無償の愛
「ただ、これにはちょっとばかし、愛が必要だな。愛とは、あなたの喜びはわたしの喜び、だとか言うだろ。愛のない人間には、このすいすい上昇は、まずできない。まあ、できるようになったら、それは上昇した、と言えるわけだが」
愛とは、あなたの喜びはわたしの喜び──
背筋が、震えた。
どちらが損したとか、得したとか、同じだけ返せだとか、人間関係に利害を持ち込むサユリには、まったく異次元におもえることばだ。
無償の愛、なんて、ことばだけは知っている。
でも、ただのきれいごとだとおもっていた。
できるとしたら、それはもはや人間ではない、と。
無償とは、ただで与える自己犠牲だとおもっていたから。
与えるばかりで何も受け取れないのだと、思い込んでいた。
誰かの喜びで、自分が喜べるだなんて、そんな発想自体がなかった。
なかった自分に、がくぜんとする。
他人に振る舞うというなら、プレゼントをした経験くらいはある。
けれど、お返しがあるとおもうから、贈るのだ。
相手が喜んでくれたらうれしいけれど、それだけで十分で、お返しなどなくてもいいのだとはおもえない。
エスカレーターには、乗ったのだろう。
でも、自分の足は止めてしまっていた。
いや、エスカレーターに乗るのでさえ、ためらって老人のようなおどおどした足取りだったにちがいない。
軽やかな足取りでぴょんと飛び乗り、駆け上がっていってしまう人間を、うらやましく、ねたましく、うとましく、おもっていた気さえする。
自分の『喜び』にさえ惜しむ金を、他人のために喜々と出せるはずがない。
出せないから、いくら喜んでくれても、『喜び』には感じられないのだ。
どうすれば、それが変わるというのだろう。
できるようになったら、それは上昇した、と言えるわけだが──
男性はそう言った。
それなら、上昇すればいいのだ。
上昇、するしかないのだ。
一歩ずつでもいいから、地道に、こつこつと。
でも、いちばんの近道も、あるという。
そこに、手を出したくなるきもちも、わかりかけた。
だって、エスカレーターをすいすいとのぼるより、さらに速いと言うのだ。




