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第1話 産むんだハルナ!

 「産め!産むんだハルナ!」


 「謂れの無い誹謗中傷をされたとしても、堂々としていれば良い。」と、父には日頃から言われていますが、嫌なものは嫌なのです。


 私は、芹澤ハルナ。


 中学一年生です。


 勿論、妊娠などしていません。


 私を辱めるような声が響いた時、周囲に誰も居なかったのは不幸中の幸いでした。


 でも、私は不幸なのです。


 勿論、私は知っています。


 私よりも不幸な人々が、世界中で暮らしている事を。


 しかし、土曜日夕方のショッピングモールなのに、周囲に誰も居ない・・・周囲から誰も居なくなってしまった・・・というのは、尋常では無い事だと思うのです・・・さっきまでは、確かに、幸せそうな親子連れやデートを楽しむカップルで賑わっていた筈なのに・・・。


 ・・・ごめんなさい。


 誰も居なくなった・・・というのは、正確ではありませんでした。


 実は、二十五メートルくらい離れた場所に、中年男性が居るのです。

 

 私、目が良いのです・・・いや、そんな事は、どうでも良いのです。


 あの人の身体から、大量の粘液が分泌されているのです。


 夢です・・・今は、夢という事にしておきたいのです。


 幼馴染の萩原君に教えて貰った、異世界を舞台した小説なら兎も角、現実世界でこんな事が起きるわけないじゃないですか・・・きっと、夢です。


 でも、その粘液は、途轍もない悪臭を放っているのです。


 臭いを感じるなんて、こんな夢があるのでしょうか・・・?


 もし、夢で無いのなら、私の両手が心配です。


 私の足元に粘液が流れてきた時、わけもわからずに触れてしまったのです。


 左手で触ったものは「ねばあ」と白く濁っており、右手で触ったものは「ぬちゃあ」と透き通っていました。

 

 これは何だろうと周囲を見渡した時、私は見たのです。


 鼻から白い粘液を噴き出し、口からは透き通った粘液を吐き出している男性を。


 今の所、両手に異常は有りませんが、怖ろしくて震えが止まりません。


 それだけでも耐えられないのに、その他にも奇妙な事が起こっているのです。


 私の鼻腔には粘液の悪臭が漂っているのですが、私の口腔にはチョコレートの風味が広がっているのです。


 チョコレートは好きですよ。


 ですが、今日、それを口にした記憶が無いのです。

 

 出産を促す声・・・大量の粘液を分泌している中年男性・・・ねばあぬちゃあ・・・途轍もない悪臭・・・チョコレートの風味・・・・・・。

  

 五感を研ぎ澄ました結果、第六感が人生の終わりを告げました・・・死ぬのです、私は。

  

 「諦めるなよ!」


 「ふぇ?」


 「どうして、そこで諦めるんだ!お米食べろ!」


 お米・・・私、朝食はパン派なのですが・・・いや、今の甲高い声は、私に出産を促していた、あの声です。間違いありません。


 しかし、声はすれど、姿が見えません。


 「やあ!」


 ・・・!

 

 「本当に驚いたときは、声なんて出ないのよ。」と、母に言われた事が有りますが、今のは本当に驚きました。


 甲高い声の正体は、人間ではありませんでした。 


 機械でも無く、動物でも無く・・・何と形容すれば良いのか・・・見当も付きませんが、強いて言えば・・・。


 白い・・・オタマジャクシ。

 

 上空に浮遊しています・・・全長約三十センチの白いオタマジャクシが。


 「ハルナ・・・僕は、情けないよ。」


 ・・・僕?


 「折角、緑の黒髪の器量良しに生まれたっていうのに・・・何が悲しくて、土曜日に一人でショッピングモールなんかに来なけりゃならないのか・・・。」


 器量良しだなんて、そんな・・・。


 今日は、入梅が迫っているので、折り畳み傘を買いに来たのです。


 愛用していた傘が、強風に煽られて折れてしまったので。


 あ・・・でも、良く考えたら、折り畳み傘は初めから折れているんですよね。


 「折り畳み傘なんか、どうでも良いんだよ!」


 え・・・?


 私・・・今、声を漏らしていましたか?


 「僕はね、心の声が読めるんだよ。」


 えっ・・・!?


 まさか、此処は、本当に異世界なのでしょうか?


 「これは、現実だよ。」


 でも・・・。


 「デモもストも無いんだよ!」


 スト・・・?


 「デモンストレーションとストライキだよ・・・そんな事は、どうでも良いんだよ!」


 どうでも良い?


 「そうだよ。私が言いたいのは、幼馴染の秋一君の事だよ。」


 私・・・?


 いや、一人称なんてどうでも良いのです。この方は、萩原秋一君の事も御存知なのでしょうか?


 「・・・ああ、御存知だよ、ハルナ。僕は、心が読めるって言っただろう?」


 ・・・。


 「僕には判っているんだよ、ハルナ。君が・・・彼に恋心を抱いているって事は!」


 ・・・!

 

 「彼も可哀想に・・・ハルナに勇気が有ったなら。今頃は、此処の三階に在る映画館で・・・ラブストーリーでも見てさ・・・煮てさ、焼いてさ、食ってさ・・・。」


 「な・・・何なんですか、あなたは!」


 突然現れたと思ったら、好き勝手な事をペラペラと!

 

 「良し!その元気が有れば産める!」


 「はぁ?」


 ・・・そう言えば、産めとか言ってましたっけ?


 「ハルナ、これは君の為でも有るんだよ。見たまえ、鯨井さんを。」


 「・・・誰ですか?」


 「四十二歳独身・『鯨井さん』、以後、お見知りおきを。」


 鯨井さん・・・?


 あの、大量の粘液を分泌している中年男性の名前なのでしょうか?


 「名前なんか、どうでも良いんだよ!」


 えぇ・・・?


 「鯨井さんを見るんだ、ハルナ。」


 ・・・一歩、一歩、此方に歩いて来ています。


 「間も無く、彼は、君の許へ辿り着く。解るだろう?女子中学生が独身中年男性に捕まるっていう、その意味が・・・。」


 ・・・。


 「絶対に、エロい事をされるんだよ!」


 「やめて下さい!」


 この方は何なんですか?さっきから下品な事ばかり!


 「あのさぁ・・・『この方』ってやめてくれない?気持ち悪いから。」


 そうでした・・・白いオタマジャクシは、心が読めるのでした。


 それなら、何と呼べば・・・その前に、名前は・・・いや、名前なんてどうでも良いのです。


 こうしている間にも、鯨井さんが来てしまいます・・・!

 

 「そこで、出産だよ。」


 ・・・は?

 

 「産むんだよ。」


 「ちょっと、待って下さい!」


 「大丈夫だから!ちゃんと、卵で産めるようにしてあげたから!」


 た・ま・ご?


 「言ってたじゃないか!卵で産みたいと!」


 「言ってません!」


 「卵で産みたいと君が言ったから、七月六日は出産記念日。」


 「今日、七月六日じゃ無いじゃないですか!」


 「さ、産も?」


 「説明を!説明をお願いします!」


 「ラマーズ法だよ!『ヒッヒッフー』で、舞うんだよ!」

 

 ・・・このままじゃ、埒が明きません・・・。


 「ハルナ、鯨井さんを君が解放するんだよ。彼は、地球を征服しに来た宇宙人に操られているんだ。」


 埒が明きました・・・!


 「ハルナ・・・突っ込まなくても良いのかい?『地球を征服しに来た宇宙人』なんて、如何にも陳腐な表現じゃないか?」


 ・・・突っ込む?


 あぁ、萩原君が冗談を言った時、「芹澤さん、僕がボケた時は突っ込んでくれないと・・・。」と、言われる事が有ります。


 つまり、今、白いオタマジャクシもボケたのでしょうか・・・「地球を征服に来た宇宙人」なんて・・・?


 「それは、本当だよ。」


 ・・・今更ですが、心を読まれているというのは、気持ち悪いですね・・・。


 「彼は、今日、此処に来ちゃいけなかったんだよ。」


 ・・・?


 「土曜・日曜・祝日のショッピングモールは、リア充の巣窟だからね。」


 ・・・りあじゅう?


 「『リア充、爆発しろ』って、知らない?」


 ・・・爆発・・・物騒ですね。


 「実際に爆死する事を願っているわけじゃ無い。」


 ・・・?


 「リアルが充実している・・・幸せな人間たちに対して、リアルが充実していない・・・不幸せな人間たちが、負の感情を抱いてしまう場合が在るという事を、是非とも君には解って欲しい。」

 

 ・・・。


 「解れ!解るんだハルナ!」


 ・・・・・・解りました、解ろうと努力してみます。


 「そして、地球征服を企んだ宇宙人が、負の感情を死のエネルギーに変換する技術を開発していた事も。」


 死・・・!?


 「そうデス。」


 「鯨井さんは、どうなってしまうんですか!?」


 「・・・鯨井さんだけじゃなく、君の心配も忘れない方が良いよ。」


 ・・・確かにそうです。


 しかし、宇宙人は地球征服を企んでいると、白いオタマジャクシは言っていました。


 つまり、鯨井さんや私の心配だけじゃ無く、地球全体の心配を・・・・・・あぁ、今更かも知れませんが、大変な事になってしまいました・・・。


 「・・・心配は要らない。我々は、死のエネルギーを昇華する技術を開発しているからね。」


 その技術とは・・・?


 「我々は、少女に・・・死のエネルギーを昇華するアイテムを産ませる事が出来る!」


 「ロクな技術じゃないじゃないですか!?」


 「大丈夫。既に準備は出来ているから。」


 私には心の準備が出来ていないのですが・・・。


 「衆人環視の初産は可哀想だから、予め、人払いしといたよ。」


 えっ・・・!?


 それで・・・此処には、誰も居なくなってしまったんですね・・・!


 そして・・・あなたたちにとって、そんな事など赤子の手を捻るようなもの・・・なのでしょうね・・・。


 「種付けも済んでるから、さっさと産んじゃおうぜ!」


 た・ね・つ・け?


 「ハルナ君。君は、既に、孕んでいるのだよ。」


 ????????


 「お前がママになるんだよ!」


 「・・・ちょっと、待って下さい!」


 「大丈夫だから!ちゃんと、卵で産めるようにしてあげたから!」


 ・・・デジャブです。


 「卵で産みたいと・・・」


 「それは聞きました!」


 「相手の発言を遮ってはならない。」と、萩原君は担任の先生から叱られる事が多いのですが、相手が不誠実極まりない白いオタマジャクシなら、先生も許してくれるかも知れません。


 「身に覚えが有りません!」


 「死のエネルギーを昇華するには、生のエネルギーを増幅しなければならない。」


 ・・・。


 「生のエネルギーを増幅する為には、死のエネルギーを昇華するアイテムを産みだす少女に、予め、生のエネルギーの素を植え付けなければならない。」


 ・・・・・・。


 「生のエネルギーの素は、チョコレートの風味に似ていると云われている。」


 ・・・・・・・・・!


 「甘い罠って、やつだね!」


 ・・・。


 「どうしたんだい、ハルナ?」


 ・・・・・・解りました。


 「ハルナ、おもむろに下着を脱ぐなんて、どうかしてるよ!」


 「産みます!」


 「は?」


 「『ヒッヒッフー』で、舞います!」


 「産んでくれるんだね!ハルナ!」


 「勘違いしないで下さい!」


 「へ?」


 「私は、自分の意思で産む事を決めたんです!」


 正直、所詮、地球人の中学生では、未知の科学技術を得た白いオタマジャクシに敵わない事は明白です。


 ですから、「自分の意志」というのは、私の意地です・・・・・・悔しいのは、そんな私の心さえ、白いオタマジャクシに見透かされているという事実です。

 

 「・・・ハルナ・・・ツンデレが足りないよ!『べっ、別に、アンタの為に産むんじゃないんだからね!勘違いしないでよね!』、みたいにさぁ!」


 ・・・。


 「あっ、あと、言い忘れてたけど、ラマーズ法は要らないよ。軽くいきんだだけで産めるからね。」


 ・・・・・・。


 「さぁ、産め!産むんだ!芹澤ハルナ!」


 「命令しないで下さい!!」


 ・・・・・・!?


 驚きました。


 お腹に力を入れて叫んだ瞬間、鶏の卵と同じくらいの大きさの卵が、私の身体から出ていきました。


 その瞬間、何の痛みも有りませんでした。

 

 「その卵を割れ!割るんだハルナ!」


 「指図しないで下さい!!」


 再び、お腹から声を出してしまいましたが、鯨井さんとの距離は狭まってきており、状況は切迫していると言わざるを得ません。


 ・・・。


 「・・・・・・今は、あなたの言う通りに卵を割りますが、決して、あなたの為なんかじゃありませんからね!勘違いしないで下さいね!」


 白いオタマジャクシに対して、途轍も無い敗北感を感じながら、私の身体から出てきた物を割ってみました。


 「・・・えっ!?」


 更に、信じられない事が起きました。


 卵を割って出てきたのは、私の身体よりも大きい、掃除機のような形状の機械でした。


 「君の身体から、こんなに大きなモノが出てきたよ・・・」


 「ちょっと待って下さい!物理的に、おかしいじゃないですか!?」


 「・・・驚いた。君は、物理が解るのかい?」


 ・・・。


 「・・・やっぱりね。」


 また、人を馬鹿にして!


 「君にとっても好都合な筈だよ、ハルナ。」


 ・・・?


 「理科が得意な秋一君に教えて貰ってさ、煮てさ、焼いてさ、食ってさ・・・。」

 

 デジャブ・・・!


 「理科が不得意な君も覚えておくといい、これが我々の科学技術の集大成、『ラマーズ君』だよ。」


 ・・・?

 

 「吸って、吐くんだよ。」


 「吸って吐くって・・・ラマーズ法は要らないのではなかったのですか・・・?」


 「吸って吐く前に・・・ハルナ、下着を穿きたまえ。」


 ・・・!


 「穿け!穿くんだハルナ!」


 ・・・穿きました。


 「では、説明するよ。」


 ・・・お好きにどうぞ。


 「先ず、彼が分泌している粘液を、『ラマーズ君』で吸います。」


 「『ラマーズ君』とは・・・?」


 「君が産みだした、粘液浄化バキュームカー・『ラマーズ君』、以後、お見知りおきを。」


 「浄化・・・?」


 「あの粘液は死のエネルギーなんだよ。五十メートル四方を汚染している死のエネルギーを『ラマーズ君』で吸って、生のエネルギーに浄化するんだ。」


 「そう言えば・・・私、粘液に触ってしまったのですが・・・。」


 「だから、予め、生のエネルギーを君に盛っておいた。死のエネルギーから母体を守り、死のエネルギーを昇華するアイテムを産んで貰う為に。」


 ・・・言われてみれば、粘液に触る前から、チョコレートの風味を感じていたような・・・。


 「無駄話をしている時間は無いよ、ハルナ!」


 ・・・今まで、無駄話しかしていないような気もしますが・・・でも、白いオタマジャクシの言う通り、鯨井さんは十メートルくらいまで迫っています・・・しかし、肝心の『ラマーズ君』の使い方が判りません。


 赤いボタンと青いボタンが付いているのですが・・・。


 「家庭用の掃除機みたいにホースを持ち、赤いボタンで粘液を吸って、青いボタンで浄化された液体を鯨井さんに向かって吐き出すんだ!」


 初めて的確なアドバイスを頂いたような気がします。


 「吸え!吸うんだハルナ!」


 命令しないで下さいと思いつつも、私は赤いボタンを押しました。


 すると、『ラマーズ君』は、驚くべき吸引力で粘液を吸い込んでいき、十秒も経たない内に、五十メートル四方に広がった粘液を吸い込んでしまいました・・・!


 「どうだい?ハルナ。我々の科学技術は素晴らしいだろう?」


 悔しいですが・・・白いオタマジャクシたちの持っている力は確かなようです。


 「しかし、もっと素晴らしいのは、『ラマーズ君』を産みだした君だよ。」


 ・・・?


 「中学一年生の女の子が、宇宙人に操られたオッサンと白いオタマジャクシ・・・こんな状況で、良く頑張ってくれたよ。」


 ・・・!? 


 「ハルナ・・・・・・産んでくれてありがとう・・・・・・さぁ、君たちの世界を守るんだ!」


 ・・・!


 「吐け!吐くんだハルナ!」


 指図しないで下さいとも思いました。


 でも、何故だか解りませんが、瞳から感情が溢れ出してしまいました。


 それを拭ってから、青いボタンを押しました。


 ・・・・・・・・・!?


 何という事でしょう・・・!


 「ラマーズ君」が凄まじい勢いで大量の黄金色の液体を鯨井さんに射出した・・・それだけは、辛うじて視認できました。


 しかし、次の瞬間、私の瞳が捉えたのは、幸せそうな親子連れ・・・デートを楽しむカップル・・・そして、イビキを掻いて寝ている鯨井さん・・・!


 鯨井さんは兎も角として・・・。


 それは、紛れも無く、土曜日夕方のショッピングモールの光景でした。


 「あれ?ハルナ?」


 ・・・!?


 「どうしたんだい?狐につままれたような顔をしてさ。」


 ・・・・・・!


 萩原君と再会した時、既に、白いオタマジャクシは居なくなっていました。

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