標識
進入禁止の標識って、時々ムカッてこない? だって、そこを行ったらすぐなのに、わざわざグルッと回らなきゃいけなかったりするじゃん。ホント、ガソリンと時間の無駄だよね。
特に残業で帰りが遅くなって日付変わっちゃったよって時なんか、なおさら。
でさ、つい、やっちゃったのよ。
確かに車一台がやっと通れるくらいの道で、向こうから来ちゃったらヤバいのは重々承知だったけどさ、だって、夜も遅いし、誰も通らないと思ったんだもの。
やっちゃって、ようやく解った。
……入っちゃいけない理由っていうのは、何通りか、あるんだよね。
普通、道路のそれは、対向車が来たらすれ違えないからとか、そんな感じ。
だから、対向車が来ないのなら、別に守る必要なんてない。
道路の進入禁止なんて、ただの『ルール』に過ぎなくて、そうする必要がない時は、破ったってたいしたことないって。
まあ、おまわりさんに見つかったらやばいよなぁ、謝ったら切符切らないでくれるかなぁ、とか、そんなふうに思うくらいで。
そんなくらいにしか、思ってなかったの。
まさか、こんなことになるなんて、夢にも思ってなかった。
鼻歌混じりに素通りしてきた赤い丸に白い線。
『進入禁止』
動物園の檻だって、進入禁止なんだよね、ある意味。「入っちゃダメ」なんだ。
――入ったら危ないから、進入禁止っていうところも、あるんだ。
ああ、あの音! 黒板を爪でひっかくのと似ているけれど、もっと……
力任せに叩かれて、窓ガラスにはひびが入り始めてる。
全然役に立たない携帯電話を投げ付けたって、傷ひとつ入らなかったのに。
走っても走っても、路地を抜けられない。
この路は、こんなに長いはずがないのに。
もう、とっくに、向こうの大通りに出られているはずなのに。
あれは、何の声だろう。人の声では、絶対ないし、今まで聞いたことのある、どんな動物の声とも違う。表現のしようのない、音。どれだけアクセルを踏んでも、全然遠のかない。
窓の外には、何もいない。だってブロック塀が――ううん、ブロックじゃない。ブロックじゃないけど、窓を開けてちょっと手を伸ばせば触れられるくらいの近さで、延々壁が続いている。そんなに近いのに、まるで何かに引っかかれたような傷が、サイドガラスにはまた刻まれた。
何も見えないのに、車はだんだん姿を変えていっている。
あの声は、ずっと続いている。
どんどん増えていっている。
ボンネットは、ボコボコ。
頭の上の天井も、外から何か大きなものが落っこちてきたみたいに凹んでる。
あと、どのくらいもつんだろう。車から外に引きずり出されたら、いったい、何を見ることになるんだろう。
ミシッて、音がした。
前から。
ああ、車のガラスって、本当にこんなふうに粉々になるんだ……