告げる藤村を信じられず、曜は残りの班員を見回すが……

 ゲーム大好きでぽっちゃり体型な石居源太郎も、

 明るい茶髪が目を引く朗らかな性格の方丈華絵も、

 無駄にイケメンな隠れオタク空木翔斗も、

 神妙な顔で頷いた。


「嘘……だろ……いや、冗談とかじゃなくてまじ、で?」


 隠しきれない厨二病患者の藤村湊はともかく、他の三人は冗談でこんなことを言うような性格ではない。それは曜も分かっている。


(え、いや……えっ? 待て待て待て……セフィラってたしか……)


 すでに頭の中は大混乱だ。

 額に手を当てセフィラの値段を記憶から引っ張り出し、曜はさらに混乱の渦に巻き込まれていく。

 曜の反応はおかしくない。

 なぜなら、セフィラの花といえば学校のポイントが稼げるどころか、


 外で売ったら、億を軽く超える・・・・・・・価値がある花であった。

篠原律子

二年三組担任。怖い、強い、厳しい。ライオンみたいな先生。


大田剛

B班の班長。筋トレ好き。教室にプロテインをダンボールで持ちこんでる。


馬場美代子

C班の班長。勝気。ババアと苗字を伸ばして呼ぶと、突撃してくる。


藤村湊

D班の班長。ロマンを追い求める眼鏡。ある意味一番探索者らしい。


石居源太郎

D班。ぽっちゃり。体トレ嫌い。とあるゲームが大好き。


方丈華絵

D班。絵を描くのが趣味。三半規管が異様に強い。


空木翔斗

D班。隠しきれない人。アニメとかの会話をしているといつの間にか後ろにいる。


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