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第21話 ツェルナリオ家の道

大変お待たせしました!

2年以上休載していましたが、ぼちぼち投稿を再開します。


 結局エルゼル公爵子が目を覚ましたのは、一夜が過ぎた朝だった。


 ラミウスは「エルゼル様が心配ですから」となかなか帰ろうとしなかったのだが。


「お前の気遣いは私からエルゼル公爵子に話しておく」


 と、ドルゼストは「私とレナーミアのために、ありがとう」と感謝の意を添えて、半ば強引にラミウスを引き取らせた。


 ラミウスの師範を呼んだのである。「ほれ、帰るぞ」と師匠にも説きつけられ、ようやくラミウスは従った。


 仕方がない。本心としてエルゼル公爵子を嫌悪しているラミウスは、また脅しつけるような行動をするだろう。


 ……理由はそれだけではないのだが。


 エルゼル公爵子の容態を案じて起きていたレナーミアが、「ラミウスの気持ちはわかったけれど……あの方を嫌いにまではなって欲しくないわ。エルゼル様もエルゼル様なりの考えがあったのよ」と言い出したため、それがラミウスに伝わらないうちに帰したかったのだ。ドルゼストとしては親友の懇意を否定したくなかったのである。


 長い間意識を失って少し冷静になったエルゼル公爵子は、「叔父には俺から伝えておく。ツェルナリオ家に婿入りする気はない」と、従者を引き連れてツェルナリオ領を去っていた。


 来客のいなくなった屋敷の窓から静かな日差しが降り注ぐ。嵐が去ったかのようだった。


「(……参ったな……)」


 そして、書斎にて。眠気覚ましに鶏の血を混ぜた苦茶を啜り、ドルゼストはエルゼル公爵子と宰相宛に手紙を綴った。一連の出来事についての謝罪と、婿候補との再会のチャンスを恵んでくれるように、と。


「(ラミウスまで、父上と似たようなことを言う。領の安泰よりも、私とレナーミアのことを案じるか)」


 だが、この郷里をなくせば、ツェルナリオ家には落ちる道しかない。没落したら普通の生活すら困難かもしれない。何処かに隠れて暮らさなければならないだろう。レナーミアや父上の命も危ぶまれるかもしれない。


 ツェルナリオ家は代々武人の家系。自力で金を生む力に長けていないのである。 確かに外から金は入るが、そのほとんどは軍事費と領の維持に注ぎ込むばかりだ。開発には使えていないのである。国から経済制裁を受けていたのもあり、財政はいつ火の車になってもおかしくない状況だった。


「(何年経っても、母上の力が偉大だったと感じる。母上でないと、ツェルナリオ領を前に進めることができないのだな)」


 国からの経済制裁とは、ツェルナリオ家が武力以外の力を持てないようにするためのものだ。


 ツェルナリオ家は元々、国境の監視役として国の支援金を受けていた。その支援金で軍力を維持し、領地の運営まで依存していたのである。


 飼い犬。餌を与えられなければ何もできない。だから、ツェルナリオ家の祖先たちは諦めていた。淡々と国の命令に従い、軍力だけを保っていけば平穏は守られるのだから。


 その安寧が破られたのは、32年前。アルクステンの東に隣接する帝国の先帝が崩御し、新帝を据えた。そして突然、アルクステンに侵略の矛先を向けたのである。


 アルクステンは小さい。隣の帝国と並べば、湖と水溜りほどの国土の差がある。軍力も経済力も敵うことはない。


 今までアルクステンが戦を仕掛けられなかったのは、周囲の国と共戦同盟を結んでいたからである。共戦同盟は帝国を囲いこむように結ばれていたのだが、帝国は東側よりも西側の侵略を優先した。同盟は確実な支援の約束には程遠く……早い話、共戦同盟に加盟した国々は、帝国の西側を見捨てたのである。


 先帝は西側の侵略だけに力を注いでいた。が、新帝は西の兵を退かせ、東を攻めた。


 東の国々にとっての第一防衛ラインが、アルクステンのツェルナリオ領だ。

 そして、アルクステンも同盟国に見捨てられる恐れがあった。国の議会は混乱し、帝国との話し合いを試みても使者の首は投げ返され、進軍は待った無しと。アルクステンの将来は絶望的だった。


 ちょうど、その時の防衛戦を指揮したのがグアナーの父である。当時のグアナーは12歳。初陣に出る年にも至っていなかった。が、1人森の中で寝泊まりするような異端児ではあった。


 通常、身分に関わらず、親は「森に行ってはいけない。恐ろしい魔物が出るよ」と子供に諭すものだ。


 しかし、グアナーは勉学を嫌がり、剣の稽古の時以外は屋敷に戻らず、従者や乳母(ナニー)の話を聞くことはなかった。反抗的なわけではなく、奔放な性格で自制をしなかっただけなのだが。


 グアナーの武の才は確かである。そして恐れ知らずだ。森で魔物に遭遇することも多々あったが、様々な戦略で魔物を貶めた。その天性を目に止めたある魔物が、グアナーを"群れ"に引き入れたのである。


 そこからグアナーの伝説は始まった。たった数ヶ月で森の王者となり、百数匹の魔物を率いる"リーダー"として、"群れ"を拡大した。やがて隣国の進軍が迫ってくると、魔物を率いてその戦力を削いだのである。


 おかげでツェルナリオ家は1度目の防衛戦に成功した。だが、進軍は止まらない。グアナーの父は領務と軍事に追われていたため、敵が魔物に襲われたという"天運"にグアナーが噛んでいるとは知らずにいた。


 当主が事実を知ったのは、2度目の防衛戦を控えた時である。伯爵はグアナーが魔物の"リーダー"であることに困惑しながらも、息子の説得を呑み、全てをグアナーに託した。


 そして、グアナーは。たった100数体の魔物を率いて、2万の兵を退けた。齢13の少年がとった戦術は父を驚かせ、大損害を受けた帝国は手を引いたのである。


 グアナーはその功績を称えられ、アルクステン王から武の勲章を与えられた。「アルクステンの英雄」と呼ばれる一方で、敵国からは「魔王」と呼ばれた。やがて家督を継ぐと、グアナーは「魔王伯爵」と呼ばれるようになる。


 ……そう、グアナーは「アルクステンの英雄」なのだ。だが今は、その賞賛が薄れている。


 理由は、魔物の軍隊を作ったことにある。


 アルクステンも最初は魔物の軍を容認していたのだが、それがアルクステンの孤立を招いたのである。周辺国はアルクステンを共戦同盟から外し、軍力の縮小を訴えるようになった。それには帝国も絡んでいた。


 そしてアルクステンは「ツェルナリオ家は最早従順な犬ではない。狂犬である」と宣言し、魔物の軍の縮小を試みた。


 だが、その試みは跳ね返される。三大王家の一つに生まれた変わり者の娘が、ツェルナリオ領に経済的な余力をつけさせたのだ。


 それがグアナーの妻となったフェリナだ。

 元々は人生の刺激欲しさにツェルナリオ家に首を突っ込んできたのだが、フェリナは国を敵に回してでもツェルナリオ領の改革に執念し、統治に情熱を注ぎ続けた。この領を今の形に築き上げた、"ツェルナリオ領"の英雄である。


 そして、改革は功を成し、ツェルナリオ領は国の支援を必要としなくなった。


 アルクステンはツェルナリオ家を恐れ、対立した。一種の冷戦だ。物理的な内乱までに至っていないのは、アルクステンが自国の自衛を望んでおり、また帝国の東の国々も"壁"を欲していたからだ。


 アルクステンが滅びれば、ツェルナリオ領が滅びる。周辺国全てを敵に回せるほど、ツェルナリオ家に力はない。

 ツェルナリオ領が滅べば、アルクステンが滅びる。将来的にツェルナリオ家は、帝国以上の脅威になるかもしれない。


 アルクステンは未だに国際事情が悪い。それがさらにツェルナリオ領を疎む原因となっている。国民感情としても、恐ろしい魔物が住む「悪魔の土地」を受け入れられない。ドルゼストに協力的な宰相もツェルナリオ領の存在を肯定していないのだが、おそらく、これが一番の理由だろう。


 以上が、不安定な均衡関係ができた歴史である。


「(……。次に来領するのは商爵家か……)」


 商爵家。彼らは厳密には貴族ではなく、国家資金の要となる財閥である。


「(……父上の様子もおかしい。晩餐会についての報告を上げようと思ったが、部屋に入るなと拒否をされた)」


 ドルゼストはグアナーの意図を感づき、イオルフに伝言を託して、無理に顔を合わせることはしなかった。


「(……時は流れる。実情もやがては変わる。ずっと気丈に振る舞っていたが……もう、限界なのか?)」


 グアナーは武人だ。そして、子煩悩な父だ。死に近しい姿を、子供の目に晒したくないのだろう。


 まるで、弱みをひた隠し、自らの屍を晒さない野生の魔物のように。


 若き領主代行は筆を置いた。机上で腕を組み、組んだ手に額を落とした。


 胸の奥が重い。肺が膨らむスペースが足りないかと思うくらいに、多くのことを抱えすぎた。


「(……母上。天の上にいる母上。どうか私に、勇気と知恵をお貸しください)」


 辛い時はいつも、今は亡き英明な母に、悩みの解決を祈る。

アルクステン王国とツェルナリオ家がギスギスしている理由と、グアナーが英雄になるまでの話を大雑把に語ることができました。


次回は、二番目の婿候補が登場!

エルゼルとはまた違った癖のある大商人の子息です。


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