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日常断片  作者: 藤野 羊
39/40

ぬるま湯

雨屋と棗(棗視点)

 借りた映画の中身だけが、知らない恋愛映画にすり変わっていた。


 画面の中で、宵待ちのベランダで身を寄せ合った恋人同士が唇を重ねる。

 中途半端に観た手前、ストーリーは最後まで確認しておくかと欠伸あくびをこらえた一時間半だった。ソファの背もたれに身体を沈める。

 途中から、隣の道連れに菓子をせびっていた記憶しかない。内容が薄すぎるのが悪い。

 舞台設定は現代準拠。謎解きや考察の余地は一切なし。愚直な台詞が全てを説明するから、分かりやすくはあるかもしれない。

 いまだ口元に差し出されるチョコレート菓子をひと齧りして、もういいよと声をかけようとして気づく。


 道連れにした雨屋あめやは、終盤にさしかかる映画を真剣に眺めていた。

 画面から目線を外さず、器用にこちらに菓子を差し出してくる。


 こいつ恋愛モノとか興味ないと思ってたけど。

 いや。確かに観てはいるけど、楽しんでる顔か? これ。

 ホラーで笑ってグロで感心してる奴が、うんともすんとも反応しない。無。普段やかましいほど喋るくせに、急に大人しく無言になられると異変を疑う――あ。

 微妙に口あいてる。間抜け面。

「……もしかして君、眠い?」

「んー……、……」

 モニャモニャ言った雨屋が、チョコがけプレッツェルを塩味のチップスに変えて寄越す。

 そうじゃないだろと余所見をしてたら、意識の外で閃光が明滅して咄嗟とっさにテレビのほうを見た。


 編集済みの夜空を花火が埋め尽くす頃には、僕の挙動をいぶかしんだ雨屋がキョトンとしていた。

「……もしかして私、鼻とかに刺しました? お菓子」

「刺さる前にビンタしてるよ」

 眠くないかと再び尋ねる。首をかしげられる。

 腹が減ったかとく。長考の末、疑問符つきの「大丈夫」が返ってきた。

「……よく分かんないけど、とりあえず横になれば? 寝ながらでも映画は観れるし」

「私ちいさくないので邪魔ですよ」

「邪魔なら蹴落とすから気にしなくていいよ」

「そこは信じてますけど……」

 ぼやきながら、雨屋がもぞもぞと試行錯誤しだす。

 ソファの端っこに移動して、座ったまま上半身だけソファに倒れる。ひょろい背を丸め、僕のスペースを侵害していないことを確かめてから、自分の腕を枕にして落ち着いた。

 間延びした声は、やはり眠たげに聞こえる。

「そろそろ終わりそうですね」

「次の映画……間違い元のやつ配信で探してからにしようか。他に観たいのあればそっちでもいいけど」

「生徒さんからオススメされたご作品でしたよね? 視聴できそうなら、そちらの方がいいのでは」

「どっちでも。借りた中身が別物だったんだし、そう言うよ」

 ふわふわ飛び跳ねる白髪頭が、肘置きに丁度いい位置にある。

 エンドロールを見届けながら触れた感覚が大型犬に似ていて、配信作品をあれこれ探しながらも撫で続けていた。

「やけに真面目に見てたね。元ヒモに純愛映画は興味深かった?」

「え〜……どうでしょう。はんぶんくらい……?」

「半分わかんないで観てんだ」

「良い感じの音楽が流れたらハッピーエンドなのかなって」

「寒かろうとキモかろうと演出は文脈の一要素だなって再認識した。いま」

「あ、うさぎ!」

「お前グロ好きな、ほんと……」

「……? こういうの好きなのはなつめさんでは?」

「……まあ、視聴履歴からお勧めされてんのは否定しないけど……観たい?」

「いえ。かわいいなぁと思っただけで」

「可愛くはない」

「え〜」



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