第17話_公爵家①
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某日。
城郭町の大通りは、賑わっていた。
それは数百年に一度夜空に現れるという彗星を待つかのような"魔物"だかりだったと、レナーミアは出勤してきたメイドたちから聞いた。
ツェルナリオ領で、他領の貴族を見かける機会はほとんどない。人魚村にすら他領の貴族は立ち入らない……本心は人それぞれかもしれないが。「とても偉い人」である貴族には体勢というものがある。
ツェルナリオ領は治安がいい方だが、何かの拍子に暴れる町民が出てはならない。城郭町の隅々には兵士が行き渡っていた。
「城郭町にインヴェリオ家の馬車が入った」と、魔物の兵士から知らせを受けた後。レナーミアとドルゼスト、執事のイオルフ、晩餐会の準備をしている使用人以外の犬人猫人が、ツェルナリオ家の玄関近くに立ち、到着する馬車を待つ。
ツェルナリオ領に現れた馬車は剛健と呼べる見た目だった。鉄製の馬車は貴族に多いものだが、金や銀で着飾るような派手さがない。まるで戦にでも出向くかのようだ。
屋敷の前で馬車が止まる。
革の防具を身につけた屈強そうな人間の御者が、婿候補の乗る扉を開けた。
……中からは三人の人物が出てきた。目立つのは二人の豪傑な男。剣の鞘に手をかけている。
「お久しぶりです、エルゼル公爵子」
ドルゼストは怯むことなく、その二人の間に挟まれる長身の男に声をかけた。やや赤味がかった金色の髪を肩まで伸ばし、茶色の刺し縫い服を着ている。
「ああ。こうして直接顔を合わせるのは年忘れの社交界以来だな、ドルゼスト伯爵子」
彼が、エルゼル公爵子だ。
ドルゼストは彼と握手を交わして、微笑んだ。
「遠いところから遥々ご足労いただき、ありがとうございます。ツェルナリオ領の景色は如何でしたか?」
「……大通りで大量の魔物に囲まれた。あれが住民か? こっちが見世物にでもなった気分だ」
物珍しい"他領の貴族"の見物を兼ねた逆サーカスのパレード……とはならないように、町に通達を出してはあるのだが。婿候補を驚かさないように抑えられた歓迎も、エルゼル公爵子には珍妙に見えたようである。
「ツェルナリオ領の民たちも、エルゼル様に高い関心を寄せているのです。本日の民間掲示板に貼られた領民紙には、『昨晩からまるで"星の上に立つ女王"が現れたかのようだ賑わいだ』と、書かれていました」
「……『夜の支配者』か。まるで皮肉だな」
アルクステンにおいて、彗星は長いドレスを纏う大きな星に見立てられる。だが、それを混じえたドルゼストの甘言は、エルゼル公爵子に鼻であしらわれた。
「夜は魔物が活発になる時間帯だろう? 俺が魔王の後継者になるという暗示か?」
「妹と婚約した者が、魔王伯爵の後継者となるのは確かです」
「……ふん。俺が一番手だから、まだ様子見する気ってことだな」
エルゼル公爵子は目にかかる前髪を乱暴に掻き揚げて、ツェルナリオ家の屋敷や庭、使用人たちを品定めするかのように見渡した。
エルゼル公爵子がこのような態度をとることは想定済みだった。
ドルゼストは僅かに面識があり、「荒っぽい人」という噂と、人伝いに(魔物伝いもあるが)集めた事前情報がある。レナーミアには、エルゼル公爵子が屋敷の執務椅子に座る姿を想像できなかった。
ちらりと兄を見る。愛想笑いを作る青い目に、自分と同じ不安を湛えているように思えた。
「エルゼル様」
レナーミアが一歩前に出て、スカートの裾を摘んでお辞儀をする。エルゼル公爵子の視線が移った。
「……レナーミア嬢か。社交界で話したことは……ないな」
「ええ。でも、お兄様からお話しは伺っています。エルゼル様のご来領を心待ちにしていました」
「顔はそのように見えないが」
レナーミアは「そんなことはない」と示すように、優しく笑った。
「言っておくが。俺は本音を隠されるのが嫌いだ。変におだてられる方が不快になる」
「そう仰っていただけると嬉しいです。私も、エルゼル様と心からお話しできるようになりたいわ」
エルゼル公爵子が顔をしかめた。
……あら? 私、何かよくないことを言ってしまったのかしら?
貴族の来客は令嬢に礼儀の褒め言葉を口にすることもなく、ドルゼストに視線を戻す。
「……で。客人と世間話をするのに、外でするのはどうなんだ?」
「それもそうですね。すぐにご案内します」
ドルゼストはイオルフを呼ぶ。「ツェルナリオ家の執事であるイオルフです」と紹介してすぐに、エルゼル公爵子が一歩、豪傑な男たちの後ろに下がった。
「……申し訳ありませんが、お連れの方の武器はこちらで預からせていただきます」
ドルゼストが、おそらくエルゼル公爵子の護衛であろう男たちに声をかける。
案の定、エルゼル公爵子は嫌そうな顔をしたが、ため息をついて、「武器を渡せ」と呟いた。
「そこまで心配なさらなくても、ツェルナリオ領の魔物は人を襲いませんよ」
と、ドルゼストは言うが、
「百パーセント襲わないという保証はないだろう」
と、エルゼル公爵子は返す。
「いくら魔物が人馴れしていても、俺は余所者だ。ツェルナリオ家の言うことには従順でも、俺に対して敵意や悪意を持っていないという保証がどこにある」
「……一理ありますね」
ツェルナリオ家とアルクステン国家は仲が悪い。公爵家は国の中枢機関に近い一族。この領にとっても、印象のいい相手とは言えない。
また、イオルフが余所者嫌いなのも確かだ。胸を張ったように立つ老執事の表情は硬い。
……長く共に暮らしている者でなければ、狼の顔に浮かぶ喜怒哀楽もわからないだろうが。
「ですが、イオルフはツェルナリオ家で最も信頼の厚い男です。貴方を傷つけることは決してありえません。お約束します」
イオルフは来客に一礼をしてから小さな使用人たちを呼び寄せ、「剣はこちらの使用人たちに」と、武器の回収をする。
イオルフはエルゼル公爵子にも目を向けると、「短剣を懐にお持ちですね。それもこちらに」と語り、エルゼル公爵子を驚かせ、さらに不機嫌な顔にさせた。
目に見える長剣だけでなく、短剣、ナイフ、折りたたみ式の弓、吹き矢など。
街角でちょっとした商売を行えるのではないかと思うくらい、来客から多くの"隠し武器"が集まった。
レナーミアは口元に手を当てて唖然とし、ドルゼストは表情こそ崩さないが、半分呆れたような目をしている。
他領に招待された時に、武器の持参をするのは失礼極まりない。「貴方と仲良くする気はありません」と宣言しているも同然だからだ。
魔物は強いから、警戒したくなるのはわかるけれど。これはやりすぎよ。
レナーミアはさすがに我慢ならず、エルゼル公爵子に一言忠告しようと前に出る。
言葉を発する前に、「何も言うな」とドルゼストに止められた。
「お兄様、」
「相手の機嫌を損ねてはならない」
「……」
ツェルナリオ領は"悪魔の土地"。最初からマイナス評価である。文句をつけた結果「ツェルナリオ家の人間は態度まで悪い」とさらに評判が落ちることがあれば、他の婿候補が来なくなってしまうかもしれない。
「仮に婿候補から外すにしても、礼節のある接待をして早く引き取ってもらう方が無難だ。腹の立つことがあっても耐えてくれ。いいな?」
「……分かったわ」
小声の会話を終えると、イオルフが先頭に立って、エルゼル公爵子とその護衛たちを玄関口に招いた。
レナーミアは兄よりも先に客人の後ろに続いて、そろそろとイェルズェル公爵子のそばに近寄る。
「……エルゼル様はお屋敷の外をよく見ていらっしゃいましたね。この家の第一印象は如何でしたか?」
エルゼル公爵子は相変わらず機嫌が悪そうな視線を返してくるが、レナーミアは笑顔で受け止める。
「ボロい屋敷」
………………。
え、ええ。確かに事実だもの。感じ方は人それぞれよね……。
エルゼル公爵子の容赦ない言葉に少し胸が痛んだが、何とか微笑みを保った顔で話を繋ぐ。
「でも、初代のツェルナリオ家から引き継がれてきた、由緒あるお城ですよ。たくさんの人が過ごした分だけ、温かくなったお屋敷です。エルゼル様もきっと気にいられます」
「水はどうしている?」
「水……?」
「水汲みだ。俺が見た限りだと、この町には水路がなかった。まさか、川から樽に入れて直送とは言わないよな?」
最近のアルクステンでは、水路を作って水を引くのが普通だ。「時代遅れの生活をしていそうだ」と言われている気がした。
「飲み水は井戸から汲み上げていますが、湯浴みや手洗い用の水は、領民たちの力で造った地下隧道から汲み上げています」
「地下隧道?」
「ええ。ツェルナリオ領の下には、ルーナ川から枝分かれした、三つの大きな人工の川が流れているのです。そのうちの一本が城郭町を横切って、ルーナ川の下流に合流しています」
つまり、上流である人魚村から隣国の下流へ、水を複数の経路に分けて流しているのである。
「……よく広大な暗渠の工事ができたな。魔物の中にも奴隷がいるのか?」
人間からは好まれないような力仕事は、大きな罪を犯した者などを現場に送り、過酷な労働環境を押しつける。
アルクステンに奴隷制度はないが、罪人が実質の奴隷である。強制労働の従事は更生のためではなく、単に人間の権利を剥奪し、罰を受けさせるのが目的だ。
だが、ツェルナリオ領の場合はやや趣が異なる。
「土の下の川は、穴掘りが得意な魔物が行なってくれたのですよ」
「穴掘りの魔物といえば、岩小鬼か?」
「いいえ。多くは力に自信がある、生存死者たちです」
死体の集団が穴を掘る姿は想像し難いのだろう。エルゼル公爵子が眉をひそめる。
「ツェルナリオ領の職種は、そのほとんどが種族ごとの特性を生かしたものです。特に屍はとても力が強くて、疲れることがありません。人間だったら何十人と必要な作業を、一人や二人でこなせます」
生存死者は物理法則を無視した能力を持つことが多い。その中でも屍は力仕事に欠かせない魔物だ。石を砕く怪力の他に、不眠不休で動ける体と暗闇を好む性質を持つ。穴掘りや採掘といった仕事にも適しているのである。
「人鳥は空を飛んで、警備をしたり、手紙を運んでくれます。人魚は観光地の管理だけではなく、漁も行います。人首馬は自分の意思で馬車を引いて荷物を運んでくれます。岩小鬼は採掘もしますが、単眼鬼と一緒に錬鉄をしている者が多いかしら。ツェルナリオ領では、種族ごとの習慣や性質を生かして、仕事を割り当てられているのですよ」
「だとしても、地下に川を作るのはハイリスクだ。整備はどうしている? 下手をしたら壁が崩落して埋まるだろう」
「魔物たちにとっても危険があるのは確かです。でも、隧道は壁抜けのできる幽霊たちがパトロールしてくれていますから、まず土に埋まることがありません。壁の中を見回ることで、崩れる前に異変も見つけられます」
「……」
幽霊もまた、生存死者の仲間である。
エルゼル公爵子はそのまま押し黙った。
一通りツェルナリオ家の案内を終えると、空は日が山の奥に沈んで薄暗くなっていた。イオルフは最後に食堂へ、客人を誘導した。
ダイニングテーブルは晩餐会仕様となっていた。白いクロスの上は花瓶に活けられた草花で飾り付けられ、幾何学模様の描かれた蜜蝋が燭台の上で滑らかな火を灯している。
テーブルは長方形型。エルゼル公爵子は入り口から離れたところの、長い辺の真ん中に座り、その右隣にレナーミアが座る。ドルゼストはその向かい側につく。
エルゼル公爵子の連れ添いは別の部屋で待機してもらい、夕食をとってもらう……という手筈なのだが、「護衛に食事は出さなくていい」と、エルゼル公爵子が拒否した。
「俺の付き添いは俺の食事が終わるまでここにいさせろ。給仕の邪魔はさせない」
「……それは構いませんが……」
ドルゼストが理由を聞くと、「城郭町の店は深夜でも開いているところがあると聞いた。こいつらにはそこで食事をとらせたい」とのことだ。
「興味がおありなら、夜の城郭町もご覧になられますか?」
「俺はドルゼスト伯爵子やレナーミア嬢と雑談にふけるべきだろ」
ドルゼストの言葉に対し、エルゼル公爵子は苦しい冗談を聞いたようににやりと笑った。
レナーミアはその顔をちらっと見て、壁際に立つ男たちにも視線を移す。
……付き添いの人たちも疲れているだろうから、できればゆっくり休んでほしいわ。
エルゼル公爵子は、どうしてここまで警戒されているのかしら? 魔物がそこまでお嫌いなの?
……確かに魔物は力が強い。もし襲われたら、丸腰の人間はひとたまりもないけれど……。
それらしいことは言っていたが、「護衛にツェルナリオ家の食事を取らせたくない」と言っているような気もする。
……食事を拒否したのは、「変なもの」を食べさせられた時に、護衛の体調を崩させないため?
エルゼル様には万が一があっても、護衛の人たちが助けてくれるけれど。
護衛の人たちが全滅したら、エルゼル様は何もできない。
……でも、エルゼル様はお食事をされるのね。さすがに、おもてなしの舞台を無下にはできないということかしら。
いまいち、エルゼル公爵子の考えていることが読めない。あまり貴族らしい振る舞いではないのだ。レナーミアは留学先の、横暴な不良学生のことを脳裏に浮かべた。
壁際に控えていた小さな従者たちが食堂を出ていき、やがて焼きたてのパンが詰まった蔓籠を持ってくる。小麦を使った白パンと、ライ麦を使った黒パンである。
アルクステンでは、「小麦だけを使った白パンが上等」と言われ、貴族がライ麦パンを口に入れることは少ない。
しかし、
「……黒パンが多いな。彩りとして添えるにしても、白パンと半々に焼くことはないだろう。ツェルナリオ家は小麦が買えないほど貧しいわけではないはずだ」
エルゼル公爵子の言葉に対し、レナーミアが理由を語る。
「ツェルナリオ領はあまり小麦を使う機会がないのです。この土地の料理を知っていただきたくて、あえて黒パンの割合を増やしました」
普段のツェルナリオ家の主食もライ麦パンが多い。領民に肉食性の魔物が多いため、自領における小麦の消費量が少ないからである。
「ごめんなさい。黒パンは苦手でしたか?白パンもたくさんありますから、必要なら給仕に申してください」
「いや、俺もよく口にするからな。平気だ」
イェルズェル公爵子は呆れたように笑う。
「けど、舌の肥えた貴族なら『食べるパンがない』と騒ぐだろう」
従者たちは背伸びをして、蔓籠をテーブル端から中心に、押し込むように置いた。
いつも朝食や夕食で給仕をしているのは比較的背の高い犬人だが、他の犬人猫人の身長は百三十センチ前後しかない。
イオルフがボトルを持ってきて、グラスにワインを注いで回る。
全ての杯に飲み物が満たされると、ドルゼストがグラスの足を掴んだ。
「……では、イェルズェル公爵子のご来領を歓迎して」
「乾杯」と。
領主代行が掲げる赤紫色の液が揺れた。
次回はイェルズェル公爵子を全力でO・mo・te・na・shi!
果たして接待は成功するのか!
なんて予告をしてみますが、かなり面倒くさいトークバトル回です。
あの変態蛇も再登場しますよ!




