第11話 好かれる者
次話におさめるはずでしたが、文章長くなってしまうので切り分けました。
読了予測:7分
明朝。レナーミアとア=テイは朝食をとり、荷物をまとめてチェックアウトを済ませた。
一足先に宿を出ていたユパ二ガルが、宿の前に馬車を止めて待っている。
その近くには、じっと宿の入り口を見ている、リューダの姿もあった。
「おはよう、リューダさん。首の調子は大丈夫?」
「……はい……」
「あと、昨日はありがとう。この石、大事にするわね」
「……こちら、こそ……」
馬車に乗って扉が閉まる寸前、「また、会いたい……です……」と、掠れた声が聞こえた。
窓から手を振って、レナーミアは笑顔で頷いた。
……さて。城郭町に向かう馬車の移動も順調だった。
朝早くに出立したから、お昼頃には屋敷に戻れる。
「……レニャーミア様」
のんびりと景色を眺めていたレナーミアに、ア=テイが声をかけた。
「うん?」
「……いにゃあ。ちょっと気ににゃったんにぇすけにょ、レニャーミア様は留学先でどう過ごしておられるにょにぇすか?」
「どうって……たぶん、宿に泊まった一般人と同じような暮らしだと思うわ」
「そうにゃにゃくて。友達とか、男関係とか」
「友達? みんな優しくて、素敵な人たちよ。男の子との交流は……そうね。私の周りにいる女の子たちの権力が強いし、異性とあまりお話しできる機会はないのよね。クラスも寮も、男女で別々だから」
「レニャーミア様にとってはいい環境にぇすにぇ。友達もいてくれて、少し安心しにゃした」
「あ、でもね。女の子の寮に、ひとり男の子がいるのよ」
「何ゃんにぇすかそれ」
「よくわからないけれど、クラス同士の均衡を保つためだって言っていたわ」
「……つまり、偵察員やスパイにぇすか?」
「そうなのかしら? その男の子は、いつも女の子の格好をしているのだけれど。正体がばれそうになって困っていた時に、助けてあげたの。
そしたら、『クラスの均衡が崩れたら世界が滅ぶ。君は俺を助けたことで、学園を裏から牛耳る組織に目をつけられるだろう。知らないフリを貫け。この争いに巻き込まれないように』って、言っていた。どういう意味なのか、今でもよくわからないけれど」
「……あにょ、そにょ人の言っていること、本当にぇすか? まさか、そにょ人とも仲良くしているとか言わないにぇすよにぇ?」
「とっても仲良しよ。その子ね、物真似の達人なの。先生や老人にも化けることができて、お話も面白いのよ。お土産は肉食の魔物の牙が欲しいって言っていたから、魔物の乳歯をあげるつもり。集めるのはなかなか難しいと思ったけれど、人魚村で手に入って良かったわ」
「いにゃ、ツッコミどころ満載にゃにゃいにぇすか。レニャーミア様、付き合う友達はちゃんと選んにぇくにゃさい」
「『その人と関わるな』って、言いたいのね。確かに私の周りには少し変わった人が多いのかもしれないけれど、みんな意味を持って自分の意思を伝えているのだから、言葉や行動の理由をわかってあげようって思わないと。人との出会いや関わりは、尊重するべきよ」
レナーミアはリューダからもらった石の貝を手に取る。
「リューダさんがこの石をくれた意味も、最初はわからなかった。けれど、お気に入りのものをくれたということは、良い意味だと思うわ。たぶん、お礼のつもりだったのよ」
「できれば、あにゃいの言葉の意味もわかってくれにゃせんかにぇ……」
「貴女も私を心配してくれているのよね。それはとても嬉しいわ。でも、私は大丈夫だから」
「今まで何事も『大丈夫』で済んでいたにょが謎ですにゃ。レニャーミア様は人に恵まれすぎにぇす」
「……ふふ。そうかもしれないわね」
猫メイドは知っている。
屋敷の使用人の中には、レナーミアの性格を苦手としている者もいることに。
人に甘えて、周りの迷惑を考えない、身勝手な善意ばかりを振りかざす我儘娘であると。
その自覚がレナーミアにあるかどうかは、わからない。
ア=テイも正直、レナーミアと一緒にいると精神的疲労が普段の三割増しになると思っている。
「(頑固にぇすからにぇ、レニャーミア様は。あにゃいの忠告も、あっさりスルーしにゃすから)」
レナーミアは国内の人間との交流が少ないため、留学した先で浮いてしまうのではないかと心配していたが。お土産を渡せる仲間がいると知った時には、安堵した。
……あとは、その友達の人格がまともであることを祈るのみ。
レナーミアはわざとではないかと思えるくらい、人を疑わない。思考の歪んだ相手でも、笑顔で周りに呼び寄せてしまう。
しかし、抜けているとは言い切れない。人の考えを並々に察し、話の意図は理解している。
ただ、妙なポジティブさと寛容すぎる心が、身を危険に晒しやすくしているのだ。
レナーミアを単身で留学させることには、グアナーもドルゼストも、かなり不安があったようだ。
相手が男でも女でも、魔物でも人間でも。
敵になりえる相手でも、理解に至れないで相手でも。
レナーミアは、まず受け入れる。
だから変わり者ばかりを、惹きつけるのだ。
城郭町のレンガ造りの壁がはっきりと見えてきた。
「あと少しね」と言う声を聞き、猫メイドも窓の外を見る。
「……?」
猫メイドはふと、何処までも広がる草むらを見た。
背の高い小麦色の小穂が、風向きを無視してそよいでいる。
草の下に誰かがいる。おそらくは、二足歩行をしていない魔物だろう。
でみょ、何ゃんか、こっちに向かってきているようにゃ……?
揺れる草で魔物の大きさを想像した猫メイドは、はっと、嫌な予感がした。
「にゅ、ニュパニガル! 走るにゃ!!」
猫メイドが叫んだ直後。
草の中から大きな影が飛び出して、こつんと馬車の上に乗った。
「どうしたの?」
レナーミアが戸惑ったような声を上げる。
ユパニガルが馬車の方に振り返ってぎょっと目を見開き、頸木を外して馬車から離れた。
「ユパ?」
「レナーミア様!! 外に出てはなりません!!」
「え?」
「奴が上にいます!」
荷物入れにいた小鬼兵たちが一斉に馬車から飛び出し、屋根の上に細槍を向ける。
「え? え??」「何ゃんですにゃ!?」
状況が飲み込めないレナーミアと猫メイドは、呆然と窓の外に立つ兵士を見渡した。
「……中にいるよネ、レナーミア?」
やや言葉に不慣れさのある、少年のような声がした。
前の大窓の上から、太く長い、爪のようなものが二本降りてくる。それがコツ、コツと音を立てて、窓の縁に先が引っかかると。
屋根の上から、ハつの目を持つ、逆さまの顔が現れた。
「やァ」
「……キド?」
「うン。久しぶりだネ」
レナーミアの声を聞いて、大蜘蛛はにやりと笑った。
ある意味メイン攻略対象かもしれない、キドが登場です。レナ―ミアの友人のインパクトも強いですが、あれは男の娘なので。それはまた別のお話し。
次回、大蜘蛛が超ヤンデレっぷり(物理)を発揮します。