第18話_公爵家②
ツェルナリオ領のグルメをお楽しみください。
読了予測:8分
ー献立表ー
スープ 水苔のスープ
前菜 根菜のマリネ
メイン1 ニジマスのパイ
メイン2 にんにくソースの豚ステーキ
甘味 羊のベイクドチーズケーキ
締め 藤の花を浮かべた紅茶
柘榴の粒を散らしたフルーツの盛り合わせ
メニューはシェフの意見を聞きながら、ドルゼストとレナーミアで考えた。時間をかければ、ツェルナリオ領で一般的ではない食材も取り寄せられるのだが……「婿候補にツェルナリオ領を知ってもらう」ことを念頭に置き、敢えてツェルナリオ領の特産品ばかりを用いた献立となっている。
アルクステンの晩餐会において、パンは個人に配られない。蔓籠に入ったものを取るのが作法だ。
また、食事を取り分けるのは従者に頼む。従者は必ず一人に一人ずつ付き、喫食者の世話をする。"個別型"と呼ばれる形式である。
ホールのパイやケーキは食べたい分だけを傍に控えた従者に頼んで切らせる……のだが、犬人猫人の身長ではやや厳しい。今回はイオルフと背が高い給仕係の犬人だけで行う。
イオルフはドルゼストに、給仕係の犬人はレナーミアとエルゼル公爵子に付く。ただし厳密な専属ではなく、臨機応変に互いを手伝う"亜個別型"である。
ちなみに、締めの果物も切り込みがないため、喫食者が希望する度に皮を剥いたり切ったりしなければならない。時間がかかるため、これは小さな従者たちにもやってもらう。
「……どれも味は悪くないな」
ニジマスのパイを食べ終えた頃に、エルゼル公爵子がぼそりと呟いた。
「ツェルナリオ家の食事はお気に召しましたか?」
ドルゼストが聞くと、「田舎臭い料理ばかりだけどな。嫌いではない」と付け加えられた。
「ツェルナリオ領と言えば水苔のスープが有名みたいだが、紫色の奇妙なスープや人肉が出されると聞いたことがある」
「さすがに人肉はありえません」
ドルゼストが苦そうに笑った。彼は体調を維持するために毎朝生血を飲んでいるためか、少し複雑な感情も入っていそうだが。
「だろうな。ツェルナリオ領に関する噂は珍妙なものばかりで、何処までが本当なのかさっぱりだ」
と語って、イェルズェル公爵子も少し笑う。
……でも、「紫色の奇妙なスープ」は少し心当たりがあるわ。
レナーミアは兄と喧嘩した日の夕食を思い浮かべる。
あれは赤ワインの色がついていて分かりにくいけれど、ヌベキノコのスープは紫色になるのよね。
ホールのニジマスのパイが三切れほど大皿に残された頃合いに、個別皿のメインディッシュが運ばれてきた。
じゅうじゅうと肉の焼ける音を立てる、楕円形の鉄皿。右側には肉が乗り、左側は少し窪んでいて、香ばしいソースが浅い湖を作っている。
……ちなみに、ドルゼストの皿はにんにくが抜けていて、代わりに卵のソースが添えられている。
ドルゼストはにんにくが嫌いなわけではない。むしろ好きなくらいだが、半吸血鬼の体がその食材の成分を受け付けないのである。食べるとしても、極少量で控えるようにしている。
エルゼル公爵子は肉を口に入れて咀嚼した。そして「ん?」と声を漏らすと、疑うようにじっと肉を見る。
「……これは何の肉だ?」
「豚の肉です」
レナーミアが答える。
「豚? これが?」
「領の魔物たちの食料として、毎日たくさんの新鮮な肉を作らなくてはならないのです。ですから、ツェルナリオ領の肉は色が鮮やかで、とてもおいしいのですよ」
「……森の獣では食料として足りないのか? 魔物なら、勝手に獲って食うこともできるだろう」
「そうしている魔物もいます……でも、領民全員が狩りをしていたら、森の動物がいなくなってしまいます」
「ツェルナリオ領の魔物は肉しか口にできない者が多いため、とにかく肉の生産量を増やさなければ、ツェルナリオ領を維持できないのです」
ドルゼストが補足した。
ツェルナリオ領は小麦の消費が少ない分、肉の生産が活発だ。豚人と人間の養豚家がヌベキノコを与えて育てた豚は、領民たちの腹を満たすのに欠かせない。
……豚が豚を育てるという不自然さはあるが、前提として、魔物は人間と同じくらい知能が高い。知能の低いものは普通の動物と見なされ、魔物とは区別される。
むしろ、豚人がいなければ、ツェルナリオ領の食料事情を安定させることはできなかった。
「……独特の養豚技術があることは耳にしたことがあるが、これがヌベキノコとかいう毒餌を食わせた豚か」
「毒餌というのは誤解です。こちらのニジマスのパイの中には、無毒のヌベキノコが入っています」
ヌベキノコとは、湿地帯の森によく生える三、四メートル級の巨大キノコである。
「ヌベキノコをくりぬけば家が作れる」と言われるほど、柄もどっしりと太い。生え始めてから数日で人間の大人の背丈を超え、樹木と立ち並ぶ。傘は油絵の具を伸ばしたような赤紫色で、おどろおどろしく、人間の中では「食べると数分で体が震えて死んでしまう」と言い伝えられ、食用には向かないとされていた。
しかし、豚人たちはそれを否定する。「確かに、ヌベキノコには毒を持つ場合もあるが、毒のないものは嗜好的な香りがしてとても美味である」と。
つまり、匂いでしか毒の有無を判別できない。見た目に違いがないため、豚より嗅覚の低い人間では区別ができないのだ。
実は、動物の豚も無毒のヌベキノコを選んで食べる。だが、キノコを登ったり倒したりできないため、土臭くて硬い石づきの近くを少しかじる程度に過ぎない。
これは人間の養豚家ではよく知られていることだったが、「豚が間違えて食ったのだろう」「豚は人より毒に強い」という話ばかりで、無毒のヌベキノコがあるという発想には至らなかった。
実際に、ヌベキノコの毒は強い。「食べると数分で体が震えて死んでしまう」というのは、人間の記録の上では確かなことなのだ。見た目の悪さも兼ねて、人間がヌベキノコを避け続けたのは当然なのである。
ツェルナリオ領は豚人の能力と人間の養豚技術を合わせることで、独特の肥育方法を開発した。
ヌベキノコは体積が大きい上に成長スピードが早く、湿地帯であればどこでも生えているという特性がある。
豚人が成長したヌベキノコを切り倒し、毒化したキノコを弾いて無毒のキノコを一部食用にし、残りを肉用豚の餌として養豚場に供給する。
養豚家はキノコで豚を育て、肉を領内に供給する。この効率的な生産サイクルが、豚肉をツェルナリオ領の特産品に仕立てあげた。
他領から見れば過剰生産ではないかと思えるくらい、ツェルナリオ領における豚の飼育頭数は多い。
しかし、肉の消費率が高いツェルナリオ領では、多すぎるくらいが丁度いいのである。
「……? エルゼル様? どうかなさいましたか?」
レナーミアが声をかける。ヌベキノコ養豚についての話を聞き終えたエルゼル公爵子は、渋い顔をしていた。
続きます。




