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日常断片  作者: 藤野 羊
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すずめ

棗と雨屋(棗視点)/双方社会人男性

 南では、桜の開花が持て囃されている。

 とはいえこの辺りでは、そんな馬鹿騒ぎもまだ先だろうけれど。


「鳥の声がいたしますね」


 菓子屋の視線の方向には、剪定の気配もない、自生したままに伸びる木が重なり合っている。

 葉の落ちた見た目は貧相で、若芽の膨らみもまだ曖昧。目の賑やかしとも物足りない。今日はやけに天気がいいから、ここらの寝惚けた木も芽吹きの準備を急ぐかもしれない。

 のんきな声が指すのは――おおかた、枝を縫うようにちまちま移動しながらキイキイ鳴く、いやに高い周波数のそれなのだろう。


「耳澄ますほど良いもんなわけ?」

「可愛らしいじゃありませんか」

「春だから盛ってんだろ」

「成程、確かに季節柄ですね。春というのは」


 表情の限り、どうもそいつにとっては「微笑ましい」光景であるらしい。つくづく幸せな頭をしている。

 数羽ならまだしも多過ぎる。付け加えれば、この辺はカラスもやたらと多い。田舎だから――なんてのは今更すぎるし言うだけ無駄だ。

 春だ風流だというより、羽虫が集っている印象がしっくりくる。気持ちが悪い。


 別に時間を急いではいないけれど、こんなしけた道端で立ち止まる理由も無い。

 たかがくさむら、たかが盛りの害鳥――なのに。こいつは。


「そこにいるだろ。まだちんたら探してんの?」


 全く見当はずれの方向を見ているそいつの、ニットの袖を引いてやる。

 日光を吸収していたのか、思いのほか手触りが暖かい。蒸しパンに似た、空気をふくんだ柔らかさに、指がふかりと沈んだ。

 見るからに薄い体躯は簡単に引っ張れる。ぼやき混じりに抵抗しているのか分からないが、あるもないもさして変わりはしない。

 耳障りにも楽しげな鳥たちは、普段の警戒心は嘘みたいに飛び立つ素振りすら見せなかった。


「目の前の木に紛れてんだろ。どう見ても木の枝じゃない毛玉が」

「目の前、……棗さんの目の前ですか?」


 僕と菓子屋の目線は、さして変わらない。

 丁度よく掴んでくださいと言わんばかりに目の前にふらつく白髪頭を、丁度よく両手で、


「あ痛」


 知るか。さっさと見ろ愚図。


「ほら、そこ」


 忙しなかった視線が動きを止めて、瞳が大きく開いた。

 いましたと菓子屋が囁く。声色が弾んで、小さな笑い声までオマケについてきた。

 頭を固定していた手を離しても、腰にきそうな妙な体勢のまま観察を続けている。傍から見てかなり間抜けだ。気付いていないんだろう。頬を緩める表情も、かなり気合の入ったアホ面だった。

 まあ、仕方が無いのかも知れないけど。


「木に、楽しいかたちの果実がなってるみたいですね」

「……その比喩の対象、風情もへったくれもない『盛りのついた鳥』だってこと考えてから喋れば?」

「あれ、ご気分を害しました?」

「馬鹿らしすぎてどうでもいい」


 何せもうすぐ、春が来るのだ。


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