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日常断片  作者: 藤野 羊
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しろくてまるい

棗と雨屋(棗視点)

 秋の夜長、中秋の名月。そのように銘打たれた月夜は、いささか期待できそうにない。

 数日にわたり天気予報を覆す雨が、辺りを灰色におおっている。さらさらとした薄靄に似た細い雨粒。梅雨よりも息苦しさを感じないのは、気温がぐっと低くなったせいだろうか。

 体温を奪う冷気を纏った、秋の長雨が降りしきる。重い雲がどよりと立ち込め朝も昼も薄暗い。


 頭上に携えた黒い傘が、ただでさえ不良な視界を覆う。音がくぐもる。雨粒の弾ける音は、周りの音を一層に聞き取りづらくしていた。

 だから雨の日というのは。ことに、誰もがひとりきりで外界から隔絶されているかのような心地になる。


――僕の場合は連れがいるから“ふたりきり”か。


 棗の腕時計の盤面は、現時刻が夕方であることを示している。

 その横から、細い長身を折り畳むように時計を覗き込む彼が、ぱっとしない雨模様の道連れだ。

 すいと視界からはずれた白髪頭を横目で見て、棗は視線を正面に戻した。


「随分と、しけた夕暮れがあったもんだ」

「左様ですね。ここ最近、お天道様を拝めていない気がいたします」


 姓に雨を冠する連れは、特に雨が好きというわけではないらしい。

「朝なのか夜なのか、取り違えてしまいそうになりませんか?」と、冗談で発しているつもりでもなさそうな声音が水の向こうから聞こえる。


「折角の十五夜だというのに、残念ですね」

「へぇ。君、風流とか気にするタマだっけ。それともあれ? 食い道楽の一環?」

「幾ら何でもあんまりでは……?」


 食い道楽というよりは“食わせ道楽”という感じだけれど。

 十五夜にかこつけて――『月のように丸ければいいんですよ』とか屁理屈をこねつつ、うさぎと丸のクッキーを作って配っていたはずだ。それが確か、去年の話。


「雅な先人が“名月”とまで銘打ったんです。どれほどのものか、お目にかかりたくありませんか?」

「ふぅん。じゃ、日本酒」

「道楽はお互い様ですよ。ちょうど在庫がありませんから買いにいきましょう」

「君、酒にこだわり無かったよね? 僕が選ぶ」

「ええ。ご随意に」


 水の波紋が広がって消えるばかりの足下が、突然きらきらと光り始めた。


 舗装されたアスファルトのざらつきが、反射光の模様として浮かび上がっている。

 脈絡のない変化の原因は、自分で確かめるよりも早く――隣の男が空を見上げ、表情を明るくしたことで思い知る。


「あちらから先、すっかり晴れていますね」


 遠くの空の雨雲が、すっぱり両断されている。

 雲の切れた先が、雨上がりの空模様へと変わっていた。


 分厚い雲が断ち切られた真一文字の境界は、もう少し歩いた先だ。

 久しぶりに顔を見せた陽の光はとうに夕暮れ。薄闇がぼんやりと明るみ、曇り空の灰色に似た藍色がうすく引かれた雲には、ところどころ夕焼けの紅がさしていた。

 残念ながら未だここは、雨雲の下であるのだけれど。

 眼前の景色は雲が切れて眩しいのに、未だ雨粒に打たれているのも妙な気分だ。


 じき雨は上がるだろう。気の早い雨屋は傘を畳んでいた。

 そう暫くしないうち、もう一つの傘も閉じる。


 広く、高くなった空に、なにものにも遮られない声が弾んだ。


「たまにはきちんと世俗に則り、お団子というのも。いかがでしょう?」


――結局お前、月より団子なんだろ。別にいいけど。



「では、そちらの材料は私が選ばせていただきますね」

「……粉って違いある?」

「勿論、ございますよ。とくべつ私の気に入っているお粉がありまして、そちらをと……あ、こればかりは棗さんが異を唱えようとも、徹底抗戦する構えですよ」

「一人で勝手にやってろアホ」

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