第2話 謎の白いオタマジャクシ・ナズナ
日曜日。
昨日の夕方に起きた事・・・地球征服を企む宇宙人に操られた中年男性の鯨井さんを救う為に、出産を強いられた・・・あの屈辱が、嘘のように爽やかな朝です。
・・・そう言えば、結局、産んだのは卵だったわけですから、出産と言うよりも産卵と言う方が正しいのでは・・・いや、日本語の正しさなど何の意味が有るのでしょうか。
白いオタマジャクシに辱められた事実には、変わりが無いのに・・・。
このままでは、爽やかな朝が台無しになってしまいます。
これは、いけません。
こんな時は、スマホです。
あれ?
今、気付きましたが、スマートフォンなのですから、スマフォと略すべきでは無いのでしょうか・・・?
あ・・・でも、良く考えたら、テレホンカードの例も有りますし・・・スマホでも良いのかも知れませんね。
小学生の頃まではテレホンカードを携帯していましたが、近頃は、公衆電話も少なくなった為、中学校入学のお祝いにスマホを買って貰いました。
まだ、スマホを使いこなせているわけでは無いのですが・・・幼馴染の萩原君が深夜に更新しているブログを読むのが、毎朝の日課なのです。
彼のブログのタイトルは疑問形です。
「秋の七草って知ってる?」
幼稚園で一緒の組になってから九年も経っているのに、萩原秋一君の名字の「萩」が秋の七草だという事を、彼のブログを読むまで知らなかったというのは・・・。
無礼です!
無知です!!
痛恨の極みです!!!
勿論、新たな知識を得る為だけに、彼のブログを読んでいるわけでは無いのですが・・・彼のブログを読んでいると、狭かった私の世界が広がっていくような気がするのも確かです。
・・・!?
・・・スマホの電源を入れたら、見知らぬ白いアイコンが増えていました。
これは、いけません。
こんな時は、削除です。
「ハルナ、見に覚えの無いアプリがインストールされていたら、すぐに削除するんだよ。」と、萩原君が言っていました。
私の不安が広がっていく前に、さっさと削除してしまいましょう!
「消すな!消すなよハルナ!」
・・・出ました。
アイコンが明らかに白いオタマジャクシだったので、泳がせてみました。
「何故、起動しない!?」
「起動できないのか!?」
「起動したくないのか!?」
「起動する度胸も無いのか!?」
これは、いけません。
こんな時は、ミュートです。
「・・・ハルナ、無視は良くない。」
「ハルナ、厄介な輩に絡まれたらミュートするんだよ。」と、萩原君が言っていました。
「ブロックは相手にバレるからね・・・そんな言葉が思い浮かぶなんて、意外とスマホを使いこなしているじゃないか。」
いや・・・萩原君と比べたら、私なんて・・・いや、そんな事よりも、この白いオタマジャクシは何の用で来たのでしょうか・・・鍵を閉めていた筈なのですが・・・。
「ハルナ君、僕の事は『ナズナ』と呼んでくれたまえ。」
ナズナ・・・?
聞き覚えが有るというか・・・見覚えが有る名前です。
人と話をしている時にスマホの画面を見るのは、誰に言われるまでも無く、礼を欠いた行為だと理解していますが・・・。
・・・思った通りでした。
白いオタマジャクシのアイコンの下に、「ナズナ」と表示されています。
「マイネームイズ・ナズナ。以後、お見知りおきを。」
ナズナ・・・と言うよりも、スズシロの方が近いような気がするのですが・・・。
「大根は酷いよ!折角、アプリをプレゼントしてあげたのに!」
「・・・このアプリ、起動できるんですか?」
「明けない夜が無いように、起動できないアプリも無いんだよ!」
「・・・これ、何かの役に立つんですか?」
「立ちまぁす!」
・・・やっぱり、削除しましょう・・・。
「待て!待つんだハルナ!」
だって・・・。
「だってもあさっても無いんだよ!」
完全に、昨日のパターンのやつです。
「勇気を出して起動するんだ!ハルナ!」
面倒臭いので、さっさと起動してしまいましょう。
「・・・え~と・・・『やぁ、ハルナ!秋一君とのデートは楽しかったかい?』・・・・・・何ですか、これは?」
「僕からのメッセージだよ。」
「・・・やっぱり、役に立たないじゃないですか!それに、私、萩原君とデートなんて・・・!」
「彼、家族と一緒だったからね。」
「やっぱり、見てたんじゃないですか!」
「・・・。」
「折角、鯨井さんを助けたのに、あなたは居なくなっちゃうし!」
「・・・・・・。」
「もう二度と会う事は無いんだと思ったのに、何の事は無い、ずっと覗いてたんじゃないですか!」
「・・・・・・・・・寂しかったかい、ハルナ?」
「ふざけないで下さい!」
「・・・。」
「中学生なのに出産を迫られた、私の気持ちが解りますか!?」
「・・・・・・・・・ハルナ。」
・・・。
「ハルナ・・・昨日は、事態が切迫していたとはいえ、君の気持ちも考えずに強引に話を進めて、本当に済まなかった・・・・・・泣かないで。」
・・・泣いてません。
「・・・ハルナ、今日は、真剣な話をしに来たんだ。」
「真剣な話・・・?」
白いオタマジャクシなので表情では判断できませんが、ナズナの口調は真剣そのものです。
「そうだよ、真剣だよ・・・・・・真剣ゼミだよ!」
「真剣じゃ無いじゃないですか・・・!?」
一瞬でも、白いオタマジャクシを信じた私が馬鹿でした。
「単刀直入に言うよ、ハルナ。」
・・・解っています。
どうせ、また、無駄話が始まるのでしょうね・・・。
「ハルナ、これからも、地球征服を企む宇宙人と戦って欲しいんだ!」
真面目な話でした・・・!
どうも、パターンが読めません・・・いや、そんな事は、どうでも良い事です。
「これからも?」
「うん。」
「昨日みたいに?」
「うん。」
「嫌だと言ったら?」
「残念だけど、他の女の子に頼むしか無いね。」
・・・なるほど。
「解りました。」
「・・・『解りました』とは、どういう意味かな?」
「ナズナ・・・あなたは、私の心が読めるのでしょう?」
「『私が断っても、誰かが役目を果たさなければならない・・・だったら、私がやるしかない。』」
・・・。
「ハルナ。」
「・・・何ですか?」
「君のそういう所が・・・僕は好きだよ。」
・・・!
これは、いけません。
こんな時は、どういう顔をしたら良いのでしょうか・・・?