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第10話 レナーミアの信念

読了予測:16分


 ユパニガルやア=テイと合流したレナーミアたちは、「平凡にゃ宿」に移動した。 


 眠り町(ヒュップタウン)は労働者の仮眠所として手早く作られた建物が多い。縦に伸びた同じ形の建物ばかりで、部屋の間取りも規則的だ。高級ホテルも安い宿泊所も、外観は全く同じだったりする。


 宿屋の主人は、レナーミアを最上階の一番広い部屋に案内した。


 同室には猫メイドが入る。

 ユパニガルはレナーミアの部屋と同じフロアの一人部屋、二つ下の階の部屋にはリューダが入るように振り分けされた。


 兵士たちの部屋はいらない。二人ずつ交代で宿の廊下で待機し、休む場合は駐屯所に向かうそうだ。


「レニャーミア様。ここの食事場所は共同にぇすけにょ、夕食はあにゃいが部屋にお持ちしにゃす。あにゃいとニュパニガルは下の食堂で食べることにしにゃすけど」


「……私も食堂で食べるのはだめかしら?」


「お忍びで来ていることをお忘れにぇすか? 他のお客さんが落ち着いてご飯を食べられにゃせんよ。レニャーミア様はすぐ隣の人に話にゃしかけて、意気投合しようとするんにぇすから」


「……」


「……にゃあ、そんにゃに寂しいのにゃら、仕方にゃいですにぇ。あにゃいにょお膳もこにょ部屋に運んできにゃすか」


 何やかんやで、ア=テイもレナーミアの悲しそうな目には甘い。


「そういえば、夕食で思い出したのだけれど。リューダさんは(ゾンビ)だから、何も食べられないみたいなの」


「にゃ。さっき本人にも確認しにゃした。(ゾンビ)は眠ることもにゃいみたいにぇす。あの人部屋の隅に突っ立って微動だにしにゃせんにぇしたけにょ、宿を取る意味あるんにぇすかにぇ」


 ア=テイの言葉は少し尖っている。

 どうも、リューダのことをあまり好いていないようだ。


 ア=テイはモップで魔女ごっこをしたりチャンバラをしたりと悪乗りしやすい性格だが、胸に確たる意思を持ち、口がはっきりしている。

 レナーミアは同い年の友達のように感じていても、猫メイドは"しっかり者のお姉さん"でいようと振舞っているのかもしれない。


 とはいえ、今回のお忍び外出では、猫メイドがいつもより厳しい気がする。

 数時間前に会ったばかりの人に対して嫌味っぽい発言をすることにも納得がいかない。レナーミアは不満そうにため息をついた。


「兵士がついたり、人から遠ざけられたり。まるで監禁されている気分だわ」


「こにょ程度で監禁って、キドはどうにゃんにぇすか……。にゃー、にゃんにせよ。これからにょツェルニャリオ領の運命は、レニャーミア様にかかっているんにぇす。あにゃいもドルニェスト様にお願いされたんにぇすよ。『妹をよく見ておいてくれ』って」


「……」


「そういうわけにぇすにょで。ドルニェスト様のお気持ちみょ汲んで差し上げてくにゃさい」


「だからと言って、関係のない観光客や一般の人まで疑うのはやりすぎよ」


「警戒にょ怠って万が一があったら困るんにぇす。ツェルニャリオ領は全体的に治安がいいにぇすけにょ、悪人がいにゃいわけにゃにゃいにぇすから。グアニャー様が倒れられたって噂がちまたに流ゃがれてから、魔物の兵士たちも結構ばたばたしてみゃすし」


「私は何も危険なことはしていないのよ。困っている人を助けたり、買い物をしたり、一緒に歩いたり、とても普通のことをしているのに。いくら私が貴族だからって、人との関わりを制限される義理はないわ」


「そんにゃつもりはにゃいんにぇすけどにぇ。たにゃ、レニャーミア様の側にいると、今度は何ゃにをやらかすのかにゃと、見ていて冷や冷やするんにぇす。レニャーミア様は貴族としての自覚が足りなさすぎみゃす。いい意味でも悪い意味でも、自分のことをすぐ棚上げにするんにぇすから。

さっきみょ、あにゃいと御者がいにゃい間にあにょ得体の知れない(ゾンビ)を連れ歩いていにゃした。兵士が近くにいても、面識のにゃい人と近づきすぎるにょは危険にぇす」


「得体の知れないって……彼は被害者なのよ。その言い方は酷いと思うわ」


 ア=テイの言葉に反論している最中、こつ、こつ……と、部屋の戸を叩く音がした。猫メイドは小さく扉を開けて、外にいる人物を確認する。


「にゃ、あにゃたでしたか。どうかしましたかにゃ?」


「……」


 ぼそっと掠れた声が聞こえた。

 内容は聞き取れなかったが、レナーミアは扉の奥にいるのがリューダであることに気がついた。


「レニャーミア様に渡し物? にゃら、あにゃいが渡しておきますにょ」


「……」


「にゃ? 直接? いにゃあ、それはにぇすにぇ……」


 ア=テイの声が渋っている。

 極力会わせたくないのだろう。


 レナーミアは座っていた椅子から立ち上がり、猫メイドの後ろから廊下に声をかけた。


「リューダさん? どうしたの?」


「……。レナー、ミア、様……」


 やはりリューダだった。薄暗い廊下に、明かりも持たずに立っている。

 その後ろには、小鬼ゴブリン兵の黄色い目が光っていた。


 リューダはゆっくりと黒い袖を持ち上げた。骨の剥き出た指先をつぼめるように閉じて、レナーミアに何かを差し出す。


「……あげ……ます……」


「え?」


 レナーミアが腕を伸ばすと、ぽとっ、と小さな灰色の石が手の平に落ちてきた。


「……貝……オレの、お気に、入り……」


 レナーミアは「?」と思いつつも、「ありがとう」と受け取った。


 リューダはこっくりと頷いて、重そうな動きで階段のある方に去っていった。

 兵士の小さい足音も遠ざかった。


 扉がア=テイによって閉められた後、レナーミアはランプの光の前で、もらったものをかざしてみる。


 渦巻きのような模様。

 石化蛇(メジューサ)に睨まれた貝が、石の色になって埋め込まれているかのようだ。


「……お気に入り? 大事なものってことかしら?」


 レナーミアの横からにゅんと小さい獣の手が伸びてきて、「あっ」と言う間に、貝を取り上げられた。


 猫メイドは貝をくるくると回し、割れ目を覗き込み、くんくんと匂いを嗅ぐ。


「……何ゃんだ。ただにょ石ですにゃ」


「ちょっと、返して頂戴!」


 猫メイドは「はいにゃ」と素直に返した。


「ねえ、さっきからどうしてリューダさんに疑うような目を向けているの? 部屋まで遠ざけて」


「……」


「兵士までそばに置くなんて。まるで見張っているみたいだわ」


「それはあにゃいが頼んだことにゃにゃいにぇすにょ。兵士の判断にぇしょう」


「……リューダさんが可哀想」


 レナーミアが眉を潜めて猫メイドを睨む。


「何ゃにがです?」


「彼が何をしたっていうの? そこまで避けたくなるような理由があるのかしら?」


「別に、あにゃいもあの(ゾンビ)が何ゃにかしでかすとは思ってにゃいですよ。たにゃ……」


「ただ?」


「……ちょっと、不気味にぇす」


 ア=テイはレナーミアから目を逸らした。


「……」


 偏見的な発言を聞いて、案の定、レナーミアは不機嫌そうに黙り込んだ。


「……にゃー、ただにょ変わり者にゃのかもしれにゃいですけどにぇ。貴族に対して、何故か石を献上しにくるくらいにぇすし」


「それが何か悪いことなの?」


「悪いわけにゃにゃいにぇすよ。でも、レニャーミア様。『変だにゃ』と思うもにょを警戒したくにゃるにょは、普通にょことにぇす」


「それが一般的な感情であることはわかっているわよ。でも、勝手な考えを持って人を見てしまうと、すれ違いが生まれてしまうのよ」


「あにゃいだって、生存死者(アンデッド)を差別したいわけにゃにゃいですにょ。けにょ、それにぇも避けたくにゃるにょは、『不気味』が『嫌』にゃからにぇす。『怖い』にょは『嫌』。『嫌』という感覚は、身の安全を守るためにあるんにぇすよ」


「……」


「レニャーミア様はどうして相手を『怖い』と思うことがにゃいんにぇすか? あにゃい、昔からそれが理解できにゃいんにぇす」


「……人を怖いって思わない理由?」


 自分でもぱっとは思い浮かばない。

 でも、確実に言えることは一つある。


「理由なんて必要ないと思うわ」


「にゃ?」


「私は、争い事が『嫌』なの。でも相手がいれば、喧嘩をしないとは限らない。ならそうならないために、大事なことってあるわよね? 私は『相手を受け入れること』だと思っている」


「……」


「偏見も差別もなくて、みんなが相手を認められるようになれば、いがみ合いなんて絶対に起きないわ。なのに世の中は一度も平和にならない。どうして人は認め合わないのかしらって、いつも疑問なの。

人間同士でも、魔物相手でもそうよ。人が魔物を憎んで、魔物も人を怖がって、距離を置こうとするのはどうしてかしら、って」


「……」


「確かに実践するのは難しいわ。私も喧嘩をしたことがたくさんあるもの。貴女もきっと、私の考えを『理想論だ』って言うかもしれない。お兄様みたいに。でも、理想を願うことって、そんなに無駄なこと?」


「……」


「世の中道理ばかりが、全てではないわ」


「……。そうにぇすか」


 猫メイドは「にゃれにゃれ」と諦めたような顔をして、「そろそろ湯浴みをして寝ましょう」と、話題を逸らした。


「……ちなみににぇすけにょ。(ゾンビ)にょ人と部屋が離れたのはたまたまにぇすよ。ちょうどいい部屋がにゃかったんにぇす」


「そうなの?」


「この町も一応、観光客の宿泊地にぇすからにぇ」


 彼女のことだし、嘘ではないわよね。

 と、レナーミアはア=テイの言葉を信じた。




*******




 夕食の時間も終わり、皆が寝静まったのだろう。


 静かな深い、夜の時間。

 暇で仕方がないリューダは、部屋の隅に立ってみたり、ベッドに腰掛けてみたり、部屋の中をうろうろと探索してみたり、寝台の近くの棚から本を見つけて読んでみたりもしたが、読破して顔を上げても、まだ午前三時くらいだった。


 ……どうしよう……。


 (ゾンビ)は眠ることも食べることもない。折角宿を取ってもらったが、利用する意味が少なくて、何だか申し訳ないような気持ちもある。


 かといって、夜から朝の間は寒い。昼よりも湿気が高く、露を結ぶ。外にはあまり出たくなかった。行く当てもないのは確かだ。


 ……レナーミア様……。


 首に取り付けられた保定具にそっと触れた。


 事故に対して責任をとってくれたことには、とても感謝している。


 でも、それ以上に。気を使ってくれたり、話をしてくれたことが嬉しかった。


 ツェルナリオ領は魔物に対しての差別は少ないが、生存死者(アンデッド)はどこか生者と疎外感がある。


 肉の欠けた動く死体という見た目のおぞましさや、「生存死者(アンデッド)は仲間を求める」という噂もまた、距離ができる原因だろう。

 生者が死に近いものを避けたくなるのは、仕方のない反応だと思う。


 生存死者アンデットは同種同士でつるんでばかりで、生者と接点が少ないのも確かだ。リューダもずっと生存死者(アンデッド)の仲間たちと暮らしてきた。


 だが、水に恐怖を覚えるために仕事がままならなくなってしまい、"夜昼逆転"により生存死者(アンデッド)としての居場所も失った。リューダは住処を離れて、山を降りた。


 一人で散歩をすることや、考え事にふけることは嫌いじゃない。

 でも、"はぐれ者"となってしまった孤独感は、とても辛い。


 これからどうしたらいいのだろうと悩みながら、当てもなく歩いていた。


 とぼとぼと歩き続けて、数日後。馬車にぶつかった。

首が取れてしまった時は、相手に怖がられると思って内心慌てた。


 でも、馬車から降りてきた人間は落とした頭を拾ってくれた。とても驚いた。


 馬車に気がつかず、ぼうっとして路上に飛び出した自分にも非はあると思う。


 半ば強引に乗せられた馬車の中で揺られている時も、隣に座る甘橙(あまだいだい)色の瞳の女性は、ずっと怪我の具合を心配してくれていた。


 名前を知って、びっくりした。同時に納得もした。魔王伯爵のご令嬢であれば、どんな魔物を見ても怖がらないのかもしれない、と。


 一緒に歩いて、話をして。不安で揺れていた気持ちが、ようやく少し落ち着いた。

 レナーミア様は、とても優しかったから。


 その感謝の気持ちをどう伝えようかと考えて、前の職場で拾った、面白い形の石の貝を渡そうと、思いついた。


 ……うまく渡せてよかった。


 貝……喜んでくれたかな?

 喜んでくれるといいな。


 気恥ずかしくて逃げてしまったけれど、もっとお話、したかった。


 レナーミアたちは、明日城郭町(カスター)の方に帰ってしまうのだと聞いている。


 ……また、寂しくなるのかな。

 貴族の人と話をすること自体、珍しい体験だと思うけど。


 相手は雲の上の人。

 もう直接会える機会はないのかもしれない。


「……」


 胸の中が、もやもやする。


 気を落ち着ける方法を探して、部屋の中をうろうろと歩き回る。

 思いつきでそっと鎧戸を押して、ぼうっと空に浮かぶ三日月を眺めた。


 ……。


 リューダは心臓のない胸に、手の平を当てる。


 この気持ち……もしかして、オレ……レナーミア様のこと、好きになったのかもしれない……。


 じっと考えて、首を横に振る。

 伝えても意味のない感情だと、思うからだ。


 ……明日、もう一度お礼を言って、ちゃんと見送らないと。

 一応、「また会いたい」って、一言伝えてみようかな。


 オレは、生存死者(アンデッド)だから。

 普通とは違う。


 でも、レナーミア様のおかげで、少しだけ、自分に希望が持てた。


 周りを見渡しても、生存死者(アンデッド)を見て避ける人間や魔物はいなかった。

 この町なら、きっと、こんなオレでも受け入れてくれる誰かがいると思う。


 ……新しい居場所は、築けばいい。

 何とかやっていこう。


 ぱきっ、と音がして、腕に力が篭っていることに気がつく。


 右手で掴んでいる窓の枠がへし折れて、その下の壁に、石を握りつぶしたような亀裂が入っていた。


「……」


 寂しいという感情に嘘はつききれない。

 それでも隠していかなければならない。


殺したい(・・・・)」と。


 その"想い"を呼び起こす対象に、心の中で謝罪をする。


 ……レナーミア様。ごめんなさい。悪意があるわけじゃないんです……。


 ……ただ、仲良くしたいだけ。

 でも、「生存死者(アンデッド)は仲間を求める」から……。


 住処を捨ててから、ずっと怯えていた。


 友達を作ることも。自分の意見を語ることも。恋心のような気持ちを、抱いてしまうことも。


 好意を持てば持つほど、親睦を深めれば深めるほど、相手に必ず覚えてしまう、殺意の衝動。


 生存死者アンデットは口が利けない者がほとんどだから、この特有の本能があることは、世間にほとんど知られていない。生存死者(アンデット)たちは、同族のみでつるむが故に。"ツェルナリオ領にいるため"に、隠すから。だから噂程度で留まっている。


 とはいえ、好意に殺意が付属する感情など、他人に理解してもらえるはずがない。


 胸の奥に秘めた感情は、伝えられない。

 行動に起こしてはならない。

 繋がりを失いたくない。


 それでも、本当は。

 誰かに自分の気持ちをわかってほしいって、思ってる。


「……。窓……どう、しよう……」


 宿の備品を弁償するためにも、新しい仕事を探さないと。

 リューダは新たな悩みについて、また頭を巡らした。


「全身黒づくめで人殺し本能があるとかどんな中二病だよ」と思っても、本人の前で言わないようにご配慮ください。屍くんはピュアで比較的常識人です。


さて、次回はリューダと別れを告げ、最後の攻略対象が登場します!

おそらくまた分割投稿になります。

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