ぬるま湯
雨屋と棗(棗視点)
借りた映画の中身だけが、知らない恋愛映画にすり変わっていた。
画面の中で、宵待ちのベランダで身を寄せ合った恋人同士が唇を重ねる。
中途半端に観た手前、ストーリーは最後まで確認しておくかと欠伸をこらえた一時間半だった。ソファの背もたれに身体を沈める。
途中から、隣の道連れに菓子をせびっていた記憶しかない。内容が薄すぎるのが悪い。
舞台設定は現代準拠。謎解きや考察の余地は一切なし。愚直な台詞が全てを説明するから、分かりやすくはあるかもしれない。
いまだ口元に差し出されるチョコレート菓子をひと齧りして、もういいよと声をかけようとして気づく。
道連れにした雨屋は、終盤にさしかかる映画を真剣に眺めていた。
画面から目線を外さず、器用にこちらに菓子を差し出してくる。
こいつ恋愛モノとか興味ないと思ってたけど。
いや。確かに観てはいるけど、楽しんでる顔か? これ。
ホラーで笑ってグロで感心してる奴が、うんともすんとも反応しない。無。普段やかましいほど喋るくせに、急に大人しく無言になられると異変を疑う――あ。
微妙に口あいてる。間抜け面。
「……もしかして君、眠い?」
「んー……、……」
モニャモニャ言った雨屋が、チョコがけプレッツェルを塩味のチップスに変えて寄越す。
そうじゃないだろと余所見をしてたら、意識の外で閃光が明滅して咄嗟にテレビのほうを見た。
編集済みの夜空を花火が埋め尽くす頃には、僕の挙動を訝しんだ雨屋がキョトンとしていた。
「……もしかして私、鼻とかに刺しました? お菓子」
「刺さる前にビンタしてるよ」
眠くないかと再び尋ねる。首をかしげられる。
腹が減ったかと訊く。長考の末、疑問符つきの「大丈夫」が返ってきた。
「……よく分かんないけど、とりあえず横になれば? 寝ながらでも映画は観れるし」
「私ちいさくないので邪魔ですよ」
「邪魔なら蹴落とすから気にしなくていいよ」
「そこは信じてますけど……」
ぼやきながら、雨屋がもぞもぞと試行錯誤しだす。
ソファの端っこに移動して、座ったまま上半身だけソファに倒れる。ひょろい背を丸め、僕のスペースを侵害していないことを確かめてから、自分の腕を枕にして落ち着いた。
間延びした声は、やはり眠たげに聞こえる。
「そろそろ終わりそうですね」
「次の映画……間違い元のやつ配信で探してからにしようか。他に観たいのあればそっちでもいいけど」
「生徒さんからオススメされたご作品でしたよね? 視聴できそうなら、そちらの方がいいのでは」
「どっちでも。借りた中身が別物だったんだし、そう言うよ」
ふわふわ飛び跳ねる白髪頭が、肘置きに丁度いい位置にある。
エンドロールを見届けながら触れた感覚が大型犬に似ていて、配信作品をあれこれ探しながらも撫で続けていた。
「やけに真面目に見てたね。元ヒモに純愛映画は興味深かった?」
「え〜……どうでしょう。はんぶんくらい……?」
「半分わかんないで観てんだ」
「良い感じの音楽が流れたらハッピーエンドなのかなって」
「寒かろうとキモかろうと演出は文脈の一要素だなって再認識した。いま」
「あ、うさぎ!」
「お前グロ好きな、ほんと……」
「……? こういうの好きなのは棗さんでは?」
「……まあ、視聴履歴からお勧めされてんのは否定しないけど……観たい?」
「いえ。かわいいなぁと思っただけで」
「可愛くはない」
「え〜」




