無垢の黒檀
「どうでしょう」
「うん、立派な仏壇だな。いいんじゃねーの。ちょっと、触っていい?」
「えっ、は、ハイ」
男性の視線にぶんぶんとうなずき返せば、戸を表裏見ながら開き、引き抜いた引き出しをこんこんと叩く。
「重いぞ。無垢の黒檀かな。仕立てもいいし、年季も入ってそうだから、きっと国産だとおもうけど……まあ、いつ、どこでできたかが、問題なわけじゃない」
男性のことばに、ハイ、と青年が神妙に応じる。
何かの、あやしい新興宗教だろうか、とサユリはハタとおもい至った。
でも、それならば、何の関係もない店に来て仏壇を買わせて、いったい何の得になるのだろう。
「重いって、どのくらい? うち、ワンルームだけど、床抜けませんか?」
「わ…………」
ワンルーム!?
そうおもわず、サユリは叫びそうになった。
ワンルームに住む若者に、こんな巨大な仏壇を売りつけようだなんて、異常だ!
だって、ぜったいに、必要ないだろう。
仮に、家族の誰かが亡くなったにしても、だ。
すべてがデジタル化されているこの科学の時代に、神だ仏だなんて、時代錯誤だとしかおもえない。
それはぜったい、あやしい宗教だ、とサユリは言いたかった。
男性が、ふふっ、と笑う。
年齢からすればはっとするような魅力的な笑みだったが、見様によっては詐欺師的に、見えなくもない。
「おまえが直感で選んだなら、まちがいはない。玄関だってちゃんと通るし、重量オーバーにだってならずに、ちゃんと納まるよ」
大丈夫、とやけに自信タップリに言う。
おどろくのは、一分の疑いも抱いていないようにうなずく青年に、だ。
賢そうに見えて、実はサユリよりもバカなのだろうか。
サユリが損をするわけではまったくないのだが、にこにこ笑って彼にこんな高価な仏壇を売りつけるのは、良心がとがめる。
祖父がいるときに出直してくださいと、とにかく追い返した方がいいかもしれない。
サユリが考え込んでいる間も、男性は青年に向かって話をつづける。
「俺にいろいろおしえてくれた人がな、昔、こっちの方が品質が良くてお買い得ですーって店員にすすめられた仏壇を買ったんだと。いざ、配達してもらったら廊下でドアにつっかえてどうしても通らなくて、最初に自分がいいとおもったやつに取り替えてもらって、無駄な手間がかかった上に、返ってくるはずの差額が手数料と二度目の配達料に消えて、大失敗だったって言ってたよ」
「うわ、ひさん……」
「しかもな。いつも通る道に仏壇屋があるって知ってたのに、たまたま広告が入ってるのを見て、そっちの店の方が安売りしててお得そうだ、と頭で考えて行ったんだと。で、買ったあとに、その通りがかりの仏壇屋の方にちょっとした道具を買いに行ってみたら、線香とかセール品だった小物以外、そっちの方が全般的にはあきらかに安かったんだってよ」
聞いていたサユリも、あーあ、とおもった。
広告に釣られて行ったスーパーで食材がそろわず、別のスーパーにも買いに行ったら、重いのにひーひー抱えてきたキャベツやらかぼちゃやらがずっと安くてどっと疲れた、なんて経験なら身におぼえがある。
野菜なら、百円そこらのちがいだから、すぐに忘れもできるが。