喜ばしくない波動
「お嬢ちゃん。今の自分の身の回りに、うれしいことといやなこと、どっちが多い?」
「いやなこと!」
おもわず、即答してしまった。
男性が、やんわりとほほえむ。
「なら、お嬢ちゃんからは、喜ばしくない波動が出てるんだな」
直感の次は、波動か。
波動教──そちらの方が、何やらうさんくさい気がする。
手とかかざすんだろう、きっと。
それは、波動ではなく、気功、だったかもしれないが。
とにかく、目に見えないものの話には、うさんくささがつきまとう。
「波動って、バイブレーションな。宇宙に存在するあらゆるものは、目に見えるものも、目に見えないものも、すべて素粒子のレベルで振動していて波動を生みだしている、と言われている。振動する素粒子を結びつけてる力が──ええと、何だったか」
ちら、と視線を送られた青年が、口を開く。
「電磁気力、強い力と弱い力」
「そうそう。とにかく、そういう力が働いてあらゆる原子を生みだしてるわけだけど。目に見えるものの振動は大きく、波動が荒々しい。目に見えないものは振動が細かく、波動はソフトでおだやかなんだと」
宇宙だ、素粒子だと言われると、なにやら科学っぽい。
いいや、あやしい宗教の騙しの手口だ、とサユリは自分に言い聞かせた。
「まあ、目に見えないものは、見えないんだから、感じるしかない。電気とか、電波とか、光線とか、目に見えないものもだいぶ使えるようにはなってきてるが。人類は、進歩してるよな」
「はあ……」
「脳波も、眠っているときやリラックスしてるときはゆっくりでおだやか、ストレスがあってイライラしてるときほど速くて荒れてるって言う。そういうものらしい」
「は、あ……」
脳波まで、出てきた。
サヤカの知識では、真偽は不明だ。
ただ、そういえば気が荒い、とか荒っぽいとか、荒いということばに歓迎されるニュアンスはないな、とおもう。
一方で、上質といえば細かい、上品といえばおだやか、などということばが浮かぶな、ともおもう。
そういうものらしい、と言われれば、たしかにそんな気がする。
で──
自分が、いったいどちらの波動を出している、と言われているのか。
サユリは、聞かなくてもわかってしまう。
細かく、静かで、上品なわけがない。
何もかもブチ壊したいほど、できればいっそこの社会や地球ごと壊してしまいたいほど、荒々しい気分でいたからだ。
この店に来てからも、わびしいきもちは消えなかった。
ただ、気分はすこしは落ち着いたかもしれない。
都会でひとり無職、無所属でいるのは、誰にも会いたくないほど孤独だった。
けれど、地方のこのさびれた街では、華やかで羨ましくなる雰囲気そのものがないのだ。
みんな、無職より少しだけマシな生活を、細々と続けている気がする。
都会には明確に、勝ち組と負け組がいたが、ここには負け組しかいない。
それはさみしいことなのかもしれないが、自分にも深く息を吸うことができた。
息をする資格くらいあるのだと、深く慰められた。