笑う門には福来る
「陰気だったり、殺気立ってたり、そういうのは高次の波動じゃないな。接客でも何でも、笑顔で、っていうのはあれ、笑顔をつくれば、どんなに低次な人間も、その瞬間は数段高次になれるからだ。笑顔で、死にそうな悩み事できるやつなんていないだろ。笑顔と恐怖はいっしょには起こらないんだ。笑う門には福来る、っていうのも本当。というか、笑っているところにしか福は来れない、ともいう」
そう言って、男性はふわりと微笑した。
さっきから、柔和な表情を崩さない理由がわかった気がする。
何がおもしろいのか、とふしぎだったが、言ってみれば、人生がおもしろいにちがいない。
そんな境地には、サユリはとても行けそうになかった。
人生絶望ゾーンに、限りなく近いところにいるのだから。
でも、笑顔をつくることくらいならば、サユリにもできる。
それは、ロボットとして働きながら、身につけたスキルだ。
そんなものでも、ないよりはマシなのだと、気づかされる。
ひとつくらい身になっていたとしたら、少しは十年の月日が報われる──そうおもった。
もちろん、十年も働かなくたって、一年もすれば難なく笑えるようにはなっていたけれど。
「お嬢ちゃんも、なるべく笑ってるといい。損をすることはまずないから。意識したときしか笑ってないなら、なるべくいつも意識してな。そうすれば、うれしいことの方が多い、って言えるようになるよ」
「はい……」
応じたサユリに、またにっこりと笑いかけてくれた。
何だか、しあわせな気分をおすそわけしてもらった気になる。
サユリは、青年の方を見た。
「その、アセンションとかいうのをしたくて、仏壇を買うんですか?」
「そう。いちばん近道だって言うから」
「近道……」
要は、いちばん楽な道、ということだろうか。
とたんに、またうさんくさくおもえてきた。
大体、仏教の悟りを開く修行だとかいうのも、頭を剃って、おかゆだけ食べて、山に籠もって、滝に打たれたりするはずだ。
そのような光景を、テレビで見たおぼえがある。
それが、仏壇を買って好きに拝めば、波動が上昇して、終いには悟れるというのだろうか。
そんなお手軽なわけがない。
そんなことでいいのなら、サユリだってやりたいくらいだ。
眉唾だ、マユツバ!




