逢鬼 その三
「それにたまげた若者は、着の身着のまま急いで山へと逃げ込んだ。朝になるまで震えながら隠れ、日が昇ってから村に戻ってみたんだそうです。すると村は滅茶苦茶。髪の毛一本残ってはいなかった……」
ぱちり、と囲炉裏の炭がはねた。
千里は腕の鳥肌をなでて、体の奥からくる震えを抑える。
真剣な面持ちで話を聞いていた鬼一が、お猪口をぐい、と飲み干して床に置いた。
「なるほどの……だが鬼はとうの昔の戦で、一匹残らず滅んだのではなかったじゃろうか?」
おじさんも盃の酒をぐい、とあおり飲み干した。
「私もそう思ってはいたが、その若者がたしかに聞いたそうじゃ……妖を率いた鬼が『九角丸』と名乗るのを」
鬼の名を聞いて、鬼一の体がおじさんの方へ傾いた。
酒瓶を手に取り、中身が少ないのを確かめると、おじさんの空いた盃に残りを全て注ぐ。
「ほう、あの百の鬼の頭領の?」
「恐ろしい事じゃ。私がまだ小さい頃、お爺さんに話を聞かされた。九角丸はどこかに封印されたままなのじゃと……。件の鬼はきっと、それが蘇ったに違いない」
土間に吹き込むすきま風が、四人の肌をなでてひやりとした感触を残す。
「なるほどのう……」
おじさんは最後の酒を流し込み、おばさんと千里に目配せした。
「今日はもう遅い。鬼一さんも疲れているだろうから、もう休む事にしましょうや。千里よ、鬼一さんを布団へ案内しておやり」
おばさんがそそくさと片付けを始める。
「ああ、いえ。わしは座敷でなく、離れの小屋で結構じゃ」
わざわざ小屋で寝ようなどという酔狂な答えに、おじさんは首をかしげる。
「小屋ですか、しかしなんでまた? 部屋なら空いてますよ、遠慮なさらずにどうぞ」
鬼一はばつが悪そうに、あごの髭を撫でながら言った。
「というのも、わしはいびきがうるさくてのぉ。四軒も隣から苦情が来るほど大いびきをかくらしく、せめて小屋なら迷惑はかからんかと思うての。図太いわしでもこれほど良くしてもらって迷惑をかけたのでは心苦しい」
鬼一は申し訳なさそうにポリポリと頭をかいて、人当たりの良い笑顔を浮かべた。
「まあ、鬼一さんがそう言うのなら。千里や、布団を運ぶのを手伝ってやりなさい」
確かに。そんないびきを聞かされたらたまらないな、と千里は頷く。
「は~い」
千里は布団を抱えて、裏手にある小屋へと運んだ。雲一つない夜空には、大きな丸い月が浮かび、煌々と地上を照らす。
「ここが小屋。少し散らかっているけど我慢してね。ああ、あなたの着物は洗ったからね! 普段からきれいにしなさいよ、びっくりするくらい汚かったわ!」
「何から何までかたじけない。……良い人だな千里も、千里のおじさんたちも」
鬼一の言葉に千里の表情が緩む。千里は納戸に背をもたれ、まだ低い月を見上げた。
「うん。おじさん達はすごく良い人よ。わたしね、生まれてすぐに親を亡くしてるの。妖にね、襲われたんだって……。それで知り合いだったおじさん達が引き取ってくださったの」
「そうか。お前さんは、底抜けに明るいわっぱに見えたが、つらいこともあるのじゃな」
「大丈夫、気にしないで。んじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」




