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「―――――――ん?」
目が覚めた。
空が若干、黄昏ている。
昼寝を始めてから、五・六時間位だろうか。
……………大分寝たようだ。
躯を伸ばす。
さて、動くとしますか。
「散策でもするか」
一・二時間程、森を散策する事にした。
再び森の中を進む。
気の向くままに進んでいると、色んなモノが見付 かった。
番で歩く二十㎝台の巨大蟻、風もないのにゆらゆら と揺れる奇妙な花。
赤い蜜を垂らす、黒い果実など。
その他に、普通のカラスや鹿もいた。
まあ、普通のもいるか。
俺だって、犬か狼のどちらかだろう、人のことは言えない。
一人頷きながら歩いていると―――
ふと、視界が拓けた。
「――――――ぉおっ!」
幻想的な光景が飛び込んできた。
薄暗い夜の始まりの中、煌めく透明な水。
対岸まで二㎞位だろうか、広大で清廉な湖が存在している。
更に驚くべきは、湖の中央に聳え立つ大樹。
50m以上はあるその大樹には、葉や華、新芽などは息吹いてなかった。
つまりは、枯木である。
にも拘らず、この枯木は圧倒的な存在感を示していた。
…………もっと近くでみてみたい。
沸き上がる誘惑に、脚を伸ばしかけた。
その時―――
「―――死ぬ気かい?!」
背後から女性の声が聞こえた。
はっ!として、慌てて振り向く。
………黒い狼がいた。
流麗な尾、靭やかな躯、綺麗な狼だ。
蒼い瞳を若干曇らせている。
表情から察すると、呆れや怒りだろうか。
「誰?」
「此方の台詞よ……貴方、何をしようとしたの?!」
「何って……枯木に近付こうとしただけだ」
本当に近付こうとしただけだ。
まあ、あの枯木に魅入ってしまったせいで、彼女に気付かなかったんだけどね。
………油断大敵だな。
彼女に敵意や殺意があったら、危なかったかもしれない。
でも、敵意や殺意があったら気付いた筈。
…………はぁ、言い訳はいかんな。
「それで、死ぬ気ってどういう事だ?」
「どういう事って、貴方知らないの?!」
「何を?」
「…………はぁ、本当に知らないみたいね。
いいわ、教えて上げる。
あの枯木は、“終焉の樹”と言って―――――」
――――――――――――――。
終焉の樹。
遥か昔、神話の時代から存在するという神樹。
万物の終焉、この世の死の権現と云われている。
神話によれば、神王がこの下界を創造する際、二つの神樹を植えたのだ。
その一つが、終焉の樹。
下界に生物が増えすぎぬ様の措置として、その役割を終焉の樹に任せた。
つまり、生命から永遠を無くすための装置。
永遠の生命は、神族だけのモノでいいと、神王は考えたからだ。
終焉の樹は、神王の思惑通り、然りと役目を果たしていた。延々とその役割を果たすため、万物の生命力 を吸い続ける。吸いこんだ生命力を糧に、終焉の樹は成長を続けていったのだ。
そのうちに、天界までその枝を伸ばすに至ったのだ。
だが、この時は誰もそれを気にかけなかった。
そして、事件は起きたのだ。
ある日を境に、続々と神族が死んでいった。
終にはその時代に繁栄していた神族の半数が、死滅してしまった。
終焉の樹は、いつの間にか神族を殺せる程に成長していた。
それを危険視した神王は、神樹を枯らす事を決断。
だが、終焉の樹は元々、死の権現。
枯らす事により、弱体化させる事は出来たが、殺す事は出来なかった。
以来、終焉の樹は成長することは無くなった。
生命力を吸い続けてはいるが、蓄えることが出来な くなったのだから。
吸われた生命力は、重濃な瘴気等として、放出されていった。
そして今もなを……………
かいつまんで要約すれば、彼女の説明はこんな感じだ。
「―――その先に植物が無いでしょ。
そこが、直接的な“樹”の吸引領域よ」
彼女が視線を促す。
その視線の先は、さっき俺が脚を踏み出そうとした場所。
水辺まで三十m程あるが、確かに草木一本も生えていない。
…………近付けば死か。
今更ながら、恐怖が押し寄せてくる。
まさか、死なないと決意したばかりで、速攻で死にそうになるとは。
「そうか……すまない助かった」
彼女は命の恩人、いや恩狼?……恩者だ。
素直に頭を下げる。
………彼女に脚を向けて寝れないな。
「………………………」
「ん?」
何も反応がなかったので、顔を上げると。
彼女はポカンと、呆気にとられていた。
その直後、彼女の表情が崩れ、くつくつと笑いだした。
「ふふっ、貴方って面白いわね。
普通の男は、女に頭を下げないわよ?」
「そうなのか?普通は下げるもんだと……」
「そう、貴方の普通は変わってるわね、ふふっ」
「俺は変わってるのか……」
「ええ、でも私は貴方の普通が好きよ。
―――そうね、助けたのは同種のよしみよ。
だからあまり気にしないで」
「そうか…すまない」
つい、もう一度謝ってしまった。
彼女が苦笑する。
「―――私は玲衣、貴方は?」
「俺は零、宜しくな」
「こちらこそ宜しくね零」
彼女が微笑んでくれるので、俺も微笑みかえす。
名前は、散策中に考えた。
少し厨二感はあるが、仕方がない。
何もかも捨てて、新生活の始まりに相応しい名前を考えたら、これしか思い浮かばなかったのだ。
意外に気に入っている。
格好いいだろ?!
最初、零と書いて、レイと読もうとしたが、ゼロにしたのだ。
俺の決断は正しかった。
もしレイにしていたら、彼女とかぶっていたからな。
何にしても、知り合いが出来たのは嬉しい。
本当に幸先がいい……………。
感想、評価、指摘など、何でもいいので宜しくお願いします。