店番開始
ファーストフード店での仕事は、とにかくマニュアルさえおぼえてしまえば毎日そこにいるだけでお金がもらえた。
たまには座ってできるデスクワークとやらにもあこがれたけれど、一から新しい仕事をおぼえるのはおっくうで。
高校生のときにはじめたバイトをそのまま、フルタイムの仕事にしたくらいだ。
いつか変化が起こるはず、とおもいながらおなじ職場で十年──
景気だか何だかしらないけれど、変化は、仕事を失う、という形で現れた。
現状維持の十年で、わずかばかりの貯金と引き替えに、若さと希望と意欲を失っていることに気がついた。
気づいたところで、失ったものは戻らない。
ファーストフード店のマニュアル化された仕事など、ロボットにでもやらせていればよかったのだ、とおもった。
そうおもって、……がくぜんとした。
自分は、ロボットとして、生きていた──
仕事を失わなければ、あと十年でも、二十年でも、おなじように生きていたのだろう。
それは、おそろしいことだった。
仕事をしている間は気づけなかったところが、心底、おそろしかった。
でも、今さら、気づいたところで何ができるというのか。
もはや、落ちるところまで落ちてしまった、言わば、負け組。
自分たちを踏みつけて、どこかの一部のお金持ちだけが、きっと贅沢な生活を送っている。
一発逆転なんて、起こらない。
一生、心のないロボットのほうがまだマシだ、とおもえる人生を送っていくのだ。
真剣に考えている今後のビジョンとは、つまりはそんなお先まっ暗なシミュレーションばかりだった。
「…………まぁ、役に立たないとはおもうけど、ついて行くだけなら」
環境を変えれば、気分転換くらいにはなると、まんまと母の誘いにのってはみたが。
ひさしぶりに故郷に帰った母ときたら、店番はサユリに任せ、かつての友人知人を訪ねては、店を空けっぱなしだった。
旅に出る前の祖父に、「このへんがカミサマ、このへんはぜんぶ仏具」などというざっくりとした説明を受けただけで、ひとりで店番をさせられることにおののいたのは、初日だけ。
ここ数日のあいだに売れたものは、湯飲み、線香、ローソクに、カミサマ用のナゾの焼き物、そのくらい。
乞われた説明は、店主はどうしたの、その一択で、商品がある場所もお客さんの方がよくわかっている。
商品にはだいたい値段がついているので、サユリはその金額をもらい、商品を包装して渡すだけで良かった。
ときには、包装さえいらないと言われる始末だ。
あんまりひまなので、カタログなんかを眺めていて、どんな宗派があるのかも、宗派の紋も、仏像のちがいも、わかるようになってきたという。
しかし、そんな知識が今後、何の役に立つのかわからない。
スーツの男性の二人連れ、というめずらしい客が店にやって来たのは、そんなある日の夕刻のことだった。