第5話 あなたとは違うんです!
「あなたとは違うんです!」
「ふぇっ!?」
土曜日の午前六時。
目覚まし時計と間違えて、昨日の事件を解決したアイテム・・・「捻れ解消時計」の頭を押してしまいました。
これは眼鏡を掛けたおじさんの形をした時計で、一見しただけでは目覚まし時計と変わりが無いのですが・・・頭を押すと、「あなたとは違うんです!」という音声を発した後、時間の捻れを解消する事が出来ます。
この時計の、おじさんの表情が不憫だったので・・・無下にも出来ずに、目覚まし時計の隣に置いて眠ってしまったのが失敗の原因です。
「はぁ・・・。」
「溜め息を吐くと幸せが逃げて行く」と云いますが、私の部屋にガラクタが増えていく未来を思えば、溜め息の一つも出て来て然るべきところです。
「はぁ・・・。」
矢継ぎ早に、二つ目の溜め息です。
スマホの電源を入れてみたら、ナズナアプリにメッセージが届いていました。
「午後二時、蔵の前で待ってて。」
昨日、私がチョコレートの風味に気が付かなかったという事態が起きた為、事件が起きる前に、ナズナアプリで知らせて貰う事にしたのですが・・・。
どうやら、八時間後、私の家で何らかの事件が発生するようです。
「ハルナ、具合でも悪いのか?」
「ハルナちゃん、具合でも悪いの?」
家族が事件に巻き込まれる未来を思うと、朝御飯も昼御飯も喉を通らず・・・両親に心配を掛けてしまいました。
「はぁ・・・。」
午後一時五十五分。
玄関を出ると、昨日から降っていた雨が止んでいました。
一応、先週に買った折り畳み傘を携えて、蔵へ向かうと・・・ナズナが待ち構えていました。
「相変わらず、立派な蔵だねぇ・・・。」
相変わらず・・・?
ナズナが私の家に来るのは、日曜日以来の筈です。
中五日で蔵に異変が有るわけ無いじゃないですか・・・そんな事よりも、私は今、チョコレートの風味を感じていない事に恐怖を覚えているのです。
昨日、ナズナが言っていたように、「生のエネルギー」と共鳴し始めているとしたら・・・?
・・・・・・どうなるのでしょうか。
「どうにもならないと思うけどね。」
・・・・・・・・・!
「・・・あぁ!・・・アハハハハハハハハハ!」
ナズナは悪党のように笑っています・・・遂に、正体を現したようです。
私は・・・薄々、気が付いていました。
「地球征服を企む宇宙人から地球人を守る」・・・それを、鵜呑みにするわけにはいきません。
ナズナのメリットが無いのです。
「地球征服を企む宇宙人」が「死のエネルギー」で地球人を操り人形にしてきたように、「ナズナたち」は「生のエネルギー」で私を操り人形にしようとしている・・・そうに、違いありません。
「ハハハハハハハハハ!」
1分以上、笑い続けています。
「ハハハハハハハハハッ・・・!」
・・・いくらなんでも、笑いすぎではないでしょうか。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ふぅー・・・ハルナちゃん、やめてよね。」
ハルナちゃん・・・?
「・・・ハルナ。」
・・・。
「『どうにもならない』というのは、悪影響は無いという意味だよ。」
「そんな事言って・・・私を操るつもりでしょう?異世界小説みたいに!」
「君は・・・異世界小説を何だと思っているんだい?」
「えっ!?」
・・・異世界小説とは?
・・・異世界小説とは・・・異世界小説とは・・・?
・・・異世界小説とは・・・異世界小説とは・・・異世界小説とは・・・?
「異世界小説なんて、どうでも良いんだよッ!!!」
えぇ・・・?
「僕は・・・君と、君が大切にしている人・・・そして、君が大切にしている世界を守る・・・それだけの為に此処にやってきたんだ!」
無償の善意。
その言葉の重みを解っているのでしょうか・・・本来ならば、それを軽々しく口にする者を信じるべきでは無いのです。
しかし・・・初めて会った日の「君たちの世界を守るんだ!」という声を、私は忘れられないのです。
あの時・・・理由は解りませんが、ナズナを信じても良いような気がしたのです。
頭では疑っているのに・・・心では信じているのです。
「・・・解りました。」
私が、そう言うと・・・口元が緩む白い悪魔。
それを見て・・・何故だか知りませんが、安堵してしまう私が居るのです。
「・・・じゃあ、扉を開けようか。」
・・・初めから、蔵の中で待ち合わせれば良かったのに・・・。
「扉を開け!開くんだハルナ!」
観音開きの扉を開くと・・・ナズナの言う通り、相変わらず漆黒の闇が広がる、代わり映えの無い・・・?
・・・!
「『これ』は・・・!?」
「『粘液浄化バキュームカー・ラマーズ君』だよ。」
先週の土曜日・・・ショッピングモールの事件を解決したアイテムが、何故・・・。
「・・・どうして、此処に?」
「此処に在ったんだよ、先週から。」
・・・言われてみれば、鯨井さんを助けた直後・・・ナズナと共に、『ラマーズ君』も姿を消していたのです。
「黄色いスピーカー」も「捻れ解消時計」も手元に残っていたのに、何故、「ラマーズ君」は消えてしまったのかと・・・疑問に思っていました。
しかし、「これ」は此処に在った・・・そして、今日まで此処に在る事を知らせなかった・・・つまり、今日は「これ」が必要・・・?
「・・・あ。」
いや、昨日の一件を忘れてはなりません・・・ナズナは、産ませたがりの変態です。
今日・・・「ラマーズ君」が必要だとしても、私を辱める為に卵を産ませようとする筈です。
「・・・む?」
そうです・・・私が慌てふためく姿こそが、ナズナの喜び。
事件が起きる時刻を、事前に伝える筈が無いじゃないですか。
「・・・どうして、午後二時なのですか?」
「君だって・・・雨は嫌いだろう?」
天気予報では・・・雨は、午後二時頃に止むとの事でした。
午後三時前には、晴れ間が覗くとの事でしたが・・・そんな事は、どうでも良いのです。
事件が起きているのなら、雨が降っていようが現場に向かわなければなりません。
つまり、今日は事件が起きていないのです。
「今日は、何の用ですか?」
「ハルナの可愛い顔を見に来たんだよ。」
「・・・冗談は良いですから。」
「・・・あながち、冗談でも無いんだけどね・・・まぁ、良いや・・・昨日、クレームが寄せられました。」
「・・・クレーム?」
「『同じ物が出て来るとは思わないじゃないですか!?』と君が言ったから、七月六日はクレーム記念日。」
・・・確かに言いましたが、クレームと言われるのは心外です。
抗議は正当なものだったと考えています。
それに・・・昨日は、七月六日じゃ無いですし。
「君は・・・過去に産みだしたアイテムを、常時携行できるのかい?」
・・・嫌な感じです。
「黄色いスピーカー」や「捻れ解消時計」のような比較的小さいアイテムを持ち歩くのも憚られるのに、「ラマーズ君」のように私の身体よりも大きいアイテムを・・・という流れはナズナの思う壺です。
事件解決に必要なアイテムを常時携行することが出来ない以上、過去に産みだしたアイテムを再び産む事になってしまうのは仕方が無い事だと理解しています・・・ですが。
「ナズナ・・・私は、あなたとは違うんです。」
心では信じているのに・・・頭では疑っているのです。
地球征服を企む宇宙人が負の感情を抱いた人間を操っているように、ナズナは何も知らない私を操っている・・・そんな疑念を払拭できないのです。
事件の最中・・・私が真面目に被害者と対峙している時、ナズナは不真面目に無駄話や変態的な言動をしている・・・その余裕は何処から湧いて来るのでしょうか?
結局、地球や私たちの事なんて、どうなっても良いのではないでしょうか?
空中から俯瞰しているナズナと、地べたを這いつくばっている私が・・・同士として、同じ方を向いて歩む事は叶わない夢なのでしょうか?
「・・・なら、産んでみるかい?」
・・・今日は、事件が起きていないのでは?
「事件なんて関係無いよ。」
・・・?
「今、卵を産めば、今の君に必要な・・・君の悩みを解決するアイテムが出てくる筈さ。」
・・・。
・・・・・・拒否すべき場面なのかも知れませんが・・・選択権が私に有るという状況を逃すのは惜しいです・・・しかし、「生のエネルギー」というのは、私利私欲の為に使っても良いものなのでしょうか・・・?
・・・・・・?
・・・・・・・・・あれっ?
「ナズナ。」
「何だい?」
「私の口に、チョコレートの風味が広がっているのですが・・・。」
「良かったじゃん!」
「はぁ!?」
「味覚を感じるのなら、『生のエネルギー』との共鳴は心配するほどのレベルじゃないじゃん!!」
「いや・・・ちょっと待って下さい。」
「夢叶ったじゃん、ハルナ!!!」
「何の夢ですか!」
・・・選択権を得たと思った私が馬鹿でした・・・と言うか、私が困惑しているのは、ナズナのこういう所なのです。
・・・結局、ナズナは何も解っていないのです。
それを悟った瞬間・・・私は、ナズナの身体を鷲掴みにして蔵の外へ放り投げていました。
観音開きの扉を閉めながら下着を脱ぐという・・・器用な行動をとり、「ハルッ・・・!」という言葉しか残せずに、光の世界へ消えていったナズナを「良い気味」だと思いながら、闇の世界で卵を産む私。
そして、既に割られた卵を見て、「むぅ~」と・・・悔しそうに唸るナズナ。
・・・あれ?
「・・・・・・結局、いつもの展開じゃないですか!」
「アハハハハハハハハハ!」
・・・ナズナが笑っている隙に、卵から出てきた小冊子を確認します。
表紙には、「ナズナアプリの説明書」・・・と、印刷されていました。
これは、つまり・・・私のスマホに、ナズナが勝手にインストールしたアプリの説明書という事なのでしょうが・・・しかし・・・?
「・・・ナズナ。」
「ハハハハハハハハハッ・・・!」
・・・いくらなんでも、そんなに笑うような場面では無い・・・と言うか、今のナズナは無理して笑っています。
どうやら、先程の場面を再現したいだけのようです。
「僕の作り笑いを見抜くとは・・・やるね、ハルナ。」
・・・心を読む力が無くても、そのくらいは一週間の付き合いで判るようになったのですよ。
今は、そんな事よりも・・・。
「それは、『ナズナアプリの説明書』だよ。」
それは、解っています。
「・・・なんと!ナズナアプリの使い方が解るんだよ!」
・・・でしょうよ。
「・・・あなたが教えてくれれば良いでは無いですか。」
「やだ。」
・・・このオタマジャクシ、「やだ」って言いましたよ、「やだ」って!
「君だって・・・小一時間、僕の説明を聴き続けるのは嫌だろう?」
・・・確かに。
・・・・・・いや、納得している場合では無いのです。
ただ、もし、次の質問を肯定するのなら、私は納得せざるを得なくなってしまいます。
「これを、あなたは持っていないのですか?」
「持ってるよ。」
あっさりと、納得への道が絶たれました。
持っているのなら、こんな回りくどい事をする必要は無いのです。
・・・しかし、何度も言うようですが、ナズナは産ませたがりの変態です。
次の質問への答えは、容易に想定できますが・・・一応、聞いておきます。
「じゃあ、何故・・・私に産ませたのですか?」
「・・・・・・・・・。」
・・・?
「・・・・・・・・・君が恥ずかしがる姿を見たかったから・・・かなぁ?」
・・・・・・?
「・・・・・・・・・さらばじゃッ!!!」
・・・・・・・・・?
時代劇のような台詞を残して、ナズナは消え去りました・・・が、何故、ナズナは即答しなかったのでしょうか。
今までのナズナなら、間髪入れずに変態的な言葉を返してきた筈です。
ナズナにしては、珍しい躊躇でした。
咎められるような後ろ暗い事が無いのなら、躊躇う必要は無いのです。
観音開きの扉を開けると、まさに、観音様の御出ましのような眩い光が差してきました。
午後三時前。
ようやく、晴れ間が覗いてきたようです。