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日常断片  作者: 藤野 羊
33/40

おめでたい日

氷崎と風見

 薄暗いアパートに、呼び鈴の音が何重にも響いている。

 膝掛けと本に埋もれながら体を起こし、手探りで眼鏡を探す。寝落ちたまま夜になっていたらしい――と、回らない頭が理解する間も鳴り止まない騒音が耳をきんと刺す。

 氷崎ひざきは眉を顰めて立ち上がった。

 裸足で踏みしめたフローリングが体温を奪う。

「よぉすばる! メリークリスマス!」

 ぴかぴかの笑顔が、寝ぼけた頭を眩しくいた。


「……ああ、うん」

 氷崎が迷わず玄関扉を閉める。

 すかさず風見かざみはブーツをねじ込み、扉に挟まれた冬靴から雪塊が落ちた。

「すばる、オレ。オレだってば。勧誘でもセールスでもねえって」

「知ってるよ」

「いや開けてくんね!?」

 わずかな隙間から手が入り、アパートのドアをこじ開ける。設備の破損を案じて抵抗を緩めてしまえば、安普請の扉はあっという間に開け放たれた。

 頭にまで雪を積もらせた風見が、赤らんだ頬のまま歯を見せて笑う。

「その感じ、やっぱカレンダー見てねーな? っぶねー間に合ってよかったぜ。ってことで今からごちそう食うぞ!」

「どの辺りがおめでたい日なの」

「おめでてーじゃんクリスマスだぜ?」

「……じゃあ今日は特別、レンジであっためるだけのご飯にしようか。そういうことで。じゃあね博己ひろき

「待てって痛だだだ」

 風見が再び靴をねじこむ。異物を挟んだ扉がミシリと鳴った。

 これ以上は無理だと諦め、氷崎は「どうぞ」と来客を招き入れた。



「おわ、すげー散らかってる」

「おかまいしないよ。好きにしてね」

「テーブル片付けっからなー。本とかテキトーに……もしかして大学の宿題してた?」

 書類をまとめた風見が、パソコンのスクリーンセーバーに目をとめた。

 周囲の書籍やプリント類は同じ山にまとめつつ、適当に重ねていく。

「うん、レポート課題。メンタルヘルスの講義で出たから」

「教科書ぶ厚くね? 大学生って荷物多いのな」

「それは個人的に買った本だよ。配布資料はこっちのプリント」

「へー! じゃあコレすばるが好きなやつなんだ。ぴーてぃー……えす、」

「厳密には違うけど、トラウマって言えば伝わる? 北支部でもいるよ、その手の事由で退職するひと」

「マジ? そうなんだ。たとえば?」

 ゴミ箱片手に歩き回る風見が、氷崎の講義に相槌を打ちながらゴミの分別を済ます。

「へえ」とか「ほー」とか言いつつも手は止めず、あらかた片付く頃には氷崎の目もだいぶ覚めていた。

「……だいぶ勝手に話してたけど、内容わかる?」

「ぜんぜんわかんね」

「なんで聞いたの」

「や、すばるが難しい話してくれんのすきなんだよなー。オレのこと馬鹿にしないで、全部ちゃんと説明してくれっから」

 片付いたテーブルに、風見が重たい買い物袋を載せた。

「うちにローストチキン四羽いてさぁ」

「なんて?」

「親もねーちゃん達もみーんな同じの買ってきたから。クリスマスなのにケーキは一個もねえの。持ち寄るなら相談しろよな〜」

「博己は別なもの買えたの」

「ポテトとフライドチキン」

「……鶏肉が好きなんだね」

「え。フライドチキンはオヤツじゃね?」

 まるまる太ったローストチキンが、単身用の小ぶりなテーブルに鎮座している。

 どう見積もっても家族で平らげる量では、と予感する氷崎をよそに。風見が箸で器用に骨から身を外し、肉をほぐして皿に盛っていく。

「つーわけで、これオレらで貰っていーって。一羽まるごと!」

 お裾分けというか、ノルマと捉えるべきでは。

 氷崎の頭に様々な言葉が浮かんでは消え、しかしながら「人選ちがうな」の感情だけは揺るぎなくそこにあった。氷崎が知る限り、この程度の鶏を一人でペロリといけそうな顔は何人も思い浮かぶ。なにせ異類対策部など男所帯の戦闘職種。健啖家揃いだ。

 ほぐした肉を電子レンジで温め直しながら考えているところに、風見が付け加える。

「余りゃ冷凍しとくって。おかず一品ぶんラクになるぜ」

「助かる。足挟んでごめんね」

「いま?」

 間の抜けた声に重なって、電子レンジがチンと鳴った。


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