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エア≒ノア  作者: ひるがお
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一千年先で

ちょいと書き直し

(午後九時を回りました。こんばんは。FMラジオ放送局『ギンガ』よりお送りします。今日この良き日。みなさんこの貴重な終末いかがお過ごしでしょうか。残るにせよ、逃げるにせよ、せめて心だけは、逃げ遅れることがないよう祈ります。

さて、昨晩アメリカの報道に続き、後を追い新たにアジア、欧州各国首脳が声明を発表。内容はいたって簡素でありますが、『世界滅亡』の一言はすでに多くの混乱を招き、混沌は拡大の一途を辿っています。加えて昨晩の地震の影響は想像を遥かに絶するもので、高速鉄道網は大打撃を受けているもよう。いまのところ復旧の目処は立っておらず、これからも立つ予定はないでしょう。平均気温は前年度と比べて二十度差、七度にまで落ち込み、ところによってこぶしほどの雹がみられています。方舟戦域による戦火は依然とどまる様子はなく、重力子機関による環境論理汚染はもはや無視できないものと――

――ごめんなさいと言うつもりはありません。かならず助けると言うつもりもありません。犠牲者に対して哀悼の意を表することも、この未曾有の災害に対して緊急対策本部を設立することも、もはや必要なくなりました。逃れようがないからです。

人類がこの地に生を受け、繁栄しはや五百万年あまりが経ちます。その過程で我々は他の種と争い、過酷な環境に打ち勝つため多く独自の変化を遂げてきました。進化の歴史です。言葉の使用。肌の色。信仰。我々はそしてムラを創り、クニを創り、理性による文明を創り上げた。栄えて、地球の悉くを住処とした。しかしながら東西の歴史書を紐解く限り、それらは決して胸を張れるばかりという訳ではありません。その変化自体が新たな次なる争いの火種、我々が我々同胞と戦う原因となり、科学と文明により傷つける理由がなくなったいまも、我々はそれを止められずにいたからです。

今日は哀しむべきではない。今日は良き日です。皮肉にも世界が待望した、初めて人類が足並みをそろえ、ともに歩くときがやって来たのです。だから、いっしょに歩きましょう。暗き闇に向かって。いっしょに祈りましょう。あなたの信じる神に。言葉や容姿や信じるものが違うのだとしても、今日この瞬間から滅亡までの僅かなあいだ、私たちは、確かに、家族になるのです。だから――)


 ――――


 娘は空を見上げていた。

 慈しむように。哀しむように。

「空が青いのはどうしてか知っています?」

「それは太古の空ですか、それとも『大洪水』の後?」

「揚げ足取りですね。どちらも変わりませんよ」

「イフ。ではあなたの考えから聞かせてほしいものだ」

「人類が、人類そのものを滅ぼす戦いに明け暮れて。それで神様が泣いちゃって。泣いて泣いて流した涙が世界すら覆い尽くしてしまったというのなら、ここはとても哀しい場所。だから神のもといた空は涙に溺れて、いまなお哀しみの青に包まれているんですよ」

「ふふ。あなたならでは意見だ」

「台長はどうせ科学的に波長のお話を始めるのでしょう?」

「知っていながら私に話を振ったのは、その思いつきを喋りたかっただけでは?」

「勘の良いヒトは嫌いです」

「そうですね。私はこう考えましょう。青は心を落ちつかせる心理的作用があるといいますので、神様はヒトの安寧を祈り望んだ結果、今の空は青くなったと」

「だったらこの世界は神様の哀しみではなく、祈りで形作られているのでしょうかね」

「そうであって欲しいものです」

「ところで計画のほうは順調ですか?」

「はい。滞りなく。『方舟』の引き渡し日時は同盟の意向を呑みますが、場所のほうはこの天文台にと考えております」

「いいんじゃないでしょうか。そのほうが直前まで夢を見られて、『彼女』も喜びます」

「情報は踏み台を使って既に連邦側へ。秘密裡に部隊が動いているようですが、それ以上の動向は掴めておりません」

「舞台が整ってきましたね。ヘルブの人たちが知ったら、きっと磔なんかじゃ済まないですよ」

「イフ」

「なんですか」

「……いえ、なんでも」

「わかりますよ。迷っているんでしょう? 世界が沈み、千年もの長い時をここで過ごしました。その間にも子らは増え、すくすくと育ち、笑い、泣き、また怒り、老いて死に私に多くの感動を与えてくれたものです。あなたもね」

「…………」

「でも、始まりなくして終わりがないように、ヒトの世もいずれ滅びる。選択せねばならない瞬間が必ずやってきます。私はその時ヒトに定めだ運命だなどと押し付けて、神様の真似事はしたくはありません」

「それがたとえ、どのように辛く悲しい未来を招こうとも。ですか」

「神にもなれず。人にもなれず。結局のところ我々は、子らに思いを託し祈るほかないのですね」

「神は人を助けません。ただ見守るだけです」

「哀しいなぁ……」

 娘が見上げる空に、光はない。

 ここはそういう世界だ。

 すべてが溺れてしまったか、あるいは溺れかけている。

 だって考えてもみて欲しい。

 海をも呑まれ、天まで潮に沈んだ常闇の場所だ。

 魚は溺れて死んだ。神すら溺れて息絶えた。

 それでもヒトがなんとか生きていられるのに、きっとたいした理由はない。

 ただ少し、神より息が続いているだけの話だ。



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