お願いだからやめさせてください。
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今は1時。朝8時から走ろうってのに、12時まで浴びるように飲むアホウがどこにいる。・・・ここにいる。
しかももう寝てしまいたいのに、明日着ていくものを考えている私。
ジャージって、そんなもん、もってないよ。パジャマ代わりのスエットで都内歩けるほど達観してないし。
服をガサガサひっくり返して、ようやくヨガパンツを見つけた。ああ、そういえばヨガ教室にいったねえ。あれはいくつの時だっけ?会社の同僚に誘われて体験入学した、した。結局体験のみの為に買ったヨガパンツだわ。こいつとTシャツでいいか。
5月にTシャツは寒いかな?靴はどうするよ。考えても仕方ない。スニーカーはひとつしか持っていない。どうみても走る為のスニーカーじゃないと思うんだけど今更どうしようもないし。あ~も~寝よ、寝よ。考えたって仕方ないし。
6時半起床。ね、眠い。酒が抜けてない。頭がぼんやりする。うううう。寝足りないよう。寝ぼけ眼のままうにゃうにゃと仕度。
不満があっても、会社で上司から言われたことは無視できないサガが憎い。社長に「○時集合!」とか言われて無視できるほど強気には、なれないし、な。
Tシャツにヨガパンツで電車に乗るのは、めちゃめちゃ恥ずかしい。しかも皮のバックがまるであってない。私、何と思われてる?電車に乗ってから気がついた。しまった、早めに会社についてそこで着替えればよかったと。私ってば、ばか~~。このカッコで電車にのるなんて!空いているとはいえ、座席は一通り埋まる程度の乗車率の中、なるべく目立たないように隅っこに小さくなった。
って、もう8時なんですけど!なぜ誰も来ん!なめてんのか!!会社の机につきプリプリ怒っていたらふいになる携帯。
「お前今どこにいんの?」とのん気な磊落社長の声。てめえ、待ち合わせには5分前に集合するのが、社会人の常識だ!
「会社です。どなたもいらっしゃらないのですが」ちょっとムッとしながらそれを隠して答えた。
「車できてんだ。下まで降りてこい。鍵かけろよ」言い終わったら返事も待たずに切りやがった。お前会社集合っていっただろ。
その場合「会社のビルのエントランス集合」と言え!ますますプリプリ怒る。血圧上がるわ、ホントに。
ぶちぶち言いながら施錠し、エントランスへ降りた。
向かった先は荒川。ふざけてんのか。ついさっきまで荒川のそばにいたっていうのに。糸のうちは荒川のすぐそばだ。
最初から荒川集合にしてよ。そしたらヨガパンで電車に乗らずに済んだのに!もう、むき~!
不機嫌さ最高潮。おそらく顔はこわばって能面のように表情がないだろう。仏頂面しないだけましだと思ってくれ。雑談などする気にもならない。あ~今日はのんびりしたかったのになあ。昨日ネットサーフィンも出来なかった。頭の中を不満が渦巻く。河川敷で5人円になって体操。ああ、いかにも体育会系っぽいなあ。つらつら考えながら体操していたら、大山がこっちを見た。
「お前もっとちゃんと準備体操しろ!筋痛めるぞ」筋が痛むほどしたくありません、と言えれば楽なのに。
ため息を隠して、「ハイ」と返事をした。会社ではいたって愛想の良い私。
それにしても5人の平均タイムで競うって、私がいる分、めちゃめちゃ不利なんだけどうちの会社。そりゃあ私以外はそれなりにいけそうだけど、あっちは、「マラソン部」なんでしょ?敵うわけがないんじゃないかな・・・
大山は私の不安を察して「大丈夫だ。確かに柏木先輩はそれなりに早いだろう。でも他のメンバーは無理やり入れられた部員だからな」
「そうそう、1人はどうみても『メタボ対策』っぽいし」柳も笑う。
まあ、安井さんがそこそこで完走さえしてくれれば、勝負になるよ。
ううう、「そこそこで完走」って。完走できるとは思えないからやなんです。今は5月。大会は12月のハーフマラソン。フルマラソンの半分、21キロ!それまでに21キロ走れるようになれって?・・・・遠足でだってそんな距離歩いたことないのに。普通の人に走れるものなのか?どうして身体能力の高い人は、21キロを気軽く、完走くらいできる、と思えるのだろうか。
準備体操も終わり皆でスタート地点へ。
柳と浅井はスパッツみたいなものを穿いている。なんだかいかにも本格的っぽい。大山と三浦はハーフパンツだ。皆ふくらはぎの筋肉がすごい。贅肉とは無縁そうな足だ。
「今日は軽くながそう」大山がストップウオッチのついた時計を見ながら言った。
「柳、お前先頭に立ってくれ。それぞれの走力確認しながら、流しのタイムとっといてくれ」
「了解」と柳がこれまた自分の時計をいじりながら言う。柳は毎週2回欠かさず10キロづつ走っているらしい。細身の体躯は筋肉質で、スーツの時には気がつかなかったが、運動をしなれている人の体だ。毎週欠かさず運動するとはこういうことか。
彼を先頭に走り出した。
「・・・・お前、大丈夫か?」
しんがりを勤める大山が糸の顔色をうかがうように覗き込んだ。きっと、蒼白だろうな、今。
大丈夫なわけない。のどがヒューヒューいう。なんだか血の味がする。のど切れたのかな。そういや昔マラソンの時になったことあるこんな症状。
・・・なんて冷静に考える余裕も無い。苦しい。踏みしめるたびに土踏まずが痛い。わき腹痛い。のど痛い。酸欠の金魚のようにパクパクするけどちっとも楽にならない。だから嫌いなんだ、マラソンなんて。なんだか頭がビリビリしびれる。鳥肌立ってる。目が回る・・・・
「おい!安井!落ちるぞお前」大山に脇を抱えられた。荒川の土手の部分を走っていてフラフラしていたので、転がり落ちそうだったのだろう。もうだめ。ぐったり。脇を抱えられなかったら、間違いなく土手を転がり落ちてたな。足に力が入らず、支えられたままぜーぜーと呼吸する。
「お前、びっくりするほど体力無いな。どんな生活したらそんなのになるんだ。絶対貧血だろう」糸を支えたまま、あきれた口調で大山がいう。
端からみれば、抱き合っているように見えるだろうが、糸はもうそんなことに考えも及ばない。目を閉じているのに、瞼の裏で残像が近くなったり遠くなったりする。
大山は糸を土手に座らせ、タオルを糸の頭にかけてやる。口も聞けず、大山に言われるままに体育座りをして頭をその間に落とした。
ひざにあたった耳に聞こえるドクドクと激しくいう音は、脈なのか、心臓音なのか区別つかない。糸には体中の細胞がびっくりして飛び回っているように感じた。
ようよう顔が上げられるようになったのは、それから何分後だったのだろうか。ばつが悪く感じながらも
「最初に言ったじゃないですか。息も切れるし、めまいもするし、マラソンなんてできないって」糸は大山の顔を見ずにつぶやく。口調がぞんざいになるのはご勘弁だ。だいたい今日は休みだからセーフでしょうよ。と心の中で言い訳。
マラソン自体をあきらめてくれるかと思いきや
「お前はまず体力づくりと、食生活改善だな」
大山は今日の糸のマラソンタイム測定はあきらめたようだった。いっそマラソン自体あきらめてくれい!
「とりあえず皆待ってるから、ゴールまで行くぞ。」
もうやだ。もうやだよ~。
さすがに大山も糸を走らせなかった。早歩きくらいの速度で歩く。これなら糸でも歩ける。・・・ちょっと息切れしてるけど。
もう、やめていいですよね。




