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第参話 好奇心は猫を殺す ③


 動物は「普通」話さない。

 これは人類の共通認識であった。


☆..:*:・゜'★,。・:*:・゜'


 人間とその他動物の異なる点は数多(あまた)にあるが、その中で最もな点は言葉を「話せる」か「話せないか」だろう。

 人間の場合は声帯で作られた声を咽頭(いんとう)口腔(こうくう)で調音することにより、区切りを持った発音を可能としている。そして区切りのある言葉は、脳の領域が発達していることにより言葉を理解し話すことができるのだ。だが、動物の場合は声帯で作られた声は主に鼻に抜けてしまい言葉を発する作りにはなっていない。例え脳が言葉を理解出来たとしても、言葉を話すに適した作りにはなっていないことは現代科学と医学をもって証明されていた。


≪ぬし様達はわっちが怖くありんせんか?≫


 だが、目の前にいる存在は人類が導き出した証明を嘲笑うかのように否定する。

 耳朶に響くのは狸の鳴き声だが、脳に届くのは日本語として理解できる言葉だ。それは互いの様子と今まで交わした会話から認識している内容に差異はないと推測できる。


 2対の視線が狸に注がれたことにより狸の目に宿る光が揺れ始めていた。それは過去に体験した恐怖と脅威を再現現象(フラッシュバック)という形で脳が追体験しているのだろうか。


 人間が「普通」ではない動物と対面した場合、大多数の人間はそれを脅威と捉え驚倒し拒絶する。何故なら人間は己に理解できない、相容れぬ存在を拒絶するように生存本能に刻まれているからだ。それを理解しているからこそ狸の様子を見てここに来るまで何があったのかある程度の事は容易に想像出来た。


(きっと集団で虐め抜かれたんだろうな……)


 (よくよ)く見てみると打撲や裂傷の跡が体のいたる所にある。出来てから日数が経っているものや出来たばかりのものがあるが、それらに手当てされた形跡はなく放置しているのが分かる。ただ幸いなことに化膿している箇所や骨折している様子も見られなかった。


 安堵はしても良い。だがそこに同情を入れてはいけない。

 同情は相手を想いやり共感する感情の同一性であるが、相手を見下す意味合いにも取られる場合もあるのだ。

 だからこそ蓮は穏やかに優しく微笑む。


「怖くないよ」


 怯えないように、恐怖を抱かないように。

 その場から動く事も手を伸ばす事もなくただただ微笑み本当の気持ちを告げる。実際見た目可愛らしい容姿にかさねとのやり取りを見ている蓮にとってどのような存在かは気になるが、恐怖の対象として見る事は出来なかった。


≪ほんに……ほんに、ありんすか?≫


 心からの真実を告げたことから危げに揺れ続けていた狸の目の焦点が落ちつき始める。

 蓮の持つ雰囲気は人間の心だけではなく、動物の心にもするりと入っていけるものを持っている。それは警戒心を無くし、作り出している壁を取り払い安心と静穏(せいおん)を与えた。


「うん」

≪わっちを、虐めないでありんすか?≫

「勿論だよ」

≪そっちの……ぬし様も?≫


 様子を窺っていたかさねに2対の目が向けられる。

 狸の目は問答無用で殴りつけた事と動物実験の話しをしたこともあり、疑惑と恐怖が混ざった視線で見てくる。反対に蓮は余計なことを言わないように目で訴えてきているのが判った。


「質問に答えてくれたら検討(・・)しても良い」

≪わっちにでありんすか?≫

「この車両に未だ誰も入って来ないのはお前が何かしたのか?」

≪わ、わ、わっちは何も――――――≫

「知っているか?整髪剤のプレーとライターがあれば擬似的だが火炎放射が出来る」

≪……え≫


 嘘を語るのが判ったのだろう。

 言葉を遮り語る口調は天気を話すような極々当たり前のことを告げるようなものだった。


「試してみるか?」

≪話を聞いておくんなんしっ!≫


 台詞に主語はなかった。

 だが、それが逆に想像力を働かせ狸を追いこむ。肯定以外の返答は不利を招き、最悪の未来を安易に想像させてくれた。


≪わっち、魔法使いの弟子をしていんす!≫


 恐怖を押しのけるように声を荒げた内容は予想を斜め上をいくものだった。

 狸が霊の類ではない事に2人は気づいていた。何故なら「ESP」とよばれる超感覚的知覚能力はなく、また急行で霊的現象に関係する騒ぎや事件が起きたという情報は入っていないからだ。実際はあったかもしれないが、質量と熱量を持つ霊の存在は確認されていないため無意識レベルでその可能性を却下していた。


 では、何を予想していたかと問われると蓮は答えを持ち合わせていない。

 可能性として考えられるものは幾つもあった。それは蓮が知る現代科学と物理法則を照らし合わせて考えられる可能性であり、その常識を覆している狸の前にその可能性は全て却下されたのだ。


(魔法使いの弟子っていうことは魔法が使えるということだよね?)


 狸の言葉は真実だろう。

 この場で嘘を語ると言う事は事態を不利にすることはあっても有利にすることはない。そして社会人として培った経験と勘が真実であることを告げていた。まさかこのような場面で海千山千の上司と何度も何度も戦ってきた経験が役立つとは予想外である。まさに経験とはどのような場面で役に立つか判らないという実例を叩きつけられた気分だ。

 優秀とはいえ、尊敬できるとはいえ、決してあんな大人にはなりたくないと思わせる自分の上司に意図せぬ場面でだ。奴当たりになるかもしれないが理不尽極まりない。


≪……信じてくれんせんか?≫


 脳裏にうかぶ上司の姿に眉間に皺を寄せる蓮と僅かに瞠目するかさね。

 2人の出した結論は狸の言葉が信じれないのではなく、ただ単に胸中での出来ごと故の反応だということを知らない。


「この状況を作り出したのは『魔法』だということか?」

≪そ、そうでありんす!人をここに近づくことができんせんようにしたでありんすっ≫

「何故?」

≪わっちの存在を気付かれたくありんせんし………≫


 しょぼーん、という効果音が聞こえそうな様子を見つつ、かさねは左手で口元を隠す。

 魔法は存在しない。存在が確認された場合、過去の偉人達が証明した「質量保存の法則」や「熱量保存の法則」を根底から揺るがすことになりかねないだろう。

 もしこれを語るのが人間だった場合、考えられるのは「情報操作」や「サブリミナル効果」そして「マインドコントロール」という可能性が挙げられる。その場合は相手を病院なり警察に突き出せば終わりだが、目の前にいるのは言葉を話し理解することが出来る狸だ。


 魔法が存在しないと断言出来ない。


「………予想が外れた」

「何を予想していたの?」


 少々落胆するかさねの言葉と視線にびくっと狸は震えた。


「日本は妖怪大国だと言われている。それに今は御盆を少し過ぎたあたりだ」

「それがどうかしたの?」


 淡々と語り始めたかさねに蓮もその事実を思い出した。

 日本には古くから妖怪に関する逸話や物語が多く存在している。その中でも有名なのは「京都大映の妖怪三部作」と称されている「妖怪大戦争」、「東海道お化け道中」そして「妖怪百物語」だろう。蓮自身は題名と僅かな詳細しか知らないが、数多のジャンル本を渉猟(しょうりょう)することを趣味とするかさねの琴線に触れる何かがあったのだろう。


 確かに妖であればこの状況を作り出す事に納得できるものがある。


「帰りそびれた間抜けな妖狸ではないかと予想していた」

≪わっち妖でも狸でもありんせんっ!≫


(………あれ?)


 即座の否定内容に疑問がうかぶ。

 狸はかさねに狸と言われる度に否定した。そして妖と言われた今も否定した。だが、帰りそびれた(・・・・・・)に関しては否定しなかったのだ。それに気づいたのは蓮だけではない。目の前にいるかさねも気づいたようで面白い玩具を見つけたかのような期待感がある輝きを持ち始めていた。


「帰りそびれた。これに関しては否定しなくていいのか?」

≪それはっ……≫


 かさねが使用したのは「事前の準備なし(コールド)()相手の心を読み取る(リーディング)」という話術。

 情報が全くない状態で外観を観察し何気ない会話から相手のことを言い当てるものだ。詐欺師・占い師などが使う手法の一つだが、顧客が求める情報を引き出すためにも有効とされている話術のひとつである。僅かな綻びから真実に繋がる情報を引き出し、相手が何を求め何を隠しているのかを導き出すものであるため今回使用していたのだろう。

 相変わらず抜け目がないというか、相手の弱点を突くのが得意というか。最早関心を通り越して苦笑しかうかばない。


「どこへ帰りたいんだ?」


 口調に相手を否定する拒絶の意志はない。

 蓮もまたかさねと同じで否定する材料がないため否定しない。

 それを感じ取ったのか、狸の視線は蓮を見た後かさねを見て意を決した。


≪ぬし様達は「異世界」の存在を信じんすか?≫




更新が遅くなり、申し訳ございません。

これを書いた時期が丁度お盆ということもあり、ふと浮かんだことを入れてみました。如何でしょうか?

次話ではちょっと趣味と実話に基づいたを入れたいなぁと思っています。


ブックマークをしてくださった方、本当にありがとうございます。

次話も楽しみにしていただけたらと思います。

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