師匠と弟子
「ちょっと、お仏壇、見せてもらえる?」
そう、五十代とおぼしき男性に言われたとき、サユリは笑顔でどうぞ、と応じながら、内心縮み上がった。
例によって、母はいない。
いても役に立つとはおもえないが、いてくれれば責任は押しつけられる。
仏壇なんか売れっこないって言ったじゃん、とサユリは心の中で母を罵った。
そして、はたと気づく。
見せてくれ、と言ったのだ。
買いに来たとは、ひと言も言っていない。
ということは、売らなくてもいいということではないか。
ついでに言えば、買わずに帰ったからって、留守をしていた母にとっても、祖父にとっても、彼らは来なかったのと、おなじこと。
お客さんをみすみす逃した責任、もべつに追及されずに済む。
なーんだ、とサユリはホッと息をついた。
店内を一望した男性が、まるでサユリの内心の葛藤を聞いていたように、ふっ、と笑う。
「お嬢ちゃん、店番?」
「は、はい。祖父は、今週、所用で留守をしています」
「そうか。まあ、おまえが気に入るのを選べばいいだけだから、いいな」
振り返られた青年が、真面目な顔で、ハイ、とうなずいた。
親子、ではないらしい。
どちらかと言えば、義理の父、とかそういう改まった関係におもえる。
ふたりは、ゆっくりと店内の仏壇を見てまわる。
母の見よう見まねで、仏壇にはざーっとハタキをかけただけだったサユリは、ふたりを遠巻きに見ていることしかできない。
商品にホコリがしてる、などと叱られたらどうしよう、と気が気ではなかった。
「なるほどなー」
何がなるほどなんだろうか、とおもうが、怒っている顔ではない。
男性は、終始、おもしろそうな笑みをたたえている。
「どうですか、師匠?」
と青年が訊いた。
師匠っ、とサユリはおどろく。
師匠と弟子、なんて今時どこの業界になら存在するのだろうか。
「いい仏壇があるな。でも、俺に訊くなよ。おまえはどうなんだ」
「……黒いやつが、かっこいいかな」
「黒? 中が、キンキラの、こういうの?」
それは金仏壇です、浄土真宗用です、とサユリは心の中で返した。
青年が、首を振る。
「じゃなくて、こっちの」
黒に茶の木目が入った唐木仏壇を青年は指さした。
値札には黒檀と書かれている。
台に戸袋がついた、背の高い直置きの堂々とした仏壇だ。
こんなのを置くって、どんな田舎の和風邸宅なんだろう、とサユリでさえあっけにとられてしまう。
これだけ仏壇があるとさすがに見慣れてくるが、自分の住む実家のマンションにこんな巨大な置物があったらとおもうと、ぞっとする。
冷蔵庫やテレビや洗濯機ならいざしらず、何の役にも立たないのだ。