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第15話 我儘令嬢

レナ―ミアがヒステリックになるとさあ大変。

読了予測:12分

 屋敷に戻ってきたレナーミアは、兄のいる書斎へと向かう。

 扉の前で、ちょうど一人の小鬼(ゴブリン)兵と入れ違いになった。首に包帯を巻いている。


 レナーミアはキドに払い飛ばされた兵士だと推測し、「大丈夫?」と声をかけた。


 小鬼(ゴブリン)兵は表情を崩すことなく一礼をして、すぐに去っていった。


 部屋に入り、キドと話したことについて報告を上げると。机の上で腕を組むドルゼストは、安堵のため息をついた。


「……そうか。キドは、婿候補を傷つけるつもりはないのか」


「キドは悪い人ではないもの」


「そういう問題ではないのだが……まあ、万が一ということもある。捕らえたからには、ひとつの悩みが払拭されたとして、良しとしよう」


 レナーミアを執拗に狙う大蜘蛛(アラネア)のことだ。結婚の話を聞けば逆上するかと思っていたが。

 知った上で危害を加えるつもりがないというのなら、婿候補の安全面について、懸念はない。


「昨日説明した通り、キドはしばらくあのままにしておく。処分を考えるのは、お前の婚姻が済んでからだ」


「それまでずっと閉じ込めたままにするの? そんなの可哀想よ」


「あの大蜘蛛(アラネア)が今まで何をしてきたか、承知の上で言っているのか?」


「……」


「お前がキドを庇うことで、父上は何度も余計な出兵をしてきたのだ。怪我人もゼロではない。あの諦めの悪い蜘蛛とイタチごっこをするだけで、どれだけ経費がかさむと思っている」


「それは……でも、キドは……確かに少し気は荒いけれど、悪気があるわけではないのだから」


「どっちつかずでいるのも大概にしろ。お前がよくても、キドのせいで多くの弊害が出ているのだ。身勝手な感情論で皆の仕事を増やして、周りに損害を与えているのがわからないのか」


「……」


「ツェルナリオ領のために見合い話を受け入れると、お前は宣言した。発言に責任を持て。父上がこの世を去り、私がこの屋敷を離れることになれば。もうお前の我儘は通らない」


「……だから、キドのことを切り捨てろと言うの?」


「私とて、奴の命まで奪いたいとは思っていない。キドと折り合いをつけなければならないと言っているのだ。お前は次期当主の妻になるのだから、いつまでも子供じみた真似はするな。例え自分の意見に服せないことでも、取捨選択は必要になる」


「私が何とかしてキドを説き伏せるわ。キドが、ツェルナリオ領の住民になるって言ってくれれば、少なくとも……"縄張り"規模の喧嘩には、ならないはずよ」


「キドは殺しをしないだけで、器物は何百と壊してきている。今回の被害は馬車一台と槍数本だがな。激しい破壊行動をする魔物に、住民票を与えるわけにはいかない」


「……っ」


「それに、キドは野生で生きる道を選んでいる魔物だ。"群れ"に同調できない者を、受け入れられるわけがないだろう。キド自身も、人間の生活をする気はないと拒んだのだろう?」


「だから説得をしているのよ」


「『折れてくれ』と言って、キドは聞き入れるのか? まず、大蜘蛛(アラネア)が雌を攫うのは"習性"だ。あやつの本能を抑えるのは不可能だ」


「不可能って決めつけないで。領民たちも、色々な習性を持っていながら、自分なりに生きようと努力しているのよ」


「それはツェルナリオ領という"群れ"に留まるために、ある程度習性を抑えなくてはならないからだ。習性を抑えるというのは、魔物にとって強い負荷(ストレス)になる。大蜘蛛(アラネア)の"誘拐行動"による独占欲を満たせなくなれば、キドはさらに機嫌を悪くするだろうな」


「で、でも……」


「お前の都合のいいように他人は変わらない。家族や領民に飽き足らず、キドまで苦しめるつもりか」


 レナーミアは、きっ、と歯をくいしばる。


「……違う……私は、私はただ、誰も悲しい思いをして欲しくないだけよ!」


「ならば中途半端な意見を持つな。しかと自分の立場を自覚し、もっと論理的に考える癖をつけろ」


「どうして自分のことから考えるのよ! お兄様はキドを邪険にしているだけじゃない! ツェルナリオ領にとって邪魔だから、排除すればいいという考えなの!?」


「だから、」


「お兄様はただ、キドが信用できないだけでしょ!?」


「……」


「私はキドを信じているわ。キドは、前に私を攫った時だって、何も酷いことはしなかった。むしろ気を遣ってくれたのよ。きっと、他の人に優しくすることもできるはず。キドがもう少し人を受け入れてくれるようになれば、私たちとも暮らせるわ」


「空虚な理想論だ。キドがお前に優しいのは、下心に過ぎない」


「例え下心だとしても、優しくできることは変わらないわ」


「その優しさは偽善だろう。それとも、キドがお前に牙を剥くことはありえないと、本気で考えているのか?」


「彼ともっと長く向き合えば、ちゃんとわかり合える日が来るはずよ」


「どうやってわかり合えと言うのだ。魔物の兵士がいなければ、対話さえままならないというのに。兵士に怪我をさせながら、延々と互いについて話し合うというのか? キドと交戦するのは、すでに五年以上続いていることだろう」


「留学期間を除けばたったの三年だわ。それでも意見が揃わなければ、もっと長く話し合うべきよ。調和ができないからって、諦めるのには早すぎる。すぐに諦めたりするから、お互いが辛くなるだけの争いに……」


 バン!! と、ドルゼストが机を叩いた。


「いい加減にしろっ!! どうして私や父上の気持ちを考えないのだ! わざわざ兵士を動かしている理由すら、わかっていないのか!!」


 豹変したように大声を出すドルゼストを見て、レナーミアは一瞬、言葉を止める。


「……そ、それは、わかってはいるけれど……」


「ならば甘えるな! 兵士はお前を守るためにいるわけではない!」


「でも、だからって、キドの気持ちも無視はできないわ」


「優柔不断になって、争いを増やしているのはお前だ!! 誰も悲しませたくないというのは、信念だとしても建前だろう! 結局はお前自身が、己に降りかかる不快感から逃げているだけだ!!」


 レナーミアを容赦していた自身も悪いのだと、ドルゼストも頭の隅ではわかっている。だが、妹の自分本位すぎる発言に耐えきれず、ドルゼストは冷静さを失っていた。


「お兄様こそ、どうしてすぐ人を拒絶するの! 人を選り好んでばかりの自分勝手は、お兄様の方じゃない!!」


「何でもかんでも受け入れて平穏になれるほど、世の中は綺麗にできていない! それで自分や周りを不幸にしたら、元も子もないだろう!」


「ほらやっぱり! 保身しか考えていない!」


「保身以前に、お前は周りに迷惑をかけすぎているのだ! 自分の意見を持つのは結構だ! だが、己の都合で人を巻き込むな!!」


 兄と妹で睨み合う中、書斎の扉が叩かれた。


「入れ」とドルゼストが許可をすると、狼執事が現れ、ドルゼストに何か職務的なことを耳打ちした。


「……そうか。わかった」


 ドルゼストはすくっと席を立ち、レナーミアに表情のない顔を向ける。


「用ができたから、少し屋敷を離れる。お前は無駄なことを考えず、見合いのための準備をしておけ」


「お兄様!」


「……厳しいことばかりを言って悪かった。だが、やるべきことには協力してくれ。ツェルナリオ領の未来のために」


 半ば追い払われるように、レナーミアは書斎の外に締め出された。


「……」


 どうしたらいいかのわからない虚しさだけが、レナーミアの心に残った。






*******





 キドが、他のみんなのことを許してくれれば。


 お兄様やお父様が、キドのことを許してくれれば。


 誰も辛い思いをしなくて済むのよ。


 どうして、お互いに認め合おうって、考えないの?


……私だって、周りを巻き込んでいることは辛いのに。


「ドルニェスト様に色々言われたんにぇすにぇ、レニャーミア様」


 自室に戻ったレナーミアは、夕方の着替えをする。着替えを手伝うア=テイが、レナーミアのくすんだ顔色を見て、心境を察した。


「私はただ、誰も傷ついてほしくないだけよ。誰かが喜ぶために、誰かが悲しむのは不条理だから。少しだけでもいいから、みんなが幸せであってほしいのよ……」


「今はあまり深く考えにゃいことにぇす。ドツボにはまりますにゃ。まずはお見合いにょことをやりにゃしょう」


「……」


 ……キドは、私が「好き」なのよね。


 それに応えられない私も、十分に残酷なことをしているのかもしれない。

 でも、一歩でも、二歩でも譲歩するだけで、変わる物事もあるはずよ。


 誰も彼もが、百パーセントの幸せを掴めるとは、私も思っていない。

 けれど、例え半分の満足感でも。

 いつか、時間が経てば、十分なものになるのかもしれない。

 ……なら、たった一パーセントでも、希望が叶うのなら。それはいつか、幸せになりえるかもしれないのよ。





 みんな、私が我儘だと言う。


 我慢強くないのは確かかもしれない。

 自分が頑固なのは自覚しているわ。


『レナーミア。海のように広い心を持ちなさい』


 ……お父様。


『そうね。心に大きな余裕があるのなら、人を受け入れる場所もあるのかもしれないわね』


 ……お母様。


 優柔不断。どちらの手を取るか、決められない。

 私のせいで、結果的に人を困らせている。


 でも。


 もっと、もっと長く、お互いのことを知り合えば。何か、大きなものが変わるかもしれない。

 私一人が折れたところで、どちらかが良くなるだけ。根本的な解決にはならないわ。


 苦しくても、辛くても。

 理想を求めるのは、そんなに悪いことなの?









 レナーミアは、ずっと甘やかされてきた。周りに守られて育ってきた。


 だから、行き過ぎた優しさが暴走して、異常な包容力を持ってしまったのだ。


 ……お見合い、うまくいくのかしら。

 ツェルナリオ領の当主として(かな)う人を、私がしっかりと選べるのかしら。


 私は恋をしたことがない。

 親愛や、友情や、恋が、本当は違うものだということは理解しているけれど。

 自分の中で、感情の区別がつかないの。


 みんなが好き。みんなが特別。

 妻として、夫となる人を愛せる自信がないわ。


 "恋仲"というのもまた、閉鎖的で、辛いものよね。もちろん、だからといって、複数の人と関係を持つのは不誠実だけれど。


 一つに絞ってしまうのは、悲しいことなのに。


 ……そういえば、お母様も言っていたわ。

 恋の仕方はわからなかったけれど、お父様と出会ってから、「特別な人」というものを知ったって。


 婿候補の方たちにお会いしたら、私もまた変わるのかしら。相手に男性としての魅力を感じるかは別として。


レナーミアはそっと目を閉じる。


 ……キド。ごめんなさい。

 私は、貴方との恋を叶えることはできない。


 でも好きよ。本当よ。

 ずっと前から、「恋をする相手」として、意識している。


 私に、初めて。

異性として「好き」と言ってくれたのは、貴方だから。





 レナーミアに明確な好意を伝えたのは、キドだけである。


 だから、レナーミアは知らない。

 人間に見向きをされていない分、それ以外の者たちから、意識を傾けられていることに。



 異形の恋に囲まれているという真実を。



 蛇は、幼馴染に(いつく)しみを向けた。

 魚は、出会った笑顔に想いを()せた。

 屍は、救いの女神に心を揺るがせた。

 蜘蛛は、理想の雌に求愛し、歪んだ笑いを浮かべた。


前提として、この物語は乙女ゲーム展開するだけのヒューマンドラマです。どういう意味かといいますと、結末はそれに限らないということです。


長ったらしい序章でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。


次回、新章。レナ―ミアのお見合い編です!

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