第8話 案ずるより産むが易し
まさか、あたしが学校にハマるとは思わなかった。
あんなに、中学生に成るのが怖かったのに。
あんなに、中学校に行くのが怖かったのに。
あたしが死ぬ時は、お前ら全員道連れにしてやるんだ・・・って病んでたのに。
でも、そんな感情は、「案ずるより産むが易し」を地で行くような、出産少女・ハルナちゃんによって消え去ってしまった。
当然のように「出産少女」という言葉を使ってるけど、それを知ったのは、ついさっきの事なんだよね。
正直、混乱してる。
心を落ち着かせる為にも、今日一日を振り返ってみようかな。
まず、会長の家に行く事が昼休みに決まった。
昨日、萩原くんちに遊びに行ったから、残ってたのは会長の家だけ。
「二人の家と違って、ボロい平屋やけど・・・ええの?」って言ってたけど、私んちだって、マンションとは名ばかりの集合住宅だから大丈夫だよ。
二人んちが特別なんだって。
それにしても、昨日の萩原君ちにはビックリしたよ。
「ハルナの家は凄いんだよ!」とか「湖みたいな池には数千匹の錦鯉が泳いでるんだよ!」とか褒めるもんだから・・・確かに、鯉は可愛かったけどさ。
萩原君ちだって凄いじゃん。
ハルナちゃんちは伝統的な建物だったけど、萩原君ちだって・・・・・・あれ?
伝統の反対語って何だろ?
まぁ、何でもいいか。
要は、萩原君ちも大豪邸だったってこと。
「ブラックホールでも見るのかよ」ってツッコミたくなるほどデカい望遠鏡で、「何を見てるの?」って訊いてみたら。
「今にも滅びそうな星を観察しているんだ。」
萩原君は光属性だと思ってたよ・・・。
まぁ、ハルナちゃんもナズナに対しては冷酷な一面を見せるから、お似合いのカップルだよね。
私なんか抱きしめてないで、告白しちゃえばいいんだ。
あ・・・そうそう、今日、ナズナと三日ぶりに会ったんだよね。
「シーユー・アゲイン」とか言ってたから、いつになったら会えるのかなぁ・・・と思ってたら、会長の家に居てさ。
びっくりしちゃったよ。
一緒に来たはずの男の子たちは煙のように消えちゃってたし・・・でも、ハルナちゃんは平然としてたっけ。
「身体に異常は有りませんか?」って訊かれたから、「そう言えば・・・さっきから、チョコレートの味がするんだけど・・・」って返したら、あんな風に怒る事も在るんだ・・・って、引いちゃうくらいに、ナズナに対して憤慨してた。
でも、「ハルナ、鞄は何処に在るのかな?」って言われた途端、冷静さを取り戻し・・・すぎて、色を失ってた。
「『エッグ・スクランブル』・・・」って呟いた唇は、紫色だったような気がする。
「炒り卵」が何の役に立つのかは知らないけど、ハルナちゃんにとって鞄が無いという状況は衝撃的だったみたい。
そうなったのは、元はと言えば私のせいなんだよね。
「小学生の頃、友達が居なかった。」って言ったら、「じゃあ、小学生みたいな遊びをしようか。」って、萩原君が提案して、会長の家に着くまでランドセルジャンケンをする事になった。
最後に負けたのが会長だったから、鞄・・・って言うか、男の子たちは家の外に居るはずなのに、玄関の扉は開かない。
唯一人、この状況を楽しんでいる奴が居た。
謎の白いオタマジャクシ・ナズナ。
こいつが敵なのかな?
「そいつは変態ですが、敵ではありません。」
ナズナに対しては、辛辣なハルナちゃん。
覚悟を決めたように家の奥へ進んで行くと、台所で女性が泣いていた。
化け物みたいな声で。
ナズナ曰く、泣いているのは会長のお母さんらしい。
「子供を作るしか能の無い父親が女作って出て行ったから、家計は火の車だよ!」
謎の生命体のくせに、人様の個人情報は平気で晒すんだなぁ・・・と、呆れていたら、ハルナちゃんが足を大股に開いていて・・・呆気に取られているうちに、股間の辺りから一つの卵がポトリと落ちていた。
卵から出てきた黄色いメガホン・・・見覚えが有るような気がしたけど、状況が状況なので、いつどこで見た物かなんて判らなかった。
ハルナちゃんが会長のお母さんに話しかけるまでは。
『私は、一年一組の芹澤ハルナという者です。』
・・・・・・・・・そうか!
三日前。
負の感情はピークに達していた。
心が底なし沼に沈んでいき・・・心が窒息しているような錯覚に陥っていた私に、ハルナちゃんは手を差し伸べてくれた。
あの時、コレを使っていたんだ・・・!
「七之助・・・ごめんね・・・ごめんね・・・。」
私が一人で納得している間に、お母さんの声が聞き取れるようになっていた。
「私が馬鹿だから、七之助の人生が駄目になっちゃう・・・。」
台所には、小学校六年生・尾花七之助君の通知表が額縁に飾られていた。
オール5なんて、漫画の世界だけの幻だと思ってたよ・・・。
でも、それが、会長のお母さんを苦しめたんだね。
「七之助が望むなら、良い高校にも良い大学にも入れてあげたい・・・でも、私の稼ぎでは・・・!」
これは、難しいなぁ・・・。
『お母さん・・・貴女が産まなければ、七之助君は存在しなかったのですよ?』
・・・。
『義務教育の中学校まで立派に育てて貰った、七之助君の人生が駄目になったとしたら・・・それは、彼の責任であって、お母さんの責任ではありません!」
・・・!
「あれが、出産少女・ハルナの恐ろしい所なんですよ。」と言うナズナに、「お前、ハルナの何知ってんねん。」とは返せなかった。
ハルナちゃんの言葉はクリティカルだった。
彼女の心を癒し、私の心を抉った。
あぁ・・・だから、事件解決後、私を抱きしめる力が強かったのか。
「タイムマシンを作るのが夢なんや。」と目を輝かせて、母親が作ったクッキーを褒めながら食べている会長を見て・・・この人は、人生が駄目になったとしても誰かの責任にはしないし、そもそも、人生が駄目になる事も無い・・・と、思った。
私も、そういうふうに生きて行かないと駄目なんだ。
ハルナちゃん。
大丈夫だよ。
貴女が心配しているような事は、もう、しないから。