悪しき習慣
探しだした名刺を、いちおう二枚持って戻ると、男性が店のいちばん奥に置かれた、いちばん大きな金仏壇にじっと見入っていた。
「これ、いいな。すごいなー。これが、どこにでもある新車一台の値段で買えるって、あぜんとするな。いったい、どんなやつが買って行くんだろう?」
「………………」
買って行くもなにも、仕入れてこの方、売れていないからここにあるのだ。
しかし、そう言われると、誰かがひょっこりと買いに来そうな気もしてくる。
「まあ、土地によっては今でも、こういう仏壇を買うのが今ある子孫たるもののつとめ、みたいなところもあるのかな。日本ってな、高次なものと、ごく低次な精神の縛りとが、かならずといっていいほどセットで存在してるんだ。見方を変えれば、高次なものに囲まれているからこそ、人間を常識ってやつでがんじがらめに縛ってないと、国や組織として支配ができなかった、ってことかもしれないけど」
「高次なもの……?」
「そう。外国人が来て、アメージング、とか言って住みついてるだろう。自然とか、神社仏閣だけじゃなくて、高次な発明品が大衆レベルでまでごろごろしてるわけだよ。世界一豊か、というのも嘘じゃない。なのに──」
男性はことばを切ると、サユリに体ごと向き直った。
「日本人の自己評価や満足度はどうしてっ、て叫びたくなるほど低いんだよな。どこがダメだとか、何が足りないだとか、極めて低次で、宇宙の真理を否定する方向にばかり意識を向ける。悪しき習慣だ、ってみんなそろそろ気づいてるはずなんだけどな。まあ、気づきだしたら、一気にこの国は変わるだろうけど」
「変わる?」
「変わるよ。お嬢ちゃんは、どんなふうに変わって欲しい? よーく考えてみな。こう変わったらいいなっておもう、結果の方を考えるんだぞ。自分のことでも、まわりのことでも、考えるのはいつも、どんなふうに変わるとうれしいか、だ。夢がある方だ。それ以外は考えなくっていい」
胸が、震えた。
どうして無職になってしまったのか、ではなく。
自分の何が悪かったのか、でもなく。
今度はどんな仕事に就きたいか、自分はどんな世界で生きたいのか、そちらを考えろと言うのか。
そんな無責任なことを考えていて、許されるのだろうか。
「いつだって、夢を見るな、なんてのは支配したい人間のことばだ。バカだ、なんてことばに惑わされるな。低次なお利口さんで、いいことなんて何もない。こんなはずじゃなかったって言いながら、未練たらたら死んでいくことになっちまう。まあ、死ねば仏、じゃないけどみんな悟れるわけだよ。自分が、ほんとうはどう生きれば良かったのか、な。死んで悟りたいか、生きているうちに悟りたいか、好き好きと言えば好き好きだけど。死んでから悟って、しまった、とおもってもう一回人生をやってたりするわけだから。今度は、生きてる内に悟っちまえ、と俺はおもうよ」
そう言って、男性はにんまりとほほえんだ。
彼は、サユリでも悟れるとおもっているらしい。
いったい、この男性は何者なのか。
さっき、どこか外国の名前を口にしていたような気がするけれど、ぱっと見、身形のいいふつうの日本人のオジサンだ。




