第8話 ドルゼストとグアナー
シリアス&超短め
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レナーミアが人魚村にいる頃。
ツェルナリオ家の屋敷では、ドルゼストが父グアナーと対面していた。
魔物の兵士の配置状況について報告をするためだ。
「万が一でも、ツェルナリオ領にお越しになる婿候補に、『危害を加える』ようなことがあってはなりません。ツェルナリオ領境界線の監視を強化した他、すぐ迎え撃てるように、領内の各ポイントに大隊を置きました。レナーミアにも、私が独自に編成した特殊部隊を護衛につけています。例の魔物は、レナーミア以外に興味がないとお聞きしていますから」
「うむ。悪くないんじゃないかの?」
「ありがとうございます」
「そう緊張した顔をするな。大将の心に不安があると、兵にも伝わってしまう。儂はドルに対して、何の心配もしておらんぞ?」
「はい。指揮官としてより良き功績が作れるよう、精一杯努めます」
「ふぉっふぉっふぉっ! つまり、自信がないってことじゃな!」
「……兵から何の報告も上がらなければよいのですが」
ただの秀才では天才に敵わない。
心の内でいつも、ドルゼストは感じている。
両親の持つ功績が他の者でも真似できない偉業だからこそ、己の劣等性を実感する水準が高くなってしまうのかもしれないが。
「……ドル。お前には苦労ばかりかけておるな。本当にすまなく思う」
「……」
「婚約を家の都合で取り決めたばかりか、家督の相続権まで放棄させ、魔物軍の大将という重い責任だけを押しつける形になってしまった。『頑張りすぎるな』と言いたいところじゃが。それはお前にとって、親の身勝手な慰めに聞こえるかもしれんの」
「そんなことはありません。どれも私が己の意思を持って判断したことです」
ドルゼストが結んでいる婚約も相続権の放棄も、本当にグアナーの押しつけではない。
ツェルナリオ領にとって最良だと思う選択を……あるいは、魔王伯爵の負担にならないような選択を。ドルゼストが自ら提案し、引き受けたのだ。
父上の何処に非があるというのか。
もし自分の苦労を軽くしたければ、私がもっと己を磨く努力をしてくればよかったことだ。
「誰も何も、悪くありませんよ。私は財産のことよりも、父上の煩虜を払拭したいという気持ちが一番ですから」
「……優しい子に育ったものじゃ。人を思いやる気持ちを強く持っておる」
「レナーミアほどではありません」
「レーナの"思いやり"とはまた別じゃよ。全てを任せることに一抹の不安も感じないのは、お前が立派になりすぎたからじゃろう」
「……」
「半魔の体に悩む必要も全くない。儂にとって、お前は武勲よりも誇らしい息子なのじゃから」
"魔王伯爵"と呼ばれるグアナーも、実際はかなり子煩悩だ。
子供の前ではいつも"父親"であろうと振舞う。
寒いギャグや無駄な大盤振る舞いで子供の機嫌を取ろうとする不器用さとしつこさ。ドルゼストはそんな父の行動を見て呆れ、「馬鹿馬鹿しい」と一蹴することも多かったが。
「……武勲よりも。そう言っていただけると、少し勇気が出てきました」
「全くのぉ。親にまで敬語を使うくらい、己を謙遜しすぎじゃ」
父親に対しつい反抗的な態度をとってしまうのは、半分私の甘えだろう。
私も結局、父上の存在を盾にして、安息の日々を得ていたということだ。
「今更かと思われるかもしれませんが、もっと父上に教わりたいことは多いのです。私の所業を改善するためにも、難点があればどうか叱ってください。母上のように」
「『叱られたい』とは、おかしなことを言うの」
「父上は私を肯定してばかりです。自分の過ちがわざと隠されているような気がして、不安になります」
「くどくど語るのは柄ではない。じゃって、儂の話は説得力がないじゃろ? まずフェリナと違って口下手じゃし。男は言葉ではなく背中で語れと、友人が言っていたからの。それを実践しているまでじゃ」
そして、グアナーは「いや、」と述べた言葉を否定する。
「それよりも、つい甘やかしたくなるんじゃろうな。子供はいつまでも子供らしくいてくれた方が、儂は嬉しいんじゃよ」
「……」
「そもそも、ドルは『父上と同じようにはできない』と言っておったではないか。『自分なりのやり方で、ツェルナリオ領を守るしかない』とも。儂はそれでいいと思っとる。 親に似せる必要はない。自分のやり方を信じろ、ドル。魔物と共に育ったお前なら、魔物の軍も扱いこなせる」
「……父上」
「むしろ平和主義じゃないと、魔物はついてこないぞ? 勝気な武人より、ドルくらい優しい人間でないと、魔物軍を操るのは無理じゃ! ふぉっふぉっふぉ!」
魔物の軍と人間の軍は違う。
グアナーは以前、「もし儂が人間の大将だったら英雄にはなれなかったじゃろうな」と、けらけら笑っていたことがあった。
「(……魔物の軍を維持するという目的なら、父上の言う通りなのだろう。だが、私は"魔王伯爵"のように思い切りが良くない。損や敗北を恐れて優柔不断になる司令官は、兵たちを余計に傷つける可能性も高いだろう。私は逆に、魔物の大将には向いていないのかもしれない)」
グアナーは負けたことがない。
本人曰く、「勝てる戦いしかしていない」というものらしいが。
「必勝法とは何なのか」と問うても、「状況に応じて考える」という返答しかしない。
何の戦略会議もせず"とりあえず"で出撃するくらいだから、実際に戦いながら作戦を練っているのだろう。そのやり方は確かに、人間同士の戦では通用しないかもしれない。
種族差はあれど、魔物は一体一体の力が強い。だから無理押しでも十分に戦える。
だが、戦闘力の問題より、命令に従ってもらう方が大変なのである。
ドルゼストはどちらかというと慎重な方で、何事も、ある程度道筋を描いてから動く。机を囲み、複数の人の意見をまとめたりするのは得意だ。
「まあ、あまり気負うな。完璧な指令など幻想じゃよ。英雄と呼ばれる儂じゃて、大将としての欠点は多い。ドルはフェリナによく似とるし、難しい戦略も練れるはずじゃろう。儂より指揮官に向いてるかもしれんぞ?」
「まさか。英雄の謙遜にしか聞こえませんよ」
「本心じゃよ。ドルの率いた魔物軍の話を聞くのが、楽しみじゃ」
そこで突然、グアナーは激しく咳き込み出した。
「父上!」
「ゲホッ……心配ない。むせただけじゃ。じゃが、少し疲れてしまったの。儂はそろそろ休むとするか」
「……わかりました。イオルフに薬と水を持ってこさせます」
「薬は嫌いなんじゃが……」
「爵位を降りても、父上には長く生きてもらわなくては困るのです。眠る前に必ず飲んでください」
ドルゼストは「おやすみなさい」と告げて部屋の外に立ち、静かに扉を閉めた。
「……」
母上が生きておられれば、もっと円滑に代替わりを進められたのかもしれない。
父上は武人として優れている代わりに、それ以外のことが苦手なのだ。
執務室の書類を整理した時に、そのずさんな管理を見て、本格的に気がついた。
母上が亡くなられてから、だいぶ苦労をされていたのだろうな。
私は何故、そのことを知らないままでいたのだろう。
……私が母上に似ているのは確かだ。
軍の指揮官よりは、領内の整備の方が取り組みやすい。
イオルフを探そうと廊下を歩きながら、レナーミアが懸念していた魔物のことを思い返す。
……もし奴が現れれば、私の初陣となる。
軍の采配を振ると言っても、相手にするのはたった一体だが。
父上は、私やレナーミアには甘い。
だから妹の我儘も、半分以上呑んでしまう。
私が領主となるなら、現状維持か、もっと別の方法を考えただろうが。今回ばかりはそうもいかない。
人に爵位の座を渡すのだ。
私が領主代行となっている今のうちに、ツェルナリオ領の面倒事は処理しておかなければ。
……父上、貴方の言う通りに。
私は、私のやり方で戦います。
私の作戦が妹を泣かせないで済むように、祈るばかりです。
ドルゼストもレナーミアも、グアナーの子だなって感じがします。
次回は再びレナーミア視点。
第3攻略対象、潔癖症の死体が登場です。
野郎を交通事故に巻き込み、お医者さんタイムに入ります。(超ネタバラシ)




