階段とエスカレーター
「さっき、御利益を求めて拝むのは間違いだって言ったろ? じゃあ、仏壇を祀って、何をすればいいんだとおもう?」
「…………貢ぐ?」
口にしてから、さっき、そんな単語を耳にしたな、とサユリは考えた。
男性が、ふふっと魅力的にほほえむ。
「そう、貢ぐんだ。目に見えない、いわゆる精神体とかエーテル体と言われるものに、高次な波動を振る舞って、精神的な交流をする」
「は、あ……」
「ちなみに、いちばんかんたんな方法は、自分自身に振る舞うことだな。自分が『喜び』を感じるものを、自分に与えて、『喜び』を味わわせてやるんだ」
あ、それならできそう、とサユリはおもった。
心を読んだように、男性がうなずく。
「これはまあ、誰にでもできる。階段を一歩一歩のぼるようなものだけど、確実に上昇はしていく。敵は、出ていく金を惜しむきもち、くらいだろうな」
ぎくり、とした。
つい先日だって、祖父母が出かけた旅行のパンフレットを見て、いいなーと心底おもった。
しかし、無職なのだから、こんなことにお金を使ったらいっしゅんで貯金が底をついてしまう、もったいない、今はムリ──
たしかにそんなことを考えたのだ。
まさに、敵は、出ていく金を惜しむきもち、だ。
お金があるなら、海外旅行にはもちろん行きたい。
自分が喜べることなど、想像するまでもなかった。
ただ、お金を惜しんで、楽しいことばかりではないはずだと、危険や不安を並べ立てては、自分に諦めさせることを選んでしまった。
苦い自覚が、胸にわく。
「それよりちょっと近道なのは、他人に振る舞うことだな。『喜び』を他人に与えて、他人が感じた『喜び』を味わう。階段に比べたら、こっちは、エスカレーターに乗ってるようなものだ。しかも、相手の『喜び』を、自分の『喜び』として感じられたら、それは、エスカレーターを歩いてのぼるくらい、すいすいと上昇できる」
「あー」
なるほど、とおもった。
たしかに、階段をのぼるより、エスカレーターに乗るだけより、エスカレーターをのぼっていく方が、断然速い。
わかりやすい例えだ、と感心させられる。