6
◆
「――――戻ったか、ルイス」
地底から響くような重い声が、天幕に入ったルイスを出迎えた。
若干後退している白髪混じりの短髪。
厳つい風貌をした、筋肉隆々な御老体。
身長は、2メートル程ある。
僕の身長181センチでさえ、決して小さい訳ではないないのだが、並ぶと小さく見えてしまう。
「はい、今朝戻りました」
この強面の偉丈夫こそ、我が盗賊“黒い霧”の頭、バルモス・ドグラである。
座っているだけでこの威圧感、本当に御老体か?
六十代後半とは思えないな。
「うむ。それで捜し物は?」
「いや、全然ですね……まぁ、気長に捜しますよ」
頭が静かに「そうか…」と頷く。
僕が街に行った野暮用の件のことである。
頭には行く前、伝えていた。
野暮用とは、闇市へ行く事。
闇市では、表では出回らない様々なモノが売買られている―――人、武器、麻薬、窃盗品、毒物、情報、奴隷、骨董品や曰く付きの品等、多岐に渡っている。
僕はある武器を探しているのだ。
腰に差す刃長一メートルの黒い刀、僕の愛刀“幻餓”の柄を優しく撫でる様に触れる。
…………この娘も一振りじゃ、寂しいだろうね。
僕はこの娘の旦那様を探している。
早く見付かればいいんだけど、中々見付からないのだ。
大体、刀の数自体が元々少ない。
まあ此の世界の主流武器が、両刃の剣だからな。
悲劇な事に今現在、刀は廃れており、刀匠自体がいるかどうかすら不明。
…………どうにかならないかね。
僕が刀を打てれば一番いいんだけど、技術自体知らないしな。
やっぱり、地道に探すしかないってことだな。
そんなことを考えていたら、頭が微妙な表情を浮かべていた。
「…………どうしました?」
「いや、うむ。何でもない………はぁ」
ついには、溜め息までもらす。
一体どうしたのだろうか?
「ところでルイス、アルヘド村を覚えとるか?」
「アルヘド村ですか……ええ、まあ一応覚えてますよ」
頭の目が真剣になる、恐らく真面目な話だ。
僕も気持ちを入れ換える。
…………恐らくこれが呼ばれた理由だろう。
アルヘド村、ケルウス王国北西部にある村だ。
ウォークヘッド伯爵領で、人口五十人程の長閑な村。
特産品のアクアオレンジを使った果実酒、アルヘド酒が有名だ。
……………僕は呑んだ事ないけど、頭達はこれは女が呑むやつだって言ってた気がする。
去年の二月位に立ち寄ってから、一度も行ってないな。
今は十月だから、一年半以上は行ってない事になるのか。
それに――――
「僕の初仕事の場所でもありますから」
「…………そうであった」
「それで、アルヘド村がどうしたんですか?」
「先ずこれを見とくれ」
頭が透明な小瓶を、机の上にだした。
小瓶には【アルヘド酒 763】と書かれている。
今は766年だから、三年前に造られたモノだ。
「三年モノのアルヘド酒ですね」
「うむ。数年前からケルウス王国の北部一帯が飢饉に悩んでるのは、ルイスお主も知ってると思う。そのせいで治安が悪化しつつあったことものぉ」
ウォークヘッド領も、例外でなかった。
ここ数年北部では、気候の変動が激しい。
それが原因かはわからないが、北部の殆んどで不作凶作が続いていた。
ウォークヘッド領でも、毎年百人近くもの餓死者が出ている。
総人口五千人程であるウォークヘッドでは、決して少なくない数だ。
そして、アルヘド村でも不作がつづいている。
「……この年以降のアルヘド酒はあまり出回っておらん」
確かに、アクアオレンジがなければアルヘド酒は作れない。
となるとアルヘド酒の売上げで生活していた村人は、生活出来なくなるな。
「村人が心配ですね?」
「心配は無用だ……」
「何故ですか、もしかしてアルヘド酒に代わる何かが――――」
「村が滅んだ!」
「えっ……?」
「三日前に、村人全員が殺されとるのを、視察に向かった伯爵の私兵が確認したらしいの」
「また賊ですか?」
「伯爵の私兵が言うにはの………しかしだルイス、何だかキナ臭いとは思わんか?」
「ウォークヘッド伯爵ですか……?」
「うむ、これで四つ目だ。その全てを伯爵の私兵が発見しておる。のうルイス、お主は魔力の無くなった魔石をどうする?」
魔石とは、魔力の籠められた石であり。
幾多の魔法具の動力源として活用されている。
今の世の中、明かりや冷蔵庫、洗濯機や湯沸し器等の様々な生活魔法具が開発されており、その全てが魔石で動かしているのだ。
そして、その魔石の殆んどが使い捨ての消耗品。
魔力が無くなれば、ただの石ころ。
「それは普通に捨てまっ…っまさか」
頭が何を言おうとしてるのか理解した。
要するに、ウォークヘッド伯爵にとって領民は、税や食糧という魔力を生む使い捨ての魔石程度に思っており。
そして、“税や食糧”を生まなくなった“領民”を処分してるんじゃないかと。
「うむ、恐らく口減らしだ。後は見せしめでもあるのだろう」
ここまで続けば、勘づくものも出てくるだろう。
その者達に『貴様らもちゃんと魔力を出さないとこうなるぞ!』と、警告しているのだ。
それに、彼等が殺したという証拠もない。
盗賊が殺したと罪を擦り付ければ、それで済んでしまう。
更に、領主にはある程度の領民の生殺与奪の権利が与えられているのだ。
いくら平民が嘆き訴えても、屑な貴族や無能な王族共が動く訳がない。
動こうとすらしないだろう。
「っ?!」
僕は沸き上がる激情に、言葉を詰まらせる。
自分でも頭に血が昇るのがわかった。
…………彼奴等は、今の情勢に気付かずノウノウと悠々自適に暮らしてるんだろうな!
虫酸が走る。
彼奴等は、本当に俺と同じ血が流れてるのだろうか。
よく貴族共が言う『貴族には青い血が流れているのさ』は、ある意味正しくさえある。
「………さて、ルイス。お主を呼んだのは他でもない。新たな任務をお主に与えるためだ!ウォークヘッド伯爵家を叩き潰しその命も全て奪い尽くせ!」
頭がここまで言うのだ、何かを掴んだ上の言だとは思うのだが、これが間違いであり、杞憂であってほしいとさえ願ってしまう。
だが、恐らく………頭の言が真実に近い事は明白。
だから、僕の返答は――。
「承知しました!」
絶対に僕が、強奪してやる!
「話は以上だ」
「失礼します」
一礼をし天幕を出ようとしたが―――。
「そういえばルイス、儂の可愛いセリナに怪我をさせたらしいのぉ、んっ?!」
ドスのきいた重低音が、僕の脚をとめさせた。
背筋が凍り、冷や汗が結露の様に浮かんでくる。
「いや、あ、あれは、その訓練を…………」
「覚悟は出来ておるか?」
「やっ頭ちょっとまっ、すみませんでしっっぎゃぁぁぁ…………」
くしくも僕の嫌な予感が当たってしまったのだった。
感想評価指摘アドバイス、宜しくお願いします。