第零話 猫に胡桃をあずける
「乙女ゲームを御存じですか?」
ここは王都ザイール・カタスの王城近くにあるハウローゼア公爵家の客室。
白を基調とした清潔感ある室内には、格式高い家具調度が配置され5つ星ホテルを連想させる。部屋の奥に飾られた水盤の上には、色彩鮮やかな花々が盛る様に展開されており見る者の心を楽しませる完成された美があった。
その部屋中央辺りに設置されているローテーブルの上には、薔薇を模様の主題としたティーポットとティーカップ&ソーサーが3客、ケーキ皿の上には細工の凝ったプチケーキが数個置かれていたが、誰もそれに手を付けた後はない。
その代わり消費が激しいのは、部屋の格式に不釣り合いの各種のかりんとうやうまい棒リッチ君といった旧新作の人気スナック菓子だった。
先程の質問を投げかけたレティシア・R・ハウローゼアは、ソファーに腰掛け優美な動作で黒砂糖のかりんとうを口にしていた。
山吹色の髪をハーフアップに結いげ、新緑の目は理知的な光を宿らせている。10代後半ながらも、公爵家の令嬢として高い教養を受けているためか実年齢より落ちついた雰囲気を見せていた。白と緑を基調としたシンプルなベルラインドレスは腰掛けているソファーの上でふんわりと広がり、華奢な体と愛らしい容姿に良く合っている。
「RPG専門だからその辺はあまり………。暁は知っている?」
レティシアと相対する形で設置されているソファーに2人で座っている内の1人、浅黄蓮が口を開いた。
鴉の濡れ羽色をした美しい黒髪に夜色の目は穏やかさと儚げさが見え隠れしている。10代半ば、子供と大人の中間で漂う年代とその容姿は見る者に庇護欲を湧かせるものがあった。白を基調としたトップスに紺のジーンズ。首元にはシルバーのアクセサリーが輝いており、シンプルな服装は容姿を際立たせている。
「悪友に聞いたことがある」
蓮の質問に隣に座って紅茶の味を楽しんでいた暁かさねは視線を隣に向けた。
柔らかな薄茶色の髪に夜色の目は純粋な生命力を感じさせる輝きがあり、見る者を惹きつけるものがある。深緑を基調としたランニングタイプの服に青鈍のジーンズ。胸元にはチョーカー、耳には幾何学模様のピアスを身に着けていた。
蓮と同年代の容姿であり、いとこという関係からか一卵性の双子と言っても通じるくらい良く似ている。
「事前に得た情報と観察して得る情報を限界まで使用し、攻略対象者と呼ばれる多種多様な男性達を陥落し略奪する恋愛戦術ゲームのことだ」
「「……え?」」
想定外の説明に蓮とレティシアの動作が止まった。
かさねはその様子を全く気にすることなく、ゆっくりとカップをカップソーサーを置き説明を続ける。
「製作者側の力量と采配により生み出される日常現象にて攻略対象者達の好感度を上げつつ、好敵手または大敵達と幾多にも渡る肉体的・精神的によるお話合い。そして法律と倫理を犯すであろう想像絶する妨害工作等は、攻略対象者達と吊り橋理論を呼び起こし恋愛感情に発展させる」
高度な駆け引きと戦術的要素仕様であることから、ゲームと表すにはあまりに物々しい。それは現代版の大奥を連想させ、想像するだけだというのに蓮の背中に冷たいものが流れた。
何時の時代も恋愛が絡むと女性は恐ろしいものなのである。
「これにより攻略対象者達の補完が完了。終幕時の好感度等により異なる写真を取得する事が出来る。ただ、写真の数も取得方法も多岐に渡るため1度目の攻略ではすべて集める事は不可能だ。そのため何度も遊ぶ必要があり、また様々なパターンを擬似的に試す事が出来ることから乙女ゲーム……即ち乙女の為の乙女による乙女の為の兵法とも言われているらしいな」
「そんな恐ろしいゲームをやってたの?!」
「ほぼ間違っていましてよ!!」
恋の仮定から事実のみを抽出した説明に甘さはなく、夢を抱く隙すら与えられない説明。
必死にかさねの言葉を否定するが、全否定ではなく一部を認めている事で蓮の恐怖を煽ることになっている事にレティシアは気づいていなかった。
「恋とは戦争だ。愛とは略奪だ。己が欲する者を手に入れるために、己が持つ全ての知略と戦略と謀略を廻らせ、立場を最大限に乱用し相手の心を陥落し略奪する。それに言葉をどう飾ろうとも最終的に辿りつく先は相手に対する独占欲だ」
「乙女ゲームとは、甘さとときめきとドキドキ感と甘酸っぱい交流を楽しむ恋愛シュミレーションゲームのことですわ!何故そのような殺伐とした説明になりますの?!全国の乙女に謝罪してくると良いですわっ!!」
「ではご期待にお応えして乙女に謝罪してくるので、至急で元の世界に戻してもらえるか?」
「それでは乙女ゲームが始まりません!全国津々浦々の方々が憧れる現実体験が出来る最高の地位を得ました私の懸命なる努力を無駄になさいますの?!」
「こちらには全く関係のない事だな」
「私の長年の夢が潰えてしまいますわっ」
正論を持って切り捨てるとレティシアの目尻に涙が溜まり始める。
美少女といっても良いレティシアが懇願する姿は酷く保護欲を擽り罪悪感を募らせるものがあった。大体の人間であればレティシアの願いを叶えようとするが、今回は相手が悪すぎる。かさねはその姿を一瞥すると、感情の揺らぎを全く見せることなく蓮に視線を向けた。
「とりあえず………浅黄」
「……何?」
聞き馴染んでいない呼び方に一瞬返事が遅れる。
「乙女ゲームの基本理論が判った所で質問しよう。君はどのような終焉を望む?」
目の奥が底光りする笑みは、かさねがこの現状を楽しもうとする時に良く見るものだ。しかも今ここにいる誰よりも自分達の立場を理解した上で聞いてくるのは性質が悪い。
だからこそ蓮は答えるべき答えが決まっていた。いや、それ以外選択する事は己の首を己で占める事を確証してしまったのだ。
「最悪の終焉1択で」
「何故ですの?!」
瞬時に返ってきた反論に蓮は視線を鋭くし、レティシアを睨む。
「最高の終焉も好適な終焉も全部全部ゴメンだからに決まっているでしょ?!」
「そのような裏切り行為を神様が許そうとも世界の乙女達は許しませんわっ!!」
「レティシアさんと立場交換でっ!」
「お断り申し上げますわ!」
2人の応戦の様子を一瞥した後、かさねはソーサーの上からカップを持ちあげた。
カップに残されている量は約3分の1程度。これを全て飲み終えても2人の討論とも呼べない言い争いが平行線を辿るようであれば妥協策を提案しようと脳内で内容をまとめながら紅茶を一口飲んだ。
これが後の世で救世主とも殲滅者とも謳われた者達の本当の出会い。
そしてこの刻から終焉に向けて物語は動き出す。
それは誰もが予想も予測も出来ない、変速で変動で変容的なもの。
既に予定調和は崩壊されており、彼らは交わるはずのない縁を掴み取る未来にまだ気づいていない。




