桜田組組員もポイントが欲しい。 ― あの日、僕は異世界転移を果たしたのか!? 桜田組の手口を暴露します ―
テレビをつけると桜田組(警察)の出張所(派出所)に配属された末端組員(巡査)がにこやかな顔で「地域住民の安全を守り、精一杯頑張る所存であります」と話していました。
ある日は、桜田組の幹部(制服組)が誤認逮捕の記者会見で陳謝しています。
複数の幹部が雁首を並べて、頭を下げていました。
また別の番組では、女性アナウンサーがオレオレ詐欺の手口を紹介しています。
なんと申しましょうか、平和な日常の一齣という感じです。
僕こと葛城遊歩は、下宿を出ると自転車に乗り駅前の繁華街に向かいました。
確か大学三年生に進級して少しした後の晩春で、前年度の成績が良かったことから特待生に決定し、授業料が半額免除になるという嬉しい出来事があった直後であったため、多少浮かれていたかもしれません。
『好事魔多し』とは言いますが、この時点での僕は、自転車窃盗犯の現行犯逮捕により調書を取られるという事態に直面するとは、予見できるはずもありませんでした。
本日は休日で大学の講義がないため、買い物がてら書店で新刊をチェックし、家電量販店でパソコンのデモをみるつもりでした。
乗っている自転車は、少し前にクラブ活動の先輩である四年生の○○先輩より譲ってもらった中古自転車でした。
フレームが太く、がっちりした荷台が付いた自転車です。
因みに先輩が新たに購入した自転車は、長距離サイクリング用の高級自転車でした。
無事に買い物もウィンドーショッピングも終わって帰途に就く途中、不用意にも桜田組(警察)の出張所(派出所)の前を通ってしまったのです。
「君、ちょっと止まりなさい」
丁度出張所から出て来た組員(警察官)に呼び止められます。
「はい、何でしょうか?」
「君の乗っている自転車は君のものか?」
「この自転車は、大学の先輩から譲ってもらったものですが……今は僕のものです」
「もう少し、詳しく話が訊きたい」
「はい、分かりました」
こうして僕は、桜田組の出張所に連れ込まれました。
「この自転車は、大学生が乗るには不釣り合いだ。これは飲食店の出前などで使用する業務用自転車だぞ。本当に君のものか?」
「この自転車は、大学のクラブの〇〇先輩から譲ってもらったものですので、自転車の種類を言われても……」
どうやら組員は、乗っていた自転車が、大学生が乗るには違和感があったようでした。
その駅前の出張所には、確か三名の組員が詰めていました。
「ここに盗難保険のシールが貼ってあるな。所有者を照会させてもらうぞ」
「はい、どうぞ」
「もしもし、○○保険さんですか、こちらは桜田組です。盗難保険に入っている自転車の持ち主を照会したいのですが。保険番号は――」
別の組員が電話で保険会社に自転車の所有者を照会しました。
因みに当時は、スマホや携帯電話といったものは一切なく、固定電話しかありませんでした。
「――所有者は△△さんですか。捜査協力、どうもありがとうございました」
何と自転車の所有者は、○○先輩ではないというのです。
「おい、お前、嘘を吐いたな。自転車の所有者は、○○先輩ではなく△△さんだぞ」
急に雲行きが怪しくなり、組員の態度も高圧的になります。
「もしもし、△△さんのお宅ですか、こちらは桜田組です。お宅ではこれこれこう言った形の自転車が盗難に遭っていませんか。――ありがとうございます」
すかさず組員は、保険会社から告げられた自転車の持ち主に電話をしました。
そして僕が乗っていた自転車の特徴を告げて、△△さんに事情聴取を行います。
ただ僕に聴こえるのは、組員の受け答えする声だけでした。
「おい、お前、この自転車の盗難届が出ているぞ。お前は自転車の窃盗で現行犯逮捕となるが、初犯のようなので調書を書けば今日のところは帰ってもよい。逆に調書を書かなければ身柄はこの出張所に勾留する」
僕に取っては、青天の霹靂の出来事でした。
この報告が桜田組から大学に通報されれば、特待生から降ろされるばかりか、停学もしくは退学となる可能性もあったからです。
嫌な汗が背中を流れていきます。
その後、自転車を譲り受けた○○先輩の下宿先に電話してもらうものの、不在で繋がりませんでした。
更に僕の名前や年齢などを訊かれ、それから身元確認のために家族の名前や自宅の電話番号が訊かれました。
勿論、桜田組に照会して僕の犯罪歴も調べます。
それから自宅の両親に電話して、僕が自転車の窃盗で現行犯逮捕されたことを告げ、間違いなく家族であることを確認されました。
僕は出張所の椅子に座らされ、周囲から厳つい顔の三人の組員に取り囲まれ、叱責と窃盗を認めるようにと言われます。
「お前のように自転車を窃盗する奴は、クズ野郎だ。反省しているのか?」
「罪を認めてスッキリしろ。どうせ軽い気持ちで自転車を盗んだのだろう」
「初犯だから、調書を書くだけで今夜は帰れるぞ」
三人の組員から続けざまに、説教と罪を認めるようにと言われます。
戦前の憲兵のように自白剤を使われるとか、自白強要の拷問があるわけではありませんでしたが、言葉責めがボディーブローのように効いていきます。
もしかして、○○先輩はあの自転車を盗んだのだろうか?
そうだとすると、あの自転車は窃盗品なので、乗っていた僕が自転車窃盗で現行犯逮捕なのも頷ける。
徐々に組員の言い分に道理があるように思えてきました。
後から考えると、マルチ商法の催眠状態に陥っていたのと同じ精神状態だったと思います。
その後、数時間粘りましたが、○○先輩とは連絡が取れず、手詰まりとなりました。
自転車に関しては、○○先輩に譲ってもらった以外の情報を持ち合わせていなかったからです。
結局、粘り負けして調書を書くことになったのですが、僕は窃盗などしていませんので自白文が書けません。
しかし何も心配することはありませんでした。
桜田組では、テンプレート文を用意してあるので、簡単に自白文を作文することが可能です。
「おい、お前、テンプレート文をコピペするな。大学生ならアレンジして文章を書け」
「す、済みません」
僕は組員から叱責されつつ、自白文を創作して書いていきました。
内容としては、僕が単独で自転車を窃盗して乗り回していたが、組員に盗難品であると看破されて現行犯逮捕され、逮捕された今は、深く反省しているというような文章でした。
この時点で、僕が自転車を譲り受けた○○先輩の記述は削除されています。
組員としては、自転車窃盗犯は一人いれば良く、余計な関係者を増やしたくなかったのでしょう。
こうして僕は自転車窃盗の調書を取られ、件の自転車も証拠品として押収されて、すごすごと歩いて下宿に帰りました。
当然のことながら、下宿に到着したのは深夜でした。
ただ、自転車窃盗の現行犯逮捕の衝撃が大きくて、一睡もできませんでしたけれど……。
その代わりに考えていたことと言えば、桜田組への当て付けに自殺するというのはどうかという妄想じみたものでした。
方法としては、近くの公園にある樹木の枝に紐を括って首つり自殺をするというものです。
しかしながら、現時点で自殺しても自転車窃盗を悔いて自殺したとしかなりません。
また遺体や下宿を現場検証するのも桜田組の組員ですので、私物を物色されることは業腹でした。
当て付けのために遺書を認めたとしても、桜田組に取って不利な内容が書かれていけば、きっと握り潰してしまうことでしょう。
死への甘やかな誘惑はありましたが、結局、悶々としながら夜明けとなりました。
取り敢えず、自転車を譲って下さった○○先輩には、昨日の出来事を報告する必要があります。
「おはようございます、○○先輩」
「おう、葛城か、朝早くからどうした?」
「実は昨日、駅前の桜田組の出張所で捕まり、先輩から譲ってもらった自転車の窃盗の罪で調書を書かされ――」
「あほか! お前は!! 俺より桜田組を信じるとは、どうゆう了見だ。お前のやったことは、俺が窃盗犯と認めたということだぞ!!」
僕の説明に対して、○○先輩は怒り心頭でありました。
「盗難保険の控えは持っている。俺が桜田組に話を付けてくる。お前は邪魔だからここで待ってろ!」
こうして○○先輩は、一人で桜田組の出張所へとカチコミに向かわれたのでした。
結果として、件の自転車の所有を証明する盗難保険の控えが決定的な証拠となり、調書は破棄され、証拠品として押収されていた自転車も返却されました。
こうして自転車の窃盗罪に関しては、僕の与り知らぬところで罪が着せられ、そして無罪放免となったのでした。
しかしながら、僕の軽率な判断により、○○先輩は気分を害され、それ以降疎遠となりました。
更に後日、自宅に帰宅した時には、改めて両親より自転車窃盗の件で叱責されました。
事件の経緯を説明しましたが、なかなか納得してもらえず苦慮しました。
父親は親戚にも相談しており、結構大事になっていたのでした。
調書は破棄されたものの、結局、誤認逮捕の謝罪も親元への訂正連絡も何もありませんでしたから、当然のことと言えるでしょう。
組員としては、十中八九手柄となって自身のポイントになっていたはずが、最後の最後で引っ繰り返されたので、気分を害したのは当然と言えるでしょう。
『なろう』で譬えると、『妖怪ブックマ外し』に遭遇したようなものでしょうか?
彼らは、国家公務員なので愚図な一般市民に謝罪する必要などないというわけです。
当然、○○先輩から叱責を受けているでしょうから、それで十分だと考えたのかもしれません、
一方、僕の方も、廃棄された調書を再び繋いで書類送検されるのではないか? それとも桜田組のメンツを潰したので、別件で逮捕されるのではないかと怯えて暮らしておりました。
この出来事を切っ掛けとして僕は、桜田組の組事務所(警察署)、出張所(派出所)の近くを通る時にはビクビクしています。
今度はどんな理由で因縁を吹っ掛けられるか分からないのですから……。
それは警邏中の組員(警察官)に出遭った時も一緒です。
組員から所持品が盗難品であると因縁を吹っ掛けられた場合、自分の持ち物であることを証明するのは案外と難しいと思います。
皆さんも、桜田組の組員には、十分に気を付けて下さい。
何せ相手は、国家権力を背景として、警棒や短銃で武装し、逮捕権、勾留権、証拠捏造権に証拠隠滅権まで持っているのですから。
普通のヤクザも怖いですが、桜田組の組員も怖いですよ。
それともあの事件は、僕が気付かない内に現実とよく似た異世界へと転移していたのでしょうか!?
その後は長い間、自転車には乗っていませんでした。
いつ桜田組の組員から因縁を吹っ掛けられるか分からないのですから、当然の対処です。
その後、会社員となり単身赴任をした際には、どうしても自転車が必要となり近くのホームセンターで購入しました。
ところが、購入して数週間後、盗難に遭いました。
状況としては、近くのスーパーに買い物に出掛け、入り口に置いておいたのですが、買い物が終わって出てみると跡形もなく消え失せていました。
当然、以前の経験から因縁を吹っ掛けられた原因である盗難保険には入っていませんでしたから、潔く諦めて新たな自転車を買うことにしました。
その際、周囲の自転車を見てみると、自転車の鍵以外にチェーン鍵も付けていました。
僕は盗難に遭った自転車の鍵を眺めながら、盗難対策が不十分であったことを悟りました。
新たしく買った自転車は、二重に鍵を掛けた効果か盗難に遭うことはありませんでした。
以上で思い出話を終わります。
多少なりとも皆様のお役に立てれば良いのですが……。
お読み下さり、ありがとうございます。
こんな経験をしますと、冒頭の日常風景も穿った見方になるというものです。
桜田組の出張所(派出所)に配属された末端組員(巡査)は、周辺住民のことが、自身の手柄を立てるためのポイントに見えていることでありましょう。
謝罪会見をしていた桜田組の幹部(制服組)たちも内心では、別件や冤罪でも良いから、今度こそ奴を逮捕してやると考えているに違いありません。
僕の経験からも桜田組では、疑わしき者は詐術を使ってでも逮捕するという方針のようでした。
つまり桜田組の本質は、オレオレ詐欺の容疑者と同じ詐術使いであるということですね。
今でも保険会社や被害者に電話をしていた組員は、本当に電話をしていたのか疑問に思っています。
余りにも桜田組に取って都合の良い展開でしたから……。
結局、聴こえたのは組員の声だけでしたので、一人芝居を打つことは十分に可能だったと思います。
桜田組の組員も、まさか自転車の元の持ち主が、所有していた証となる書類を後生大事に持っていたのは、大きな誤算だったということでしょう。