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第16話 見合い準備

初投稿からおよそ半年。大変長らくお待たせしました!

第2章は本日より(ウルトラハイパースロー投稿ペースで)スタートです!

読了予測:10分

 レナーミアとドルゼストの喧嘩は、一旦離れてしまえば、何事もなかったかように元の関係に戻る。両者とも、頭が冷えると「何で怒鳴ってしまったのだろう」と自己嫌悪するからだ。


 仲直りをする場合。大抵、レナーミアとドルゼストは食事の時に顔を合わせて、「ごめんなさい、お兄様。さっきは言いすぎたわ」「ああ、私も悪かった。早く席につこう」と、軽い挨拶を交わすように謝罪と承諾をする。あとはそれ以降に、話を蒸し返さないようにするだけだ。


 夕食は、豚肉とヌベキノコを赤ワインで煮込んだものだった。赤紫色に染まった肉は種々の香草で香りづけされ、すりおろされた果物がまた、コクを生み出している。

 付け合わせは、干した野菜を水と酢で戻したサラダだ。香ばしく焼いた、にんにくのスライスも添えられている。


「ところで、婿候補の話だが」

 ドルゼストがにんにくのないサラダをつつきながら、口を開いた。


「来週に会える手筈が整った。最初に見合うのは、公爵家のエルゼル様だ」


「エルゼル様……たしか、インヴェリオ家の五男の方よね?」


「ああ」


 ドルゼストは、四人の婿候補がいると言った。


 公爵家 エルゼル・カトル・インヴェリオ

 商爵家 グラース・クイン・メルト・アヴァリー

 侯爵家 ラクス・ド・ラムス・アルカディア

 王爵家 ファーナー・トレス・ラムス・サービアル


 商爵家を除けば、いずれも伯爵家より格式の高い家柄である。

 それぞれの名前を聞いて、レナーミアは目をぱちくりとさせる。


分家(ラムス)がほとんどなのね」


「ツェルナリオ家の立場としては、本家(トゥルク)に話を通すのが難しいからな。本家が魔物使いの"悪魔"と契約するのは、領民感情に反する。エルゼル様は本家出身だが、事情があって分家で暮らしているそうだ……公爵家直系の者を取り込めたら、少しは国との関係も落ち着けると思うが」


 ちなみに、ツェルナリオ家には分家ラムスがない。血縁関係がある中流貴族ならいくらかあるが、国内における権力は皆無に等しい。中流階級は国の中枢機関との接点はほとんどなく、本家の分家として扱われない。


 ツェルナリオ家は元々、巨大な自警団を営んでいた家柄だ。アルクステンに取り込まれた、「国に専属する傭兵」のようなものである。そのため、アルクステンはアルクステンで、ツェルナリオ家とは別の軍隊を持っている。


 ツェルナリオ家は軍力こそ高いものの、財力に乏しかった。爵位を得ても国の中枢に介入して胡麻を擦ることができず、アルクステンの飼い犬に成り下がって生きるしか、家を残す道がなかったのである。


「いずれの候補にも、婚約の条件に無理難題を押し付けられなかったことだけはよかった。今後、ツェルナリオ家の血は薄まって行くかもしれないが、婚姻が成立すれば、ツェルナリオ領を守ることができる」


「……」


「難しいものだ。ツェルナリオ家を失えば、アルクステンが滅びる。だが、ツェルナリオ家の存在は国から煙たがられる。この家に向けられるのは、先の丸い針で突くような嫌味ばかりだ」


「……」


「一番の理想は、ツェルナリオ家がアルクステンの手を離れて独立することだろうな。だが、さすがにツェルナリオ領の力だけでは、魔物の土地を存続させることができない。いくら魔物の軍の力が強くとも、周辺国の全てを敵に回して戦うのは無理だ」


「隣の帝国に寝返るわけにもいかないものね」


「あそこは侵略国家だからな。仮にツェルナリオ家が移れたとしても、アルクステンにいる時よりも出兵の頻度が増えて、魔物の兵士が疲弊するだろう」


「できないものはできないと言っても、なかなか理解してもらえないなんて。魔物を駒のように扱ったら、統率がとれなくなるわ。魔物は負ける戦いにおじげづいてしまうもの」


「だが戦争というのは、負けると分かっていても向かわなくてはならない時がある。魔物の兵士がもっと放胆であれば、事もうまく運びやすいのだがな。私が編成した小鬼(ゴブリン)の特殊部隊が、真面目で勇敢だったのはありがたかった……そう思うと、父上は本物の『化け物』だ。今よりもずっと少ない魔物を率いて、隣国の進撃軍を破ったというのだから」


「お父様は『戦いは数で押すのが一番』って言っていたけれど、遊撃戦も得意なはずよ」


「適材を選んで適所に当てはめる天才だからな。あとは父上のカリスマ性もあるのだろう」


 魔物の兵士の特性は、金次第で裏切る傭兵に近い。


 だが、魔物が大事にしているのは戦闘の利益ではなく、安全である。死ぬような戦いに身を投じるとなれば、どのくらいの脱走兵が現れるのだろうか。


 魔物の軍は、統率面から見れば、戦う意識の低い雑兵の集まりに過ぎない。報酬目当てでで動いてくれる人間の軍隊の方が、まだ扱いやすい。


 保証されるべきは、価値ある褒美よりも、ひとつひとつの命。魔物の軍の大将に何よりも求められる素質は、「信用」なのである。


 ただし、「命あってこそのものだね」は、あくまで一般的な魔物の価値観である。全ての種族に当てはまるわけではない。例外的な魔物も、いくらかは存在する。


「……話を戻そう。来週に、エルゼル様をこの屋敷に招待して、晩餐会を開こうと思う。レナーミアも、何か意見はないか?」


「晩餐会ということは、お兄様も参加されるの?」


 相手と二人きりになるのかと想像していたレナーミアは、兄が傍についてくれると知って、少し緊張が解ける。


「ああ。エルゼル様は……なかなか手厳しい方だからな」


 レナーミアはエルゼルと話を交わしたことはないが、「荒っぽい人」ということは、時々耳にしていた。


「エルゼル様の噂を聞けば、私も不安が多い。だが、この縁は、私の尊敬する人が取り付けてくれたものだ」


「宰相様から?」


「……こんな若輩者の申し入れに応えてくれただけ、本当にあのお方には、深く頭が下がる思いだ」


「駄目で元々」と思いつつ、ドルゼストは敬拝する宰相へ送る文に小さく"頼り"を書き、領主代行としての別件をこじつけて会いにも行った。

 つまり、エルゼルとの見合い話は、ドルゼストの一番大きなコネを利用したものだ。


 インヴェリオ公爵家は、文官を職にする者が多い。アルクステンの現宰相は、インヴェリオ公爵家当主の弟である。


 ……かつて、「部下として欲しかった」とドルゼストの優秀さを褒めたのが、その宰相だった。


 表向きは、ツェルナリオ家と礼儀的な挨拶を交わすだけの間柄だが。ドルゼストは宰相にかけられた言葉をきっかけに彼を慕い、十五歳の時から、定期的に手紙のやりとりをしていた。


 初めは半ば強引に送ったものだった。宰相の手に無事に手紙が届いたのは、「まだ子供だから」と容赦されていた……あるいは、官吏たちの気休めの冗談(ネタ)にされていたからのようである。


 返信の数は送った量に釣り合わない。しかし、ドルゼストは今も変わらず文を送り続けることで、宰相との繋がりを維持することができていた。これはツェルナリオ家そのものではなく、あくまでドルゼスト自身の人脈である。


 ちなみに、宰相はツェルナリオ家が魔物を領民にしていることに関して、賛成も反対もしていない。ドルゼストはやりとりの中で「おそらく後者だろう」と察しているが。手紙でも対面でも、話に触れたことがないのだ。


 宰相は口や筆で私情を語ることはないが、ドルゼストの頼みには可能な範囲で手を回してくれる。国政の面では「ツェルナリオ領を良く思っていない」が、個人の感情として「ドルゼストを気に入っている」のかもしれない。不思議な関係性である。


「意見ね……うーん……晩餐会の後、エルゼル様はご宿泊されるわよね。半日ツェルナリオ領を観光していただくのはどうかしら?」


「私もそう思っていたのだが、別の用があるそうだから、晩餐会の翌日にすぐお帰りになるとのことだ」


「……早いのね」


「本人はあまり、婿入りを快く思っていないのかもしれないな。晩餐会でツェルナリオ領の良さをアピールをして、次の見合いの約束を取り付けるようにしよう」


 来領する婿候補が、公爵家の「生贄の山羊(スケープゴート)」でないことを願うばかりである。


「……ああ、そうだわ。パフォーマンスとして、食事をしながら音楽師に調(しら)べてもらうのはどうかしら?」


 ツェルナリオ領は悪評こそ多いが、芸術は優れていると、一部の人々から高い評価を受けている。主に観光地である人魚村(アエス・ヴィクス)の影響だろう。

 賞賛されるものは、ほとんど目で見る美術ばかりだ。しかし、耳で聴く美術も、他領に劣ってはいない。


「……なるほど。演奏は盲点だった。いい案だ。早速ラミウスたちに聞いてみるとしよう」


 貴族たちも、歌や踊りといった娯楽に対して、好奇心旺盛である。エルゼル様がツェルナリオ家の"音"を気に入ってくれれば、少しは「悪魔の土地」の印象も和らぐだろう。


「これから忙しくなるな」


「ええ。一緒に頑張りましょう、お兄様」


 空になった皿が下げられて、デザートが運ばれてきた。


 ライ麦を使った洋梨のタルトは甘かった。


次回、イェルズェル様がご来領。

果たしてレナーミアのお見合いは成功するのか!


……毎回のこの白々しい次回予告、邪魔ですかね?

紅山がボケたいだけです。真面目なこと書くと、ちょっと気恥ずかしくなってくるんですよ。

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