第6話_人魚村②
前回のあらすじ。
観光地に向かうまでの暇つぶし。以上!
読了予測:9分
人魚村の入り口には歓迎の言葉を掲げたアーチがあり、その下をくぐって長い木の板を並べた橋を渡ると、「ルーナ川」と呼ばれる大河の浮遊島にたどり着く。
その人工島は「ルーナ島」と呼ばれ、中空を持つ巨大な鉄鋼ブロックをつなぎ合わせた形をしている。
ルーナ川は湖のように幅が広く、流れが穏やかだ。上流で大雨が降っても、水位がほとんど変化しない。
人工陸も川の嵩の変化に対応した作りにはなっているから、まず水没する心配はない。
浮き島には藁葺き屋根の木造建築が立ち並び、木の蔓を編んだような橋や小舟が、水上の移動手段となっている。
陸の上から川の中を覗くと、水を尾で扇ぐようにしてさあっと泳ぐ人魚たちがよく見える。
人魚は水辺で暮らす。
普段は鰓呼吸をしているが、陸に上がっても肌で呼吸ができる。
村のあちこちを見渡せば、小舟を押して観光ガイドをしたり、村の中心部にある岩を積み重ねたステージの上で歌を披露する人魚たちの明るい顔を見ることができる。
レナーミアは猫のメイドと共に、土産屋が立ち並ぶ大通りに入った。
人間ばかりの雑踏の中、猫のメイドはフードを深く被り、毛むくじゃらの顔が目立つのを防いだ。
犬人や猫人はツェルナリオ領の何処にでも住んでいる。人間の町に住み着く習性があるため、全く珍しい魔物ではない。
しかし、領外から来た人間からは「魔物が服を着て普通に道を歩いている!」と、驚かれることが多い。
人魚村ですれ違うのはほとんど人間だ。
だから猫メイドがレナーミアの後ろをついて回っても目立つのである。
小鬼は隊列をわざと乱して、レナーミアの前や横や後ろについて歩く。
兵士それぞれの間隔を広く空けているため、レナーミア"だけ"を囲うようには見えないが。
細槍を肩に乗せ、黄色い目をぎょろぎょろとさせている兵士の姿を見た観光客たちが、興味の視線を注ぎながらいそいそと避けていた。
犬人、猫人、小鬼といった魔物は、同族で纏まって行動する、社会性のある魔物だ。
野生の犬人猫人が起こす被害は、人間の町中に住み着いて物をくすねるくらいだが。
野生の小鬼は腰布一枚を着て棍棒を振り回し、野盗行為をする。
体が小さいために一体一体の力は弱いが、「野蛮で節操がなくて汚い」と、人間からは忌み嫌われる。
小鬼は醜い容姿をしているとよく言われるが、実際のところは"個人差"だ。
野良スタイルではなく、軍服を着て身なりを整えれば馬子にも衣装。緑や青緑の肌を持つ、きりっと大人びた子供のように見える。
小鬼は真面目で気難しい性格が多いという。
ツェルナリオ領では軍役に服する者が多いが、黙々とデスクワークをするのも得意だ。
兵士に囲まれているレナーミアは、内心ひやひやしながら村の中に立つ店を眺めていた。
……観光のお客さんたちは、小鬼たちに夢中ね。私の姿は目立っていないかしら?
でも、立ち止まってしまうとみんなも止まってしまうし……ウィンドウショッピングをするのは難しいわ。
レナーミアは壁のないオープンな喫茶店を見つけて、そこで昼食をとることにした。
兵士たちはバディを組んで、喫茶店の近くを何度も巡回する。
喫茶店の店員や主人が「なんか、見回りの数が多いな。何かあったのか?」と噂をしているが、レナーミアの警護をしていることにはまだ気がついていないようだ。
事前会計の注文を済ませた後、席につき。
「ねぇ、アッテイ」
レナーミアはきょろきょろと周りを見渡した後、小声で相席する猫メイドに話しかけた。
「……何だか、私の存在が周りの不安を煽っているみたいで、申し訳ない気分になってくるわ。ランチはのんびり楽しみたかったのに」
「しょうがなにゃいにぇすよ」
猫メイドは肩をすくめた。
「あにゃいはキドにょことあんまり知らにゃいにぇすけれど、レニャーミア様は危にゃっかしいにぇすから。ドルニェスト様が心配するにょも当然かにゃと」
「もう! 貴女までそういうことを。私、これでも海外で何とかやってきているのよ。世間知らずなのは自覚しているけれど、以前よりずっとまともになっているはずだわ」
「……世間知らずにょりも、レニャーミア様の場合は少し違う問題かにょ……」
「アッテイはいつも言うわよね。その問題というのが、"優しすぎる"ってことなの?」
「にゃー、良い意味にゃらそうにぇすけにょ。警戒心が低すぎるってことにぇすよ。護衛をつけてようにゃく丁度いいくらいにぇす」
目の前にいる猫メイドが屋敷にやってきたのは、レナーミアが九歳の時である。
留学期間中の年数を除いても五年近い付き合いだ。
ひょうきんで悪ふざけを好む子供っぽいところがあるため、レナーミアにとっては年上の姉というより、友達のような感覚でいるのだが。
レナーミアは少しだけ複雑な気分になった。「華麗にゃるあにゃいの木登り術をお見せしにゃしょう」と屋敷の二階を超える高さまで駆け上がり、降りられなくなったというエピソードを持つ彼女に「危なっかしい」と言われると、やや違和感がある。
「意識して優しくしているつもりはないのよ。私は、人を辛い気持ちにさせたくないの。話しかけた相手に警戒されたら、嫌な気分になるでしょう? 私の身勝手で人を突き放すようなことをしたら、相手はとても悲しむかもしれない」
「突き放にゃされて悲しむかどうかは、相手によりけりにゃと思いますけにょ。泥棒や詐欺師みたいにゃ、人に迷惑かける最低にゃろうにゃったら、軽蔑して当然にぇす」
「泥棒も詐欺師も、理由があって悪いことをしてしまうのではないかしら。生活が貧しくて仕方がないのかもしれないし、心が寂しくてついやってしまうのかもしれない。もちろん犯罪は許されないことだけれど、どんな人にも心があるのだから、何かしら同情の余地はあるわ。人が人を拒絶するのは、自分にくる不都合が嫌だからなのよ」
「……どんにゃ理由にもいちいち同情していたら、きりがにゃいにぇす……」
話をしているうちに、注文した魚のサンドイッチと水苔のスープがテーブルに運ばれてきた。
サンドイッチは卵黄と酢を混ぜ合わせた淡いクリーム色のソースが挟まれており、豆粉をまぶして揚げた魚の白身とよく合っている。
水苔のスープは、人魚村の特産品として紹介されるものの一つだ。塩味のスープにふわふわとした水苔と砕けた魚の皮や骨が入っていて、程よく柔らかい。
ちなみに、猫メイドもレナーミアと同じものを注文している。ただし、「パン抜き野菜抜き」である。
昼食を済ませたら、またしばらく大通りを歩いて、小道に入った。
広がって歩いていた兵士たちが少し小さく纏まって、レナーミアの後につく。
途中、道に迷ったらしい若い人間の男が、小鬼たちに道を尋ねに寄ってきた。
護衛たちは村の駐屯兵と制服は同じだが、勤務地は屋敷周辺である。人魚村の土地勘はない。
レナーミアも詳しいわけではないが、笑顔で話しかけて対応する。
「ごめんなさい、私もお店はわからないけれど。もしよかったら、一緒に探すわ」
「え? いいんですか?」
「ええ。『旅は道連れ』よ」
そしてレナーミアは観光客と話しながら、大通りに引き返した。
「四時まであと一時間半しかにゃいにぇすにょ……」と猫メイドは言うが、「同時に寄りたいお店もマークするから大丈夫よ」と、レナーミアは楽観的である。
平然と小鬼に話しかけられるほど、この観光客はあまり魔物を気にしていないようだが。あまり長く一緒にいると、レナーミアの正体がバレてしまう可能性がある。
「人魚か村の駐屯兵を捕まえて道案内を投げにゃしょう」と猫メイドが提案し、結局そこらの人魚に観光客の身柄を委ねることになった。
一緒に店は探さなかったが、「どうもご親切にありがとうございました」と、観光客は笑った。
「……何ゃんでスミャートに人の道連れににゃるんにぇすか。そういうところにぇすよ」
猫メイドが咎めるような言葉を出したのは、観光客の姿が見えなくなった後だった。
「時間を惜しむのも自分の都合じゃない。いいお土産が見つからなかったら、また別の日に来ればいいわ。屋敷からは半日で来れるのだから」
「レニャーミア様はこれからお忙しくなるにぇしょう。お見合いをしにゃにゃにゃらんにょにぇすから」
「……それはそうだけれど」
「人に親切にゃのはいいことにぇすけにょ、もっと効率を考えてくにゃさい。あと、安易に知らにゃい人と一緒に歩くにょはよくないにぇす。あにゃいや護衛がいにゃかったら、危にゃいですにょ」
「みんな私に過保護だわ」
「あにゃたは貴族ですにょ。何かあったら大変なことににぁりみゃす。もっと自分にょ立場を自覚しにぇ、身を大事にしてくにゃさい」
「……。もう。わかったわよ」
レナーミアは小さく肩を竦めて、また一人を装うように歩き始めた。
「……そう言って、また勝手にゃ判断を繰り返すにゃにょうにゃ」
猫メイドは少し離れたところにいる小鬼兵に「頼みますにょ」と視線を送った。
だんだんレニャーミア様の欠点が見えて来ましたね。
改稿前、猫メイドの名前はわざと出さないでいたのですが、公表することに決めました。今まで控えていた理由は、元々モブキャラであったからというのと、名前が独特であること、また固有名詞をこれ以上増やすとややこしくなるかなという三点で悩んでいたからです。レナーミアは「アッテイ」と呼んでいますが、正確には「ア=テイ」。
さあ、レナーミアと猫人アの、人魚村冒険はこれからだ!
次回、あの爽やかぬるぬる君が登場します!