第肆話 好奇心は猫を殺す ④
異世界。
それは今尚証明できない「世界の外側」のことである。
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「……成程な」
ぽつりと漏れた言葉は質問の答えではなかった。
僅かに細められた目に左手で口元を手で隠す仕草は、かさねが思考に耽るときの癖。それに伴い雰囲気も冷涼さを帯びはじめ、僅かに近寄りがたいものを感じさせる。
「何が成程なの?」
かさねの中で結論が出たようだが、そこに至るまでの工程が見えない。
ここで聞きかえすことなく話すを進めるのは簡単だが、それをすれば後で予想外の場所で何らかの犠牲が出る可能性を捨てきることが出来なかった。
かさねはいとこやはとこの中で一番の年長者であり、彼らをまとめる立場にもある。責任感があり洞察力に優れ決断力もある。リーダーに相応しいものを持っているが、1つだけどうしても改善してもらいたい事があった。
それは態と予想の斜め上をいく結論を出すことである。
親戚一同の中でその犠牲にならなかった者は祖父母以外おらず、多岐にわたる悪戯を考えては実行していた。流石に怪我をするようなものはなかったが、思い出すたびに犠牲となった者達は頭を抱える事が度々あるせいでかさねに逆らえるものは殆どいない。
それは当事者達にとっては消し去りたい黒歴史の1つでもあるからだ。
己の身の安全を図るために詳細を聞かなくてはいけない。これがかさねの本性を良く知る者達の共通の認識である。
だからだろうか。
次の言葉は本当に予想すら出来なかった。
「この状況を論破するだけの材料を持ち合わせていないということだ」
「…………え?」
あっさりと白旗をあげる結論を出したことに。
どのような不利な状況であろうと投げ出したこともなければ、答えを先送りにすることもなかったかさねの言葉に瞠目し驚愕してしまう。それで蓮が言いたい事を察したのだろう。かさねは小さく息を吐き出すと口を開いた。
「パラレルワールドを知っているか?」
「え……あ、確か並行世界…だよね?」
予想外の言葉に少々混乱しながらも、己の中にある知識から該当の情報を引き出す。
並行世界、並行宇宙、並行時空の意味を持つ言葉。ある時空または世界を基準とし、その時の状況や判断そして人の選択によって派生すると言われている数多の世界。それがパラレルワールドであることは少し興味を持つ者なら知っている知識だ。
今の状態と何が関係しているのだろうか。
≪それはなんでありんすか?≫
「とある世界のAさんの前に右へ行く道と左へ行く道があった。右へ進んだAさんは連続ひったくり魔に出会い、拳1つで撃退。警察に突き出して賞与をもらった」
「………え?」
例えに出てきた内容に某友人が連想されたのは何故だろうか。
「そして左に進んだAさんはヤンデレ元彼氏と再会。あまりの不気味さから思わずバックで殴りつけて気絶させた。その後、警察に引き摺って持って行ったが過剰防衛と判断を下され厳重注意を受けることになった。つまりAさんの選択によって生まれた喜劇…ではなくて悲劇の結果分の未来。それがパラレルワールドだと言われている」
≪分かりやすいでありんす!≫
確かにものすごく分かりやすい。
だがその例えは共通の友人達が酒の席で心底忌々しく語っていた内容とほぼ一致しているのは偶然の一致だろうか。いや、偶然の一致として片付けるにはあまりにも内容が酷似しすぎている。何故これを選択をしたのか指摘したいが、それをすればかさねの不興を買うことになるため押し黙る以外の選択は残されていなかった。
「パラレルワールドと異世界。この最も異なる点は2つ挙げられる」
蓮が何を言いたいのか分かっているにも関わらず黙殺し、ぴっと2本の指が立てられる。
「同一の次元か複数の異なる次元か。そして、証明出来るか出来ないかだ」
「証明できるの?」
「パラレルワールドについては物理学の世界で可能性が示されている。だが、異世界の場合はそれが存在すると証明するだけのものが現段階ではない」
「証明できないのに信じるの?」
「最初に言っただろ?現状を論破するだけの材料がない、とな」
有り得ない。そんなはずはない。
安易な言葉で現状を否定する事は簡単だ。だが、それでは話しは進展しないどころか真実を見逃す可能性も高い。だからこそかさねは主観を外し第三者の視点から状況を吟味し、持ちうる知識で考察した結果がこの現状を論破できる材料……つまり知識が不足しているため、それを安易に判断できないという結果を出したのだろう。
(かさねらしい答えだね)
安易な答えは何れ己に返ってくる。
それを学び続けたからこそ、どのような状況に置かれても深く考察してしまうのだろう。そしてそこから導き出される答えは何時もどのような絶望の中にいても光となって不安を払拭してくれていた。
だからこそいとこやはとこ達はかさねのことを恐れながらも、絶大なる信用と信頼を寄せているのだろう。
「だからといって目の前にある現実を直視せず混乱したと事で無駄だしな」
「相変わらず現実主義者だね」
「SEが現実を直視しないでどうする?やるべきことは実現できる最大限の効果だろうが」
感心しながら言うと、かさねは呆れたような視線を向けてきた。
言外に含まれている言葉がぐさりと痛い。
≪実現できる最大限の効果……≫
かさねの言葉を復唱する狸に一抹の不安が過った。それに対して訪ねようと口を開くが、一足早くかさねが狸に結論を渡す。
「だから『信じる』とも『信じられない』とも言えない」
≪証拠があれば信じてくれんすか?≫
「その証拠が異世界への招待という方法ではないのならな」
≪どうしてでありんすか?!興味がありんせんか?!≫
異世界に対して興味がないわけではない。
だが、考えて欲しい。2人は社会人であり多くの仲間と共にプロジェクト成功に向けて励んでいる最中なのだ。ただでさえ毎回ギリギリの人数の上に開発期間が短いという状態で、己の好奇心を満たすためだけに動けはどれ程の負担が残された者達に降りかかるのか理解している。学生の頃ならまだ責任を放棄してもある程度は許されるだろう。だが社会人となった今それは今まで築いてきた信頼と信用の瓦礫に繋がり、酷ければ会社を辞めざる得ない事態に発展する事もあるのだ。
「興味はある。好奇心もそれなりにある」
≪なら!≫
キラキラとした目で見つめられるが、かさねの答えは変わらない。
異世界に興味や好奇心、そして憧れを抱く者にとってそれは甘い甘い毒より甘い言葉だろう。だが状況を良く噛み砕いたうえで考察すれば、片道切符しか保証されていない場所へ飛び込む無謀な行為であるということが判るのだ。異世界は未だ解析されていない未知の領域であり、元の時代・元の場所へ戻って来れる保証はどこにもない。
未知の領域に踏み出す蛮勇さを2人は持ち合わせていないのだ。
「至極簡単な答えだ」
そしてこれが1番の理由。
かさねは小さく口元をあげる。
「狸だけの世界に興味はない」
かさねにとって天敵である狸の世界は殲滅を決意するくらいの場所でしかないのだ。
異世界の話に全く興味のない2人……。
現実的に考えたら飛び込むには色々と大変だよねということを織り込んで書いてみました。
さて、次話では異世界に旅立ちます。
どのようにかはお楽しみに!