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玲衣と別れ、結構経った。
一時間位だろうか……時計が無いから、感覚に頼るしかないのだが。
月の位置からみて、恐らく大体はあってるだろう。
俺は今、昨日見つけた寝床(大木の洞穴)で、座り息を調えていた。
……………さて、始めようか。
空気を大きく吸い込み―――――。
ゆっくりと息を吐きつつ、瞼を閉じていく。
視界が黒く塗り潰され、暗闇の世界が現れた。
同時に、雑多な思考が暗闇を塗り潰していく。
……………多いな。
暗闇に流れ続ける文字列、明滅し幾重に切り替わる映像、聴こえてくる幾多の声や音。
全て自分の内から発する、記憶や思考または空想。
これ等全て、己が集中出来ていない証拠。
これでは外界――現実の情報が入ってこない。
……………落ち着け。
もう一度、息を深く吸い込む。
波風がたっていた心が、幾らか平静としていくのが解る。
そして、未だに流れる文字列に意識を向けた。
ある文字を選びとる。
―――融蛭。
玲衣から教わった生物である。
終焉の樹とともに、この森で警戒すべき存在。
一センチ台で、半透明の赤色の蛭。
その名通り、対象を融かし吸いとるのだ。
ただ、一匹だけではたかが知れてる。
融蛭が恐ろしいのは、その数である。
『一匹いたら、百はいると思って!』
玲衣の言葉だ。
映像と声が、勝手に再生される。
融蛭は百前後の群で生息し、一斉に獲物に飛び付くらしい。
俺ぐらいの大きさであれば、ものの数時間で食い尽くすとのこと。
……………怖ぇな。
地球の蛭をあまり知らない故に比較は出来ないが、融蛭が怖ろしいのは確かだ。
元気のない木に、棲息してるらしい。
……………木の体調ってわからないな。
取り合えず、上も注意しとけばいいか。
この件は、この辺でいいだろう。
意識が逸れた……。
暗闇に流れる情報は、この様なモノばかりだな。
やはり脳内の整理がついていないか。
咄嗟な集中は出来ても、意識的な集中は時間が掛かりそうだな。
「ふぅ………」
三度、深呼吸をする。
余計な事を考えては駄目だ。
……………絞れ!
少しずつ流れる思考を消していく。
その隙間に、外界の情報を流し込ませる。
視覚以外に神経を集中させていく。
息を止める―――。
……………もっと深く!
意識を潜在させ、感覚を研ぎ澄ませていく。
余計な思考はいらない。
内から発せられるモノ、今は全て切り捨てる。
全ての神経を意識を、外に向けていく。
イメージは躰を空気に溶け込ませる様に………。
………………集中……もっと。
止めていた呼吸を、再び始める。
……………後少し。
ゆっくりと空気を吸っていく。
そして、長く長く吐き続ける。
暗闇が徐々に白けていく………。
…………………………。
暗闇が完全に白ける。
漸く集中的瞑想状態に入る事が出来たみたいだ。
…………ここからだ!
集中的瞑想の段階に入ると、行き場の失った感情的・身体的エネルギーの暴発が起こる。
者によっては、体の一部が突発的に動いたり。
急に体が、燃える様に熱くなったりするのだ。
ただ暴発させるのは勿体ない。
…………制御しろ!
制御下に置いたそのエネルギーを、瞳に向かわせれば、世界が遅く感じるのだ。
これは試した事は、何度もある。
じゃあ、鼻や耳等に向かわせたらどうなるのだろうか。
前世では、ただ匂いや音がはっきり聴こえた位であった。
だが、この聴覚や嗅覚が発達した今世ではどうなるか。
予想では、世界が広がるのではないかと考えている。
所謂、心眼っていう奴だ。
…………やる価値はある。
躰中が熱くなってきた。
その熱こそが、感情的・身体的エネルギー。
それが動く道をイメージする。
……………ここまではいつも通りだ。
耳や鼻が熱くなっていく。
比例して、胴体などが冷えていくのがわかった。
さて、どうなるか――――
――――――――――――――。
柔らかな夜風が、俺の白毛を揺らす。
風とともに、色々な情報が鼻に届いた。
洞穴の周りに咲いている花達の甘い匂い、葉が色付いてきた木の渋い匂い、夜露に濡れた雑草の匂い等。
鋭敏になった聴覚も、様々な音をとらえた。
虫や鳥の羽音、枯れ葉の擦れる音、小獣が移動する音等。
それらの気配を探し、世界を描いていく。
……………ムズい!
白けた世界に、薄らとぼやけた周囲の景色が描かれた。
今はこれが限界だ。
確かに微かに見えたが、これでは使い物にならない。
やはり、今まで視界に頼りきっていたのだな。
集中だけの話ではない。
世界は弱肉強食、このままでは目が潰されたときに何も出来なくなってしまう。
それでは困る。
俺は生き抜くと決めたのだ。
そのためには絶対、心眼をてにいれないといけない。
だが、急に出来るなんて思わない。
なら、どうする。
地道に鍛えるしかないだろう。
……………頑張るか。
気合いを入れ直す。
どうやら視力より、此方の方が燃費がいいらしい。
まだいけそうだ。
今日は集中力が切れるまでやるとしよう。
寝るのはそれまでお預けだ―――。
俺は再び、心眼の鍛練を始めた。
そして俺が寝れたのは、三十分後であった。
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