現在無職
「つまり、仏壇っていうのはな、ワープ穴みたいなもんだよ」
そう、『限定特価』という値札のついた黒檀の直置き仏壇の前で、スーツすがたの男性が人差し指を立て、ほほえんだ。
彼は、店員でもなければセールスマンでもない。
「へー」
ぽかん、とした顔でそうこぼした女性こそ、目の前の仏壇を売るべきこの店の人間──店員ではなく、ただの店番──だった。
男性が講釈をたれた相手も、べつにこの女性ではない。
男性よりはぐっと若い、見目のいい青年だ。
最新型の薄型PCをつねに携帯してバリバリと仕事をしていそうなビジネスマン、といった風情である。
どうあっても、地方の、古くさい個人経営の仏壇屋などに買い物にくるようなタイプではなかった。
店番こと、サユリは、いまだ目の前で起きていることが、ぴんとこない。
もしかしたら夢ではないかとおもう。
うっかり眠り込んでも仕方がないくらい、ひまな店なのだ。
いっそ、店番なんていらないだろう、とおもうくらい。
──話は、二週間ほど前に遡る。
「あんた、ひまでしょう。実家に帰るから、いっしょに来なさい」
そう母に言われたとき、サユリはひま呼ばわりに傷つくよりも、両親離婚の危機か、とぎょっとした。
べつに、両親がそろってないと困るという年ではない。
いつか結婚するとしたら、結婚式で少々、格好がつかないかな、というくらいだ。
「実家って、小倉の?」
「そうよ。せっかく当たった豪華海外旅行、私と行け、とか父さんが言ってるらしくって」
「えー行くの? いいなー」
「行くわけないでしょ。夫婦そろって行かせてやろうとおもって応募したのに。お店閉めて行けないって言うの。どうせ売れないのにね」
「店番しに行くのかー。わざわざ?」
「あんたも来て。接客、やってたでしょ。私は事務仕事しか経験ないから、そういうの苦手で」
「接客って……超畑ちがいなんだけど──」
ファーストフード店で店員として働いていたが、その店舗が先月いっぱいで閉店してしまった。
よって、サユリは、現在無職。
ひまと言えば、ひまだが。
今後について真剣に頭を悩ませている日々、と言えなくもない。