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日常断片  作者: 藤野 羊
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一飯の義理

冬部と棗(冬部視点)

「べ、……なんつった?」

「エッグベネディクト」

 目の前の幼馴染がエプロンを締めている理由が分からない。


 唐突になつめの自宅へ呼び出された冬部ふゆべは、到着早々に証人を頼まれた。

 曰く。これから料理を作るから不正がないか見ていろ、とのことらしい。

「この手のこと菓子屋に頼むと、あいつに作らせたんだろとか言い掛かり付けられるからね。あのテキトーヒモ野郎こういう時に信用無いから」

「信用ねえのは雨屋じゃなくテメェだろ」

 経緯を聞けば、喫茶店で紫乃や店主と話をした――との注釈が入る。特に現在に繋がる意図が見えないので、まだ冬部は聞きに徹した。

 尊大な声色が迷わず言い切る。


「愛人野郎が作れるものを、僕に作れないわけないだろうが」

 紫乃からどう乗せられたのか手に取るように分かった。


「……陽。お前な、紫乃の挑発に乗るのやめろ。煽られてるの分かってんだろ」

「別に乗せられてない。いわれのない無能認定が間違いだって解らせてやるだけ」

 言いつつ、沸騰した鍋を開ける。菜箸で湯をかき回したかと思えば、渦の中心へ生卵をそっと落とした。

 キッチンタイマーをつけた棗が、慎重に火加減を調節している。

さくもさぁ、料理までいかなくても包丁は満足に扱えた方がいいんじゃない? 前に爺さん、いつまでたっても進歩ねえって嘆いてたけど」

「……俺の心配よりまず、てめぇの家族を安心させてやれ。手紙も返せ。晃一さんが」

「ふぅん、そう。幼馴染さしおいて、外面のいいストーカーの肩持つんだ」

「あのなぁ……心配されてるだけだろ。返事があるだけで元気な証だから内容は白紙でもいいとまで譲歩されて恥ずかしくねぇのか」

「家出るとき交わした契約には入ってない」

 宛先不明で返送されないなら住所あることは分かるだのと言い始める。

 意地張るのやめろと言いかけた口が、棗が引き揚げた加熱後卵を目にして固まる。

「朔、そこの皿とって。卵よせとくから」

「……卵って、こんな形に固まんのか」

「……本気で山猿認定しそうになるからそれ以上ボケるのやめとけよ。忠告したからな」

「これが……べね、」

「それはポーチドエッグ。これ使ってエッグベネディクトを作る」

 なるほどわからん。

 傍観に徹することを決めた矢先、市販のマフィン(四つ入)を袋ごと押し付けられる。真意を尋ねる前に指示が飛んだ。

「マフィン割って焼き目つけといて」

「……俺が触って大丈夫か?」

「パンは焼けたろ、やること一緒。お前の分も作ってんだから少しは手伝え」

「へんなとこ律儀だよなお前」

「僕が感謝してるとか勘違いしてる? ポーチドエッグの試行回数増やしたいから余分な胃袋が欲しかっただけだよ」

「素直に礼したら死ぬのかテメェは」

 残飯処理をさせたいだけなら、わざわざ綺麗な皿に盛りつける必要は皆無だが。回りくどい天邪鬼の言い分はのんでやることにする。

 目下の心配は、手元のやわらかいパンを潰さずに割り開けるかということで――呼吸を整えて力を加えると、元から入っていた切れ目に沿って、やわらかい生地がぱくりと開いた。

「……よし、」

「よくできたねーじょうずじょうず」

「うるせえな黙っとけ」

 腹が立ったので、内心の安堵は頑として隠した。

 鍋前に陣取る棗の横から、冬部がコンロにフライパンのせて熱する。鋭い眼光でマフィンを睨んだ。

 この面倒くさい見栄っ張りの面目を潰さないよう、マフィンは無事に焼いてやろう。


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