石器時代
しかし、仏壇と『喜び』にどんな関係があるのか、さっぱりわからない。
さっき、青年は黒檀の仏壇を「かっこいい」と言っていた。
けれど、かっこいいものが欲しいのなら、世の中にはもっと安くてはるかに役に立ってずっとずっとかっこいいものが、他にいくらでもある。
わざわざワンルームの部屋にこんな邪魔なものを置いて、何が喜ばしいのか。
もし彼に恋人でもいたとしたら、そんなお金があるなら海外旅行にでも連れて行ってよ、と言うにちがいない。
いや、見るなり激怒して、別れ話に発展するところまで、目に浮かぶようだ。
おなじ役に立たなくて高価な物なら、まだ絵画か何かの方が、きれいだし、場所も取らない。
仏壇を買えば恋人ができるヨー、などとそそのかされているのだろうか。
でも、そんなもの買わなくても、無職でいいなら、サユリが立候補したいくらいだ。
どう見ても、彼と自分とでは釣り合わない、とおもうが。
それに、師匠だか何だか知らないけれど、他人に言われるがままに仏壇なんかに大金を払う男など、まず御免だ。
ひょっとしたら、百万や二百万が大金にはおもえないほど稼ぎのいい男──という可能性もなくはないが、そんな男が、こんな地方の、個人経営の、ちっぽけな古くさい店になど立ち寄るわけがない。
いかに時代後れな業種とは言え、都会にだって仏壇屋くらいあるだろうに。
「ところで、お嬢ちゃん」
「ハッ、ハイ?」
とっさに気をつけをすれば、おかしそうに笑われる。
お嬢ちゃん、という呼び方に返事をしても許される年齢なのかは疑問だが、サユリを呼んでいることだけは間違いない。
「おもいっきり、仏壇なんか買ってどうするの、って顔に書いてあるんだけど……」
ぎくっ、としたが、顔に書いてある、と言われては仕方がない。
そうおもっているのは、紛れもない事実だ。
「──どなたか、ご家族がお亡くなりに?」
「はあ。そりゃ、遡れば、どなたかは死んでるだろうな。江戸時代だろうが、石器時代だろうが、つながってなきゃ生まれてきてないからな」
たしかにそうだが。
からかわれているのだろうか。
石器時代はおろか、江戸時代だって、ふつう自分の先祖としては拝まないにちがいない。
由緒正しき旧家、とかならともかく。
その可能性もあるが、それなら本家とかいう蔵があるようなお屋敷で、人が入れるような立派な仏壇を祀っていることだろう。