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第17話_公爵家①

読了予測:15分


 某日。

 城郭町(カスター)の大通りは、賑わっていた。


 それは数百年に一度夜空に現れるという彗星を待つかのような"魔物"だかりだったと、レナーミアは出勤してきたメイドたちから聞いた。


 ツェルナリオ領で、他領の貴族を見かける機会はほとんどない。人魚村(アエス・ヴィクス)にすら他領の貴族は立ち入らない……本心は人それぞれかもしれないが。「とても偉い人」である貴族には体勢というものがある。


 ツェルナリオ領は治安がいい方だが、何かの拍子に暴れる町民が出てはならない。城郭町(カスター)の隅々には兵士が行き渡っていた。


城郭町(カスター)にインヴェリオ家の馬車が入った」と、魔物の兵士から知らせを受けた後。レナーミアとドルゼスト、執事のイオルフ、晩餐会の準備をしている使用人以外の犬人(クーシー)猫人(ケットシー)が、ツェルナリオ家の玄関近くに立ち、到着する馬車を待つ。


 ツェルナリオ領に現れた馬車は剛健と呼べる見た目だった。鉄製の馬車は貴族に多いものだが、金や銀で着飾るような派手さがない。まるで戦にでも出向くかのようだ。


 屋敷の前で馬車が止まる。


 革の防具を身につけた屈強そうな人間の御者が、婿候補の乗る扉を開けた。


 ……中からは三人の人物が出てきた。目立つのは二人の豪傑な男。剣の鞘に手をかけている。


「お久しぶりです、エルゼル公爵子」


 ドルゼストは怯むことなく、その二人の間に挟まれる長身の男に声をかけた。やや赤味がかった金色の髪を肩まで伸ばし、茶色の刺し縫い服を着ている。


「ああ。こうして直接顔を合わせるのは年忘れの社交界以来だな、ドルゼスト伯爵子」


 彼が、エルゼル公爵子だ。

 ドルゼストは彼と握手を交わして、微笑んだ。


「遠いところから遥々ご足労いただき、ありがとうございます。ツェルナリオ領の景色は如何でしたか?」


「……大通りで大量の魔物に囲まれた。あれが住民か? こっちが見世物にでもなった気分だ」


 物珍しい"他領の貴族"の見物を兼ねた逆サーカスのパレード……とはならないように、町に通達を出してはあるのだが。婿候補を驚かさないように抑えられた歓迎も、エルゼル公爵子には珍妙に見えたようである。


「ツェルナリオ領の民たちも、エルゼル様に高い関心を寄せているのです。本日の民間掲示板に貼られた領民紙には、『昨晩からまるで"星の上に立つ女王(ステラ・オン・レジーナ)"が現れたかのようだ賑わいだ』と、書かれていました」


「……『夜の支配者』か。まるで皮肉だな」


 アルクステンにおいて、彗星(すいせい)は長いドレスを纏う大きな星に見立てられる。だが、それを混じえたドルゼストの甘言(かんげん)は、エルゼル公爵子に鼻であしらわれた。


「夜は魔物が活発になる時間帯だろう? 俺が魔王の後継者になるという暗示か?」


「妹と婚約した者が、魔王伯爵の後継者となるのは確かです」


「……ふん。俺が一番手だから、まだ様子見する気ってことだな」


 エルゼル公爵子は目にかかる前髪を乱暴に掻き揚げて、ツェルナリオ家の屋敷や庭、使用人たちを品定めするかのように見渡した。


 エルゼル公爵子がこのような態度をとることは想定済みだった。

 ドルゼストは僅かに面識があり、「荒っぽい人」という噂と、人伝いに(魔物伝いもあるが)集めた事前情報がある。レナーミアには、エルゼル公爵子が屋敷の執務椅子に座る姿を想像できなかった。


 ちらりと兄を見る。愛想笑いを作る青い目に、自分と同じ不安を(たた)えているように思えた。


「エルゼル様」


 レナーミアが一歩前に出て、スカートの裾を摘んでお辞儀をする。エルゼル公爵子の視線が移った。


「……レナーミア嬢か。社交界で話したことは……ないな」


「ええ。でも、お兄様からお話しは伺っています。エルゼル様のご来領を心待ちにしていました」


「顔はそのように見えないが」


 レナーミアは「そんなことはない」と示すように、優しく笑った。


「言っておくが。俺は本音を隠されるのが嫌いだ。変におだてられる方が不快になる」


「そう仰っていただけると嬉しいです。私も、エルゼル様と心からお話しできるようになりたいわ」


エルゼル公爵子が顔をしかめた。


 ……あら? 私、何かよくないことを言ってしまったのかしら?


 貴族の来客は令嬢に礼儀の褒め言葉を口にすることもなく、ドルゼストに視線を戻す。


「……で。客人と世間話をするのに、外でするのはどうなんだ?」


「それもそうですね。すぐにご案内します」


 ドルゼストはイオルフを呼ぶ。「ツェルナリオ家の執事であるイオルフです」と紹介してすぐに、エルゼル公爵子が一歩、豪傑な男たちの後ろに下がった。


「……申し訳ありませんが、お連れの方の武器はこちらで預からせていただきます」


 ドルゼストが、おそらくエルゼル公爵子の護衛であろう男たちに声をかける。

 案の定、エルゼル公爵子は嫌そうな顔をしたが、ため息をついて、「武器を渡せ」と呟いた。


「そこまで心配なさらなくても、ツェルナリオ領の魔物は人を襲いませんよ」

と、ドルゼストは言うが、


「百パーセント襲わないという保証はないだろう」

と、エルゼル公爵子は返す。


「いくら魔物が人馴れしていても、俺は余所者だ。ツェルナリオ家の言うことには従順でも、俺に対して敵意や悪意を持っていないという保証がどこにある」


「……一理ありますね」


 ツェルナリオ家とアルクステン国家は仲が悪い。公爵家は国の中枢機関に近い一族。この領にとっても、印象のいい相手とは言えない。


 また、イオルフが余所者嫌いなのも確かだ。胸を張ったように立つ老執事の表情は硬い。

 ……長く共に暮らしている者でなければ、狼の顔に浮かぶ喜怒哀楽もわからないだろうが。


「ですが、イオルフはツェルナリオ家で最も信頼の厚い男です。貴方を傷つけることは決してありえません。お約束します」


 イオルフは来客に一礼をしてから小さな使用人たちを呼び寄せ、「剣はこちらの使用人たちに」と、武器の回収をする。

 イオルフはエルゼル公爵子にも目を向けると、「短剣を懐にお持ちですね。それもこちらに」と語り、エルゼル公爵子を驚かせ、さらに不機嫌な顔にさせた。


 目に見える長剣だけでなく、短剣、ナイフ、折りたたみ式の弓、吹き矢など。

 街角でちょっとした商売を行えるのではないかと思うくらい、来客から多くの"隠し武器"が集まった。


 レナーミアは口元に手を当てて唖然とし、ドルゼストは表情こそ崩さないが、半分呆れたような目をしている。


 他領に招待された時に、武器の持参をするのは失礼極まりない。「貴方と仲良くする気はありません」と宣言しているも同然だからだ。


 魔物は強いから、警戒したくなるのはわかるけれど。これはやりすぎよ。


 レナーミアはさすがに我慢ならず、エルゼル公爵子に一言忠告しようと前に出る。

 言葉を発する前に、「何も言うな」とドルゼストに止められた。


「お兄様、」


「相手の機嫌を損ねてはならない」


「……」


 ツェルナリオ領は"悪魔の土地"。最初からマイナス評価である。文句をつけた結果「ツェルナリオ家の人間は態度まで悪い」とさらに評判が落ちることがあれば、他の婿候補が来なくなってしまうかもしれない。


「仮に婿候補から外すにしても、礼節のある接待をして早く引き取ってもらう方が無難だ。腹の立つことがあっても耐えてくれ。いいな?」


「……分かったわ」


 小声の会話を終えると、イオルフが先頭に立って、エルゼル公爵子とその護衛たちを玄関口に招いた。

 レナーミアは兄よりも先に客人の後ろに続いて、そろそろとイェルズェル公爵子のそばに近寄る。


「……エルゼル様はお屋敷の外をよく見ていらっしゃいましたね。この家の第一印象は如何でしたか?」


 エルゼル公爵子は相変わらず機嫌が悪そうな視線を返してくるが、レナーミアは笑顔で受け止める。


「ボロい屋敷」


 ………………。


 え、ええ。確かに事実だもの。感じ方は人それぞれよね……。


 エルゼル公爵子の容赦ない言葉に少し胸が痛んだが、何とか微笑みを保った顔で話を繋ぐ。


「でも、初代のツェルナリオ家から引き継がれてきた、由緒あるお城ですよ。たくさんの人が過ごした分だけ、温かくなったお屋敷です。エルゼル様もきっと気にいられます」


「水はどうしている?」


「水……?」


「水汲みだ。俺が見た限りだと、この町には水路がなかった。まさか、川から樽に入れて直送とは言わないよな?」


 最近のアルクステンでは、水路を作って水を引くのが普通だ。「時代遅れの生活をしていそうだ」と言われている気がした。


「飲み水は井戸から汲み上げていますが、湯浴みや手洗い用の水は、領民たちの力で造った地下隧道(ずいどう)から汲み上げています」


「地下隧道(ずいどう)?」


「ええ。ツェルナリオ領の下には、ルーナ川から枝分かれした、三つの大きな人工の川が流れているのです。そのうちの一本が城郭町(カスター)を横切って、ルーナ川の下流に合流しています」


 つまり、上流である人魚村(アエス・ヴィクス)から隣国の下流へ、水を複数の経路に分けて流しているのである。


「……よく広大な暗渠(あんきょ)の工事ができたな。魔物の中にも奴隷がいるのか?」


 人間からは好まれないような力仕事は、大きな罪を犯した者などを現場に送り、過酷な労働環境を押しつける。

 アルクステンに奴隷制度はないが、罪人が実質の奴隷である。強制労働の従事は更生のためではなく、単に人間の権利を剥奪し、罰を受けさせるのが目的だ。


 だが、ツェルナリオ領の場合はやや趣が異なる。


「土の下の川は、穴掘りが得意な魔物が行なってくれたのですよ」


「穴掘りの魔物といえば、岩小鬼(スプリガン)か?」


「いいえ。多くは力に自信がある、生存死者(アンデッド)たちです」


 死体の集団が穴を掘る姿は想像し難いのだろう。エルゼル公爵子が眉をひそめる。


「ツェルナリオ領の職種は、そのほとんどが種族ごとの特性を生かしたものです。特に(ゾンビ)はとても力が強くて、疲れることがありません。人間だったら何十人と必要な作業を、一人や二人でこなせます」


 生存死者(アンデッド)は物理法則を無視した能力を持つことが多い。その中でも(ゾンビ)は力仕事に欠かせない魔物だ。石を砕く怪力の他に、不眠不休で動ける体と暗闇を好む性質を持つ。穴掘りや採掘といった仕事にも適しているのである。


人鳥(ハーピィ)は空を飛んで、警備をしたり、手紙を運んでくれます。人魚(マーメイド)は観光地の管理だけではなく、漁も行います。人首馬(ケンタウルス)は自分の意思で馬車を引いて荷物を運んでくれます。岩小鬼(スプリガン)は採掘もしますが、単眼鬼(サイキュロプス)と一緒に錬鉄をしている者が多いかしら。ツェルナリオ領では、種族ごとの習慣や性質を生かして、仕事を割り当てられているのですよ」


「だとしても、地下に川を作るのはハイリスクだ。整備はどうしている? 下手をしたら壁が崩落して埋まるだろう」


「魔物たちにとっても危険があるのは確かです。でも、隧道は壁抜けのできる幽霊(イマーゴ)たちがパトロールしてくれていますから、まず土に埋まることがありません。壁の中を見回ることで、崩れる前に異変も見つけられます」


「……」


 幽霊(イマーゴ)もまた、生存死者(アンデッド)の仲間である。


 エルゼル公爵子はそのまま押し黙った。






 一通りツェルナリオ家の案内を終えると、空は日が山の奥に沈んで薄暗くなっていた。イオルフは最後に食堂へ、客人を誘導した。


 ダイニングテーブルは晩餐会仕様となっていた。白いクロスの上は花瓶に活けられた草花で飾り付けられ、幾何学模様の描かれた蜜蝋が燭台の上で滑らかな火を灯している。


 テーブルは長方形型。エルゼル公爵子は入り口から離れたところの、長い辺の真ん中に座り、その右隣にレナーミアが座る。ドルゼストはその向かい側につく。


 エルゼル公爵子の連れ添いは別の部屋で待機してもらい、夕食をとってもらう……という手筈なのだが、「護衛に食事は出さなくていい」と、エルゼル公爵子が拒否した。


「俺の付き添いは俺の食事が終わるまでここにいさせろ。給仕の邪魔はさせない」


「……それは構いませんが……」


 ドルゼストが理由を聞くと、「城郭町(カスター)の店は深夜でも開いているところがあると聞いた。こいつらにはそこで食事をとらせたい」とのことだ。


「興味がおありなら、夜の城郭町(カスター)もご覧になられますか?」


「俺はドルゼスト伯爵子やレナーミア嬢と雑談にふけるべきだろ」


 ドルゼストの言葉に対し、エルゼル公爵子は苦しい冗談を聞いたようににやりと笑った。


 レナーミアはその顔をちらっと見て、壁際に立つ男たちにも視線を移す。


 ……付き添いの人たちも疲れているだろうから、できればゆっくり休んでほしいわ。


 エルゼル公爵子は、どうしてここまで警戒されているのかしら? 魔物がそこまでお嫌いなの?


 ……確かに魔物は力が強い。もし襲われたら、丸腰の人間はひとたまりもないけれど……。


 それらしいことは言っていたが、「護衛にツェルナリオ家の食事を取らせたくない」と言っているような気もする。


 ……食事を拒否したのは、「変なもの」を食べさせられた時に、護衛の体調を崩させないため?


 エルゼル様には万が一があっても、護衛の人たちが助けてくれるけれど。

 護衛の人たちが全滅したら、エルゼル様は何もできない。


 ……でも、エルゼル様はお食事をされるのね。さすがに、おもてなしの舞台を無下にはできないということかしら。


 いまいち、エルゼル公爵子の考えていることが読めない。あまり貴族らしい振る舞いではないのだ。レナーミアは留学先の、横暴な不良学生のことを脳裏に浮かべた。


 壁際に控えていた小さな従者たちが食堂を出ていき、やがて焼きたてのパンが詰まった蔓籠(バスケット)を持ってくる。小麦を使った白パンと、ライ麦を使った黒パンである。


 アルクステンでは、「小麦だけを使った白パンが上等」と言われ、貴族がライ麦パンを口に入れることは少ない。


 しかし、


「……黒パンが多いな。彩りとして添えるにしても、白パンと半々に焼くことはないだろう。ツェルナリオ家は小麦が買えないほど貧しいわけではないはずだ」


エルゼル公爵子の言葉に対し、レナーミアが理由を語る。


「ツェルナリオ領はあまり小麦を使う機会がないのです。この土地の料理を知っていただきたくて、あえて黒パンの割合を増やしました」


普段のツェルナリオ家の主食もライ麦パンが多い。領民に肉食性の魔物が多いため、自領における小麦の消費量が少ないからである。


「ごめんなさい。黒パンは苦手でしたか?白パンもたくさんありますから、必要なら給仕に申してください」


「いや、俺もよく口にするからな。平気だ」


イェルズェル公爵子は呆れたように笑う。


「けど、舌の肥えた貴族なら『食べるパンがない』と騒ぐだろう」


 従者たちは背伸びをして、蔓籠(バスケット)をテーブル端から中心に、押し込むように置いた。

いつも朝食や夕食で給仕をしているのは比較的背の高い犬人(クーシー)だが、他の犬人(クーシー)猫人(ケットシー)の身長は百三十センチ前後しかない。


 イオルフがボトルを持ってきて、グラスにワインを注いで回る。

 全ての杯に飲み物が満たされると、ドルゼストがグラスの足を掴んだ。


「……では、イェルズェル公爵子のご来領を歓迎して」


「乾杯」と。

 領主代行が掲げる赤紫色の液が揺れた。


次回はイェルズェル公爵子を全力でO・mo・te・na・shi!

果たして接待は成功するのか!


なんて予告をしてみますが、かなり面倒くさいトークバトル回です。

あの変態蛇も再登場しますよ!

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