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第3話 黄色いスピーカー

 チョコレートの風味は、ナズナが現れる合図です。


 それは、生のエネルギーの素。


 ナズナ曰く・・・地球征服を企む宇宙人を撃退するアイテムを地球人の少女に産ませる力と、その少女の身体を守る力を有している。


 今、その力を実感しています。


 何故なら・・・。


 「凍り付いたプールで泳いでいたのに、私の身体が冷えていないからです!」


 ・・・今日のナズナの第一声は、私の心の代弁ですか・・・まぁ、無視するとしましょう。


 それは、平泳ぎの練習をしている時に起きたのです。


 五十メートルプールを順調に泳いでいた筈なのに、二十五メートルくらいから、水を掻いても掻いても前に進まなくなってしまったのです。


 急激な体調の変化なのか・・・一昨日からのストレスによるものなのか・・・不安を感じながらも、必死に五十メートルを泳ぎ切ってプールから上がると、プールの水はシャーベット状になっていました。


 道理で泳ぎにくい筈です・・・今では完全に凍り付いて、スケートリンクのようになっています。


 「ハルナがロリっ娘の頃から通ってきた、スイミングスクールのプールがぁ・・・!」


 ・・・ここまでナズナを無視してきましたが、チョコレートの風味を感じた時は、正直、安心しました。


 一昨日のように、私の力で解決できるという事を意味しているからです。


 ところで、どうでも良い事ですが・・・。


 「ロリッコって、何ですか?」


 「ハルナ!そんな汚れた言葉を使っては駄目だ!駄目なんだぁ・・・!」


 ・・・良く解りませんが、ロリッコという言葉は汚れているようです。


 まぁ、そんな事は、どうでも良い事です。


 さっさと産んで、解決してしまいましょう。


 「ハルナ・・・いつから、そんなに産みたがりになったんだい?」


 ・・・聞き捨てならない言葉です。


 ひと睨みして反論しておきましょう。


 「こんな身体にしたのは、誰だと思っているんですか!」


 「エロい!エロいよハルナ!」


 ・・・?


 「ハルナ、『急いては事を仕損じる』って言葉を知っているかい?」


 ・・・。


 「今、君が出産すれば、プールの氷を解凍するアイテムが出て来るだろう。」


 「願ったり叶ったりじゃないですか!?」


 「ハルナ、プールの氷を解凍しても、事件は解決しないんだよ。」


 ・・・?


 「一昨日の事件を思い出してみたまえ。粘液を浄化しただけでは、解決しなかった筈だよ。」


 ・・・!


 「一昨日の鯨井さんのように、宇宙人に操られた人が居るのですか?」


 「ハルナ・・・こっちへおいで。」


 ナズナに先導される形で、誰も居ないプールサイドを歩きます。


 一昨日と同様、恐らく、ナズナが人払いをしているのでしょう。


 「他人を巻き込むわけにもいかないからね・・・ハルナ、彼女を見てみたまえ。」


 ・・・!?


 此処のスイミングスクールには飛び込み競技用のプールも在るのですが、そのプールの中央で冷気を吐いて、プールの水を凍らせている女性は・・・間違い無く、私や萩原君が幼い頃からお世話になっている・・・。


 「氷室先生!」


 「・・・・・・・・・ブォブァブェブァブァブェブァ!?」


 先生が意味不明な言葉を叫んだ瞬間、私とナズナの身体は冷気によって吹き飛ばされてしまいました。


 コンクリートの壁に叩きつけられたのに身体が痛くないのは、チョコレートの力でしょうか・・・いや、そんな事よりも。 


 氷室先生が発した低い声は、私が知っている先生の声とは違いました。


 「・・・ハルナ、これはマズいよ。」


 ・・・?


 「一昨日の鯨井さんと違って、彼女は喋っている。」


 ・・・確かに、そうです。


 一昨日、鯨井さんの声を聞く事は、事件解決まで叶いませんでした。


 「これは・・・彼女の負の感情が、既に、死のエネルギーと共鳴してしまっている事を意味する。」


 ナズナ曰く・・・地球征服を企む宇宙人は、地球人が抱えている負の感情を死のエネルギーに変換する事が出来る。


 一昨日の鯨井さんは、彼が抱えている負の感情を地球征服を企む宇宙人に利用されて、死のエネルギーを帯びた粘液を分泌していました。


 今日の氷室先生の場合、先生が放出している冷気が死のエネルギーを帯びているのでしょう。


 「しかし、鯨井さんは彼女と違い、心まで死のエネルギーに汚染されてはいなかった。」


 ・・・。


 「彼女の心は、既に、奴らの手中に有る。」


 そんな・・・!


 幼稚園の頃・・・顔を水に浸ける事さえ怖かった私を励ましてくれた氷室先生・・・初めて二十五メートルプールを泳ぎ切った時・・・自分の事のように喜んでくれた氷室先生・・・市の大会で優勝した時・・・涙を流して喜んでくれた氷室先生・・・氷室せんせい・・・ひむろせんせい・・・


 「落ち着くんだ、ハルナ!」


 「だって・・・。」


 「だってもあさっても無い!」


 「今こそ、産むんだハルナ!」


 ・・・!


 「今、君に出来る事は・・・氷室先生を助ける手段は、それしか無い!」


 「・・・・・・わかりました、産みます!」


 「良く言ったハルナ!」


 「さぁ、恥も外聞もかなぐり捨てるんだ!」


 「ラマーズ法で・・・ラマーズ法で・・・!!」


 「ヒッヒッフーで舞え!!!舞うんだハルナーーー!!!」


 「もう、割りました。」


 「・・・何を?」


 「『何を』って、卵に決まってるじゃないですか。」


 「産んだのか卵を?」


 「勿論。」


 「割ったのか卵を?」


 「はい。」


 「ハルナッ・・・!」


 「君はッ・・・君はッ・・・いつから簡単に股を開く女になったんだッ・・・!」


 ・・・聞き捨てならない言葉です。


 ひと睨みして反論しておきたい所ですが、どうせ、無駄話が始まるだけですので、無視しておきましょう。


 卵の中身は、黄色いメガフォンスピーカーでした・・・これが、氷室先生を救うアイテムである事は間違いありませんが、どう扱って良いやら見当も付きません。


 困りました・・・ナズナにアイテムの使い方を聞かなければ、氷室先生を救う事が出来ません。


 こうしてる間にも事態は悪化していきます・・・建物全体が凍り付き、今では、天井から氷柱が伸びている始末です。

 

 「ハルナ君。」


 ・・・。


 「謝りたまえ。」


 「はあっ!?」


 ・・・流石に、堪忍袋の緒が切れました。


 「何故、私が謝るんですか!『簡単に股を開く女』とか・・・失礼な事を言った事を謝って下さい!」


 「芹澤ハルナさん、申し訳ありませんでした。」


 素直・・・!


 「でも、これだけは解って欲しいの!『出産少女』になったとは言え・・・恥じらいも無く・・・何処でも誰にでも股を開く女に成り下がっては駄目よハルナ!貴女は緑の黒髪の乙女なのよ!」


 ・・・何故、女性口調なのでしょうか・・・いや、そんな事よりも・・・。


 「『出産少女』って、どういう意味ですか?」


 「この国では、成長途中の女性の事を『少女』って呼ぶんだろう?」


 ・・・。


 「だったら・・・出産する事によって宇宙人と戦う君の事は、『出産少女』と呼ぶべきだよね。」


 ・・・言葉通りの意味でした。


 色々、言いたい事は有りますが・・・もう、どうでも良いです・・・。


 「・・・で、この、メガフォンスピーカーは、どうやって使えば良いのですか?」


 「本題に戻ったね。」


 「・・・で、この、メガフォンスピーカーは・・・」


 「あ~、解った解った、悪い悪い。」


 絶対、悪いと思ってないくせに。


 「まぁ、そう言うなって。」


 言ってませんけどね。


 「『黄色いスピーカー』。これで氷室先生の名前を呼べば、彼女の自我を呼び覚ます事が出来る。」


 「名前を呼ぶだけで良いのですか?」


 「自我を呼び覚ましたら、次は、君の言葉で彼女に呼びかけるんだ。」


 「・・・私、氷室先生に何て呼びかけたら良いか・・・。」


 「氷室先生は恩師なんだろう?」


 「・・・はい。」


 「恩師を本気で助けたいんだろう?」


 「はい。」


 「君が本気で助けたいと願うなら、言葉なんて自然に湧いてくるものさ。」


 「はい!」


 深く息を吸って・・・。


 『氷室蘭先生!』


 私の声が響きました。


 氷室先生の自我にも響けば良いのですが・・・。


 「お前は誰だ!」


 ・・・!


 間違い無く、氷室先生の声で応答が有りました・・・!


 『私は、芹澤ハルナです!』


 「芹澤・・・?」


 『そうです!氷室先生に幼い頃からお世話になっている、芹澤ハルナです!』


 「芹澤・・・ハルナ・・・?」


 『氷室先生、気を確かに持って下さい!』


 「気を・・・確かに・・・?」


 『そうです!氷室先生、正気に戻って下さい!』


 「芹澤・・・ハルナ・・・私に正気に戻って欲しいなら・・・貴女の大切な幼馴染・・・」


 『大切な幼馴染・・・萩原秋一君の事ですか?』


 「そう・・・可愛い・・・可愛い・・・ショタ・・・可愛い・・・可愛い・・・秋ちゃんを・・・私に譲ってくれるなら・・・正気に戻る事も・・・やぶさかでは無いわ・・・。」


 「秋ちゃん」というのは、萩原君が幼かった頃の愛称です。


 『・・・ナズナ。』


 「ショタとは可愛い少年の事だよ、ハルナ。」


 可愛い少年って・・・確かに、萩原君は私よりも小柄ですが・・・。


 『ナズナ・・・氷室先生の負の感情は、死のエネルギーと共鳴している・・・と言いましたね。』


 つまり・・・?


 「つまり・・・死のエネルギーと共鳴しているのは、氷室先生の少年愛という事になるかな。」


 『・・・変態じゃないですか・・・。』


 私が本音を漏らすと、ナズナが珍しく感情を露にしました。


 「・・・『変態』とは聞き捨てならないよ、ハルナ!」


 しかし、私だって譲るわけにはいきません。


 『ナズナ・・・氷室先生は日本選手権で表彰台に登った経験も有り、コーチとしても優秀な人なのです。でも、何故か、此処で小学生以下の子供たちの指導を続けているのです・・・実業団のコーチのオファーが来ているのにですよ!』


 「・・・。」


 『子供たちが好きだから・・・なんて言ってましたけど、何の事は無い、子供が好きっていうのは、そういう意味だったんじゃないのですか!?』


 「・・・。」


 『少年愛なんて・・・変態としか言いようがないじゃないですか・・・!』


 「・・・ハルナ。」


 『・・・何ですか?』


 「ハルナ・・・ショタは、大地の礎なんだよ!?」


 ・・・わけが解りません。


 中学一年生の私に理解出来ない世界が有ると言う事は認めます。


 理解出来ない事を全て拒絶して生きていては、やがて、多様性を失ってしまうのでしょう。


 しかし・・・「少年愛」などという概念を形容する言葉は、唯、一つしか無いのです。


 ですから・・・何回だって言います!


 『変態!変態!!変態!!!変態!!!!』


 「解ってんのよ、私だって!」


 ・・・!


 ・・・氷室先生の声です。


 ナズナへの反論に夢中で忘れていましたが、今回の事件の元凶は彼女だった筈です。


 「でもね・・・仕方が無いの!」


 「だって・・・・・・愛しているんだもの!!」


 「小っちゃな男の子が・・・・・・・・・好きなんですもの~!!!」


 氷室先生は叫び声を上げた後、凍り付いたプールの中央で倒れてしまいました。


 ナズナを攻撃する為に放った言葉が、氷室先生を傷付けてしまったようです。


 「氷室先生!」


 私が氷室先生の傍に駆けつけた時には、プールの水は固体から液体に戻っていました。


 どうやら、事件は解決したようですが・・・これは、いけません。


 氷室先生は、一昨日の鯨井さんを助けた時と同様に、気を失っています。


 此処は飛び込み競技用の深いプールなので、このままでは氷室先生が溺れてしまいます・・・!


 「ハルナ!!!!!」


 私を呼ぶ声を聞いた時、それが誰の声なのかを判別する余裕は有りませんでした。


 でも、次の瞬間、私は見たのです。


 救命浮輪を腕に嵌めた萩原君が、私の方へ泳いでくるのを。


 正直、彼の泳ぎは巧いとは言えません。


 しかし、氷室先生を懸命に助けた彼の勇姿は・・・!


 「惚れ直したかな?」


 帰宅してスマホを確認すると、ナズナアプリにメッセージが残されていました。


 アプリを介して反論する事は出来ても、ひと睨みする事は我慢しなければなりません。


 次に、チョコレートの風味を感じる時までは。

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