表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第8話 案ずるより産むが易し

 まさか、あたしが学校にハマるとは思わなかった。


 あんなに、中学生に成るのが怖かったのに。


 あんなに、中学校に行くのが怖かったのに。


 あたしが死ぬ時は、お前ら全員道連れにしてやるんだ・・・って病んでたのに。


 でも、そんな感情は、「案ずるより産むが易し」を地で行くような、出産少女・ハルナちゃんによって消え去ってしまった。


 当然のように「出産少女」という言葉を使ってるけど、それを知ったのは、ついさっきの事なんだよね。


 正直、混乱してる。


 心を落ち着かせる為にも、今日一日を振り返ってみようかな。


 まず、会長の家に行く事が昼休みに決まった。


 昨日、萩原くんちに遊びに行ったから、残ってたのは会長の家だけ。


 「二人の家と違って、ボロい平屋やけど・・・ええの?」って言ってたけど、私んちだって、マンションとは名ばかりの集合住宅だから大丈夫だよ。


 二人んちが特別なんだって。


 それにしても、昨日の萩原君ちにはビックリしたよ。


 「ハルナの家は凄いんだよ!」とか「湖みたいな池には数千匹の錦鯉が泳いでるんだよ!」とか褒めるもんだから・・・確かに、鯉は可愛かったけどさ。


 萩原君ちだって凄いじゃん。


 ハルナちゃんちは伝統的な建物だったけど、萩原君ちだって・・・・・・あれ?


 伝統の反対語って何だろ?


 まぁ、何でもいいか。


 要は、萩原君ちも大豪邸だったってこと。


 「ブラックホールでも見るのかよ」ってツッコミたくなるほどデカい望遠鏡で、「何を見てるの?」って訊いてみたら。


 「今にも滅びそうな星を観察しているんだ。」


 萩原君は光属性だと思ってたよ・・・。


 まぁ、ハルナちゃんもナズナに対しては冷酷な一面を見せるから、お似合いのカップルだよね。


 私なんか抱きしめてないで、告白しちゃえばいいんだ。


 あ・・・そうそう、今日、ナズナと三日ぶりに会ったんだよね。


 「シーユー・アゲイン」とか言ってたから、いつになったら会えるのかなぁ・・・と思ってたら、会長の家に居てさ。


 びっくりしちゃったよ。


 一緒に来たはずの男の子たちは煙のように消えちゃってたし・・・でも、ハルナちゃんは平然としてたっけ。


 「身体に異常は有りませんか?」って訊かれたから、「そう言えば・・・さっきから、チョコレートの味がするんだけど・・・」って返したら、あんな風に怒る事も在るんだ・・・って、引いちゃうくらいに、ナズナに対して憤慨してた。


 でも、「ハルナ、鞄は何処に在るのかな?」って言われた途端、冷静さを取り戻し・・・すぎて、色を失ってた。


 「『エッグ・スクランブル』・・・」って呟いた唇は、紫色だったような気がする。


 「炒り卵」が何の役に立つのかは知らないけど、ハルナちゃんにとって鞄が無いという状況は衝撃的だったみたい。


 そうなったのは、元はと言えば私のせいなんだよね。


 「小学生の頃、友達が居なかった。」って言ったら、「じゃあ、小学生みたいな遊びをしようか。」って、萩原君が提案して、会長の家に着くまでランドセルジャンケンをする事になった。


 最後に負けたのが会長だったから、鞄・・・って言うか、男の子たちは家の外に居るはずなのに、玄関の扉は開かない。


 唯一人、この状況を楽しんでいる奴が居た。


 謎の白いオタマジャクシ・ナズナ。


 こいつが敵なのかな?


 「そいつは変態ですが、敵ではありません。」


 ナズナに対しては、辛辣なハルナちゃん。


 覚悟を決めたように家の奥へ進んで行くと、台所で女性が泣いていた。


 化け物みたいな声で。


 ナズナ曰く、泣いているのは会長のお母さんらしい。


 「子供を作るしか能の無い父親が女作って出て行ったから、家計は火の車だよ!」


 謎の生命体のくせに、人様の個人情報は平気で晒すんだなぁ・・・と、呆れていたら、ハルナちゃんが足を大股に開いていて・・・呆気に取られているうちに、股間の辺りから一つの卵がポトリと落ちていた。


 卵から出てきた黄色いメガホン・・・見覚えが有るような気がしたけど、状況が状況なので、いつどこで見た物かなんて判らなかった。


 ハルナちゃんが会長のお母さんに話しかけるまでは。


 『私は、一年一組の芹澤ハルナという者です。』


 ・・・・・・・・・そうか!


 三日前。


 負の感情はピークに達していた。


 心が底なし沼に沈んでいき・・・心が窒息しているような錯覚に陥っていた私に、ハルナちゃんは手を差し伸べてくれた。


 あの時、コレを使っていたんだ・・・!


 「七之助・・・ごめんね・・・ごめんね・・・。」


 私が一人で納得している間に、お母さんの声が聞き取れるようになっていた。


 「私が馬鹿だから、七之助の人生が駄目になっちゃう・・・。」


 台所には、小学校六年生・尾花七之助君の通知表が額縁に飾られていた。


 オール5なんて、漫画の世界だけの幻だと思ってたよ・・・。


 でも、それが、会長のお母さんを苦しめたんだね。


 「七之助が望むなら、良い高校にも良い大学にも入れてあげたい・・・でも、私の稼ぎでは・・・!」


 これは、難しいなぁ・・・。


 『お母さん・・・貴女が産まなければ、七之助君は存在しなかったのですよ?』


 ・・・。


 『義務教育の中学校まで立派に育てて貰った、七之助君の人生が駄目になったとしたら・・・それは、彼の責任であって、お母さんの責任ではありません!」


 ・・・!


 「あれが、出産少女・ハルナの恐ろしい所なんですよ。」と言うナズナに、「お前、ハルナの何知ってんねん。」とは返せなかった。


 ハルナちゃんの言葉はクリティカルだった。


 彼女の心を癒し、私の心を抉った。


 あぁ・・・だから、事件解決後、私を抱きしめる力が強かったのか。


 「タイムマシンを作るのが夢なんや。」と目を輝かせて、母親が作ったクッキーを褒めながら食べている会長を見て・・・この人は、人生が駄目になったとしても誰かの責任にはしないし、そもそも、人生が駄目になる事も無い・・・と、思った。


 私も、そういうふうに生きて行かないと駄目なんだ。


 ハルナちゃん。


 大丈夫だよ。


 貴女が心配しているような事は、もう、しないから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ