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日常断片  作者: 藤野 羊
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ひとつ

和泉と相良(和泉視点)/ 兄と妹の双子

 俺達が昔からやっていた遊び。

 部屋を暗くして、目を瞑って、向かい合ったお互いを抱きしめあって動きを止める。たったそれだけ。


「どれが俺の手なのか、足なのか、分かんなくなってくるね」

「兄さんの背中にあるのは私の左手ですよ」

「えっ、これ俺のじゃない!?」

「お腹まさぐらないで下さい。それは兄さんのお腹じゃありません」

「……ほんとだ。これ相良のだった」

 お風呂場に響くのは、全く同じ音程の声音。淡々と落ち着いた相良のアルトと、少し浮かれて弾んだ調子のアルト。

 俺達はたまに、くっついたままお風呂に入る。電気は消しているから瞼の裏側は暗い。でも、相良の肌がすべすべで柔らかいことはよくわかった。あったかくて、いい匂いがして、触れ合っているのが心地いい。

 水音を立てず、必要以上に身体を動かさないように。静かに身を委ねあう。

 段々と――相手の手が、足が。自分のもののように錯覚する。自分の手は、別な誰かの意思が通う肉のように感じてくる。お湯に揺蕩う手足も、相手とくっついた皮膚も。じっと動かないままでいると「それに触れている」事実が、刺激として、感覚として、新しく頭に流れてこないから、だろうか。難しく考えたことはないし、俺には分からない。

 自分から確かめる意図で身体を動かすまでは、それはただの、ひとかたまりの「もの」になる。そう感じる瞬間が大好きだった。

「このまま俺達、『ひとり』になれたら素敵だね」

「……馬鹿なことを言うのはやめてください。縁起でもない」

「どうして? それに、簡単だよ」

 もっともっと、どこまでも。このお湯も入り込めないくらい、ぴったりとくっついてしまえばいい。なんにも難しい事じゃない。隙間をなくしてしまうだけでいいんだから。

「誰にも切り離せないように、ほんとのひとつになれたらさ。俺が相良で、相良が俺だもん。何だって出来るし、何も怖くない」

 もう二度と、何を間違えたって、離ればなれになんかならない。


「……私は貴方が怖いですけれど。兄さん」

「分からない振りは、ずるいよ。相良」

 声が何時もより低くて、掠れてる。『なにか』、言葉を飲み込んだ空白も。

 駄目だよ相良。俺、そういうのだいたい解っちゃうんだから。相良の声ならなおさら、読み違えるほうが難しい。

「相良はとっくに気付いてる。俺と同じ気持ちになった。気付いたから、あわてて目を逸らしたんでしょ」

 境目が、なくなっていく心地がした。

 比喩なんかじゃない。『その通り』だった。少し速かった相良の鼓動が俺と同期していく。肌の触れ合うさかいからお湯が追い出されて、ひたりと密着する。細かな神経のその先まで、この温い水に融け合っていく。

 何もかもひとつに、統べてしまえる。


「わ、っ」


 ぱしゃん、と。水音が響いた。

 俺は俺で、相良は相良のままだった。俺から身体を離した相良は、金色をした大きな瞳に軽い呆れを含ませる。真っ白な指がお風呂のへりを掴んで、タオルを取ってお湯から抜け出した。

 ぺたぺた、水を纏う足音が聴こえる。

「のぼせる前に上がってくださいね、兄さん」

 外の冷気が入ってきて、お風呂場に明かりが戻った。相良がスイッチをつけたんだろう。

 眩しさに目を瞑って、俺はそのまま、息ができるぎりぎりまで身体をお湯に沈めた。


「良い考えだと思うんだけどなあ」

 お湯は、だいぶ冷めてしまっていた。


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