道路
真っ直ぐに伸びた道。
先が見通せないほど、真っ直ぐに。
ようやく取れた、三日間だけの夏休み。お金はないから高速道路は使わずに、一般道を走って六百キロ離れた実家に帰る予定だった。
シャグ、シャグ、シャグ、シャグ。
遥か後方からの、微かな、音。
昼が終わる直前。
夜が始まる少し前。
昼でもなく、夜でもない。
昼でもあり、夜でもある。
相反する二つの時が混ざり合った一瞬の夕暮れを、逢魔が時というらしい。
そんな時刻に、私は車をひた走りに走らせていた。地図には存在しない、真っ直ぐな道を。
カーナビはいつの間にか白いノイズしか映さなくなっていて、携帯電話の液晶にも『圏外』の文字がある。
走っているのは、山の中の道の筈だった。日本の山間で、地平線すら見えそうなほどの長く伸びる道など、有り得はしない。にも拘らず、ハンドルをほんのわずかも曲げることなく、私は車を走らせていた。
ガソリンメーターは、気付いた時からひとメモリも減っていない。
リセットした記憶なんてないのに、トリップメーターも同じ数字を映し出している。
こんなに、走っているのに。
前方は明るい。
後方は暗い。
そして、その闇の奥から、微かに音が聞こえてくる。
シャグ、シャグ、シャグ、シャグ。
錆付いた切れ味の悪い鋏で紙を切る時のような、りんごかあるいはもっと硬い何かを金属の歯で咀嚼する時のような、鼓膜を貫いて脳に直接響いてくる、音。
それは、先ほどよりも、また少し大きくなっていた。
車を走らせても、走らせても、前方の光は遠ざかり、後方の闇は近付きつつある。
夕暮れ。黄昏時。逢魔が時。
私は、それに捕らわれようとしているのだ。
あの耳障りな音を立てている咢に追い付かれた時、何が起きるのだろうか。
ただ、夜の世界に戻るだけ?
それとも……
私には、それを試してみようと思える勇気はなかった。だから、ひたすら車を走らせる。
アクセルペダルが床に着くまで踏み込んで。
いつまでも――いつまでも。