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歩道橋

 ねえ、歩道橋の噂って、聞いたことある? 向こうの歩道とこっちの歩道をつないでいる、あれね。

 普通はさ、前向きでのぼって前向きでおりるでしょ? 当たり前のことだけど。

 それをさ、ずっと後ろ向きで上って、下りてみるんだって。そうするとさ、何かが起きるんだってさ。


 え? 何かって、何なのかって?


 あたしにその話を聞かせてくれた子は、「それを教えちゃったらつまんないじゃん」って、教えてくれなかったんだ。いっつも歩道橋から下を眺めている中学生くらいの女の子で、最初は自殺でもするのかって思ってつい声をかけちゃったんだけど、そうしたら、ただ、そこから車の流れを見るのが好きなだけだって、笑われた。

 それから、まあ、仲良くなって。下校の時にちょこっと話をするだけなんだけど、この間、この話を教えてくれたんだ。

 くすくす笑いながら、「試しにやってみたら?」って。


 最初は、くだらないなぁって思って、ヤル気なんかなかった。でも、「怖いの?」って言われて、何となくムキになっちゃってさぁ。


 うん、そう。やってみたんだ。


 どうなったかって? 君が見てる通りだよ。ご覧の通り。

 まあ、そうだねぇ……ナニも起きてないように見えるよねぇ……


 ええ? ダメだよ、教えちゃったらつまらないじゃん。

 気になるなら、やってみたらいいじゃん。


 あはは。……怖いの? じゃ、やめとけば?


 あ。あ~あ、行っちゃった。

 どうかなぁ……あの子も来るかなぁ


 ――『ここ』に。


 ま、いっか。車でも見てよっかな。他に、やることないしねぇ。確かに、ずぅっと見てても飽きないや。見慣れたヤツとは違うけど、車は車だよね、あれ。

 何だかヌメッとしてて、タイヤの代わりにウネウネ動く、タコの足みたいなヤツ。名付けるなら、タコバス、かな? もっと可愛ければ、昔観たアニメに出てきた、猫の顔をつけたバスに似てるのに。

 あ、またあんなに積んでる。あの子達、どこに連れて行かれるのかなぁ。ここから出られないのと、あの車に乗せられるのと、どっちがいいんだろ。


 歩道橋は、どちらでもない『境界線』。ある種の安全地帯。彼女が教えてくれた通りに後ろ向きに歩いて、手すりの外の景色がいつもと逆に流れて行った時、一歩ごとに変わっていく風景に、あたしの足は止まっちゃった。結局、最後の一段は下りきれないままで。

 もう一回渡り直したら、元の場所に帰れる筈なんだよね。でも、そうするには、一度下りきらなきゃいけないんだよなぁ。


 この歩道橋の話をしてくれたあの子も、あたしと同じことを言っていた。最後が、下りられなかったんだって。あたしがここに立っているのを見て、泣きそうな顔で「ごめんね」って言ったけど、謝られたってねぇ。


 あたしと彼女はずいぶん長い間一緒にいたけど、ある時彼女は階段を下りて行っちゃった。そうして、それっきり。


 彼女がいた間、あたしはずっと怒ってて、一つも口を利かなかったんだよね。最初は、この歩道橋から突き落としてやろうかと思ってたくらい。今は、ちょっと後悔してる。許してあげれば良かったなって。


 あの子、最後の一段を、下りたのかな。下りたんだろうな。

 この前走っていったタコバスが通り過ぎる時、チラリと見えた中に彼女に似ている女の子がいたような気がするけれど、やっぱり判らないや。


 今なら、あの子の気持ちが解かる。


 あたしは誰も引きずり込まないって、思ってた。でも、独りでいる時間が過ぎていくと、どうしても我慢できなくて……


 あ、足音。

 鼻歌混じりに階段を上ってくるのは、あたしと同じ高校の制服を着た女の子。バス通学の子が多いけど、歩きってことは、あの子は割と近いところに住んでるのかな。

 今って、あの学校、どんな感じになってるんだろう。

 もう知ってる先生もいないだろうけどね。


 女の子は、橋の真ん中にいるあたしに気付くと、ふと足を止めた。


 あたしは、彼女に、にっこりと笑いかける。


「ねぇねぇ、知ってる……?」


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