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日常断片  作者: 藤野 羊
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(与太)情報屋さんと悪事の顛末

動物と話せる情報屋の少年

 鬼の犯行を偽装したと思しき、人間による暴行事件。

 犯人捕縛の一報を受けた情報屋の少年は、ねこと連れ立って自警団本部(廃墟)に到着した。


 部屋で縛られ転がされている男は、パーティーグッズの付けツノを外す猶予すら貰えなかったらしい。

 鬼たちが周囲で見守る中、男に近づいたねこの鼻がひくりと動く。証拠品に残った匂いも再度確かめて、迷いなく結論を出した。

『うん。こいつで間違いないよ』

「彼で間違いないと言ってます」

 少年が彼女の言葉を翻訳すると、鬼たちの緊張は目に見えてゆるむ。

 嗅覚の鋭い鬼複数が既に同様の判断を下している。ねこの見解が一致したのは駄目押しの決め手だった。裏町存亡の危機が回避できた安堵を噛みしめながら、ほぼ確の下手人を自白させるため鬼たちは気合い入れて元凶の人間を取り囲んだ。

 不穏になってきた空気に身震いする少年に、自警団所属の鬼が声をかける。

「世話になった。報酬の件は言付けてある。金庫番に声をかけてくれ」

「ありがとうございます、……」

 少年は、ちらと犯人を気にした。

 人間の犯罪者が裏街にいても、基本的に自警団は関与しない。自発的に裏街に来るような人間はだいたい犯罪者とも言うが。ともかく——表で犯罪を犯した人間が、裏街に逃げてきたから捕縛した——という稀有な例を、少年は初めて見た。

「……あのひとって、どうなるんでしょうか」

「結論から言えばこちら次第だ」

 警察は、犯人が裏街に逃れた時点で捜索を断念した。

 治外法権の鬼の巣窟で生きて帰れる保証はない。もし犯人の身柄を捜索したい理由があるなら異類対策部と連携して犯人を追うが、そのようなケースは稀だ。大抵は、ほとぼりが冷めたところでしれっと犯人が戻ってくる可能性があるから警戒は怠らない。帰ってこないなら裏街で死んだんだろう。それくらいの温度感だ。

 裏街に逃げた人間の犯罪者は「生死不明」と取り扱われる。

 ただの人間が生き延びられるほど甘くはないと分かっているから。

「現状、引き渡せと要請される可能性を鑑みて自白を取っているが——」


「あなた方の言えたことですかね。鬼になって好き放題、欲望任せに生きてるくせに」

 犯人の男の声が、やけにはっきりと響いた。


 そこにいる誰も、言い返さなかった。

 怒りも悲しみもしない。早口に言葉を重ねていく男を、じっと見ている。

「たしかに私はちょっとやりすぎたかもしれないですよ、はい。失敗続きでむしゃくしゃしてた。ストレスで衝動的に愚かなことをしてしまった……でもあなた方だって、あなた方こそ裏街で『そうやって』生きてる外道でしょう」

 言い訳じみた細さの声が、勢いを増して流暢に。

 興が乗ってきたのか、男はベラベラと自論の開示を続けていく。

「殺して、犯して、奪って。やりたい放題やってる方々に説教なんかされたくないって思うの、普通じゃないですかね。……暴論だって? いや違うね。わかってるでしょう。お前らみんな例外なく、人の道を踏み外したから鬼になった!」

 自身に酔いしれた声は、さながら演説じみた張り。

 寂れた廃墟に朗々とした残響が消えたところで、男は笑顔で鬼たちを見上げた。

「警察の真似事なんかして、なんのおままごとか知りませんけど早く外してくれません? 私はみなさんの仲間ですよ。権利だ倫理だ秩序を守れとうんざりしていたところなんです。一緒に悪いことしましょうよ。自分で言うのもなんですけど、私は優秀な男ですよ」

 男を囲んでいた鬼たちの壁が動く。

 小柄な鬼がひょいと前に出てきて、男を見下ろし尋ねた。

「つまり、裏街に来たいの?」

「ぜひ。ツノはないですけど、仲良くしてください」

「らしいよ。聞いたー?」

 からっとした声は、情報屋の少年に報酬の話をつけた鬼——この件において裁量を持つ鬼——へと向いたもの。


「……聞いた」

「よろしく言っといて?」

「分かった」

 そう言ってため息をついた鬼は、少年を振り向き「帰れ」と急かした。

「引き留めたな。それとも、なにか気になることでも」

「いや。そういうわけではなく——」

 本気で「あれ」を裏街に受け入れる気なのか。

 はぐれものの巣窟だ。鬼の存在さえ許す場所。そこに甘える身で言うのは道理に反しているとは思うのだけれど——鬼を嘲り見下すような人間を、入れる?

 言うまでもなく、表の街への加害意欲を見過ごすのは裏街の御法度だ。なのに自警団は怒っていない。どころか、男の意思を汲みそうな空気すら。

 混乱する少年と、相棒のねこを部屋から出してやりながら——

「別にどうもしない。……裏街に人間が来たら、どうなるか。お前が知ってる通りのことが起こる」

 自警団の鬼は再度、重たい息を吐き出した。



「じゃあ1から」

「3」

「5」

「6」

「20」

「正気か? こんなん呪具にもならねえのに」

「こういうのをわからせたい層がいるんだ。絶対ものに」

「40!」

「……っち、お前か」

「当然だ、いまどき珍しい天然モノのイキリポンチだぞ。あたしのところで輝いてもらう」

「なにが輝くんだよ。臓物か? サンドバッグなら鬼のほうが耐久あるんだからウチに譲れ」

「なぁるほど、深層のお嬢さんは情報に疎いとみえる。……最近いい呪具ができたんだよ。生かさず殺さずってやつだ。この騒ぎで割を食った奴らは多い、大枚はたいても釣りがくるね」

「……これだから浅層のクソガキは。一時の利益に目がくらんで卑しいったらない」

「他に手ぇ上げるやつ……いないなー? じゃ、お前らで決めて。終わり。解散」

 ぱん、ぱん。

 乾いた拍手の音がして、集った鬼たちはおのおの部屋を出ていった。


 一切の説明がされない男ばかりが、置いてけぼりを喰らっている。

「……え。……え?」

「まだ人間扱いしてもらえる気でいたんだ? かわいい脳みそだね」

 男の頭を優しく撫でた鬼が、甘い笑顔でくちづける。

「気が向いたら遊びに行ってあげる」と囁いて、小柄な鬼も、軽やかな足取りで部屋を去った。


 残されたのは言い争う二人の鬼と、哀れな人間の男だけ。

 呆然とした男の体が持ち上がる。腕を片方ずつ掴まれていた。

「大体なんだこの付けツノは。わかってないな。お前の命は脆弱でみじめなヒトの体であってこそ輝くんだぞ」

「クソガキは気に食わないが、その意見には賛成だ。鬼に擬態するだなんて品がない。お前はお前のままで完璧なのだから胸を張るんだ」

 そう言って、二人揃ってにっこり微笑みかける。

「ようこそ裏街へ。お望み通り、仲良くしよう」



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