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日常断片  作者: 藤野 羊
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かなわないな

音羽と蒼(蒼視点)

「なぁ、相棒。良い夜だ。雪でも愛でに行かないか?」


 ――そういうの、外気温を見てから言ってほしい。


 北国。深夜。晴天で積雪は山盛り。

 ホテルの部屋は暖かいけれど、暖房が止まる気配は無い。たぶん、温めたそばから冷えるから止まれないんだ。つまり寒い。

 ただ、この歌姫様は、猫のように気分屋だった。


 “雪が見たくなったから”。

 そんな思いつきひとつで、簡単にひとのことを連れ出す。考えなしで飛び出すだけだ。準備も無ければ後先だって考えていない。そういう現実的な手配を、要領の悪い頭でうんうん唸りながら頑張るのが、悲しいかな俺の役目だった。


 俺も振り回されることを喜んでしまう辺り、彼女に劣らない大馬鹿で、もう惚れた弱みってやつなんだろうけど。


「……いいよ、分かったよ。だから音羽、せめてコート着て……、」


 ――いない。


「ふふ、寒いな」

「当たり前!!」


 冬の夜は、晴れている方が寒い。雲が無いぶん、熱が逃げるから。

 ホテルのフロントを出てすぐ、駐車場の植込みの側で白煙を吐いて笑っていた。肩と胸元がざっくり開いたステージ衣装のまま。さらさらした薄いショールを羽織るだけ。

 持ってきた防寒着を被せて、やわらかいマフラーでぐるぐる巻きにする。寒いうえ目のやり場に困るから、本当に勘弁して欲しい。


「気が利くな、ありがとう。流石は僕の相棒だ」

「……世話係でマネージャー。歌姫の健康管理なんか、最たる仕事なのな」


 うっかり風邪でも引いて、喉なんか痛めたら。

 ……とても考えたくない。舞台が幾つ駄目になって、他に詰まりきっている予定もどれだけ延期になるのか。想像もできないほど多忙な合間を縫って、海外から来るトンデモな友人が山ほど居て――延期とか無理だ。キャンセルになる。

 後処理とスケジュール管理を想像するだけで簡単に胃がねじ切れる。早々に小さなくしゃみが聞こえて、なんとも情けない悲鳴が出てしまった。


「もぉ~~馬鹿あ~~……ほら早く戻って、」

「なあ、相棒」


 植込みの枝に積もる雪は、生クリームのようにとろけた見た目で、ずっしりと重みを課している。わりに、音羽の指が掬ったそばから、口に含んだ綿菓子よりも早く溶けていった。


「僕がこれを、“冷たい”と感じなくなる時、というのは……要は俺が、この雪と、同じ温度になっているわけだな」

「は? そりゃまぁ、そうかもしれ――……今、なんて?」

「いやぁ、なに」


 細い指が、マフラーを解いていた。ひとかたまりに投げつけられて、一瞬前が見えなくなる。

 コートを脱いだ――舞台上の演技みたいに、芝居がかったあしらいをして、身体に巻き付ける。ひらりと布が踊る。長い黒髪が絡んで、衣装までもが音羽の身体の一部のように錯覚する。

 金色の瞳が俺を捕らえて、笑んだ。


「いつまでも、此処に居てみたくなってきた――と、言ったら。どうする?」


 雪と同じくらい真っ白な肌が、景色に溶けていく。

 藍色のドレスは夜の色。星が散る柔らかい空が白い脚を包んで、もっと暗いところへ、音羽が連れて行かれてしまいそうだった。

「な」「音羽」「何言っ」「そんなの」

 俺の前から、この世から。いなくなるみたいな――


「……やめて、くれってば……」


 お前が一緒につめたくなりたいと言うなら、きっと俺は拒めないよ。

 でも俺は、お前のことを美しい氷像にしたいんじゃないんだ。貧血気味で低血圧で、寒がりな身体を暖めたい。脈打つ鼓動に安心したい。くるくると要求が変わる、気まぐれな我儘をきいていたい。

 音羽が俺を隣に置いてくれる限り、ずっと一緒に笑っていたいんだ。


「ふふ、冗談だよ。……とは言え、やり過ぎだったか。ごめんな?」


 しゃがみ込んだ俺のそばで、音羽がこっちを覗き込んでいた。猫でも愛でるみたいに、両手でぐしゃぐしゃと頭を撫でる。後ろで束ねている髪がどんどんほつれていくのがわかった。変に引っ張られて痛い。何本か抜けてる。

 そうやって喉をくすぐったって、俺はゴロゴロ言わないんだからな。ばか。


あお。部屋で温かいココアが飲みたいな」

「……何杯飲む。五、いや、六?」

「分かった、分かった。僕がふざけ過ぎた。やり過ぎたよ。許して欲しい」

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