正しいお見合いマニュアル
ご趣味は?
・・・・同人誌作りです。
いえるか?普通?あああ、体裁のいい趣味ってなんだ!?
性質、オタク、ってありなのか?29歳にして。
母のいとこの道江おばちゃんが持ってきてくれた、ありえないほど好条件のお見合いまであと10日。それまでになんとしても、体質改善ならぬ、性質改善をしなければならない。
・・・間に合うのか?
高藤康子 29歳。今時の結婚年齢からいうと、特別遅いわけではない・・と思う。ただかーちゃんも、ねーちゃんも短大卒業後即、とか大学卒業と同時に結婚しちゃってるもんだから、肩身が狭いことこの上ない。
かーちゃんはいう。
「あんたは特別顔が良いわけでも、スタイルが良いわけでも、頭が良い訳でもないし、人様に比べて秀でたものがあるわけでもないんだから、若いって売りを逃したら、絶対行きそびれるよ。29なんてもうぜんぜん若くないのよ。分かってんの、あんた!」
身内だから、まったく容赦ない。どうせ私はないないづくしよ。なのに、なぜか、身長だけある。169センチ。・・・ほんとは169.6センチ。・・・これはやっぱり切り捨てでしょ。四捨五入なんてありえないから、ここで。
身長が高くて「モデルみたい~」って騒がれるのは、スタイルがいい場合にかぎられる。細いからこそ、身長が高い意味があるのだ。私みたいに、骨太がっしり体形で身長が高いと、人はそれを「ガタイがいい」という。
過去に誘われたクラブ・・柔道部。レスリング部。
なのに、私は中学の頃からずっと「文芸部」。根っからのオタクだ。ガタイが良くて得したことは一度も無い。太ってはいないが、決してやせても見られない。女がいかにも頑丈そうな体躯で得するわきゃない。しかも、運動にまったく興味の無い、根っからの文科系の人間に。
ねーちゃんもかーちゃんも骨細なのに。うらむよ、とーちゃん。
文芸部から、同人誌作りなんて、ある意味正統派だと思う。どっこにも寄り道せずにまっすぐにこの道を突き進んできた、って感じ。
・・・ぜんぜん自慢できないのが哀しい。
なにはともあれ、20台最後にめぐってきた、驚異的な好物件。絶対逃してはならない!とのかーちゃんの言いつけ通り、今日からダイエット。・・・食事抜いても、骨はやせないと思うんだけどなあ・・・
五月晴れってこういうのをいうのか~っていう良い天気。さわやかな微風が心地よい。昨日までのすっきりしない天気がうそのようだ。ああこんな日はノート持って、公園のベンチで創作活動にふけるのがいいんだけどなあ・・・・
「かーちゃん、苦しい・・」振袖の帯に、コルセットもかくや、というほど締め付けられて、腕を上げることすらままならない。歩幅も普段の四分の一。
足の親指、痛い。
「がまんしな!今日があんたの人生最大の勝負だって言ったでしょ!あと、『かーちゃん』はやめて!!」
かーちゃん、顔が殺気立ってます。まるで貴方の人生最大の勝負のようです。あたしゃあドナドナが聞こえるよ。売られていく子牛の気持ちが分かる。でも気合で微笑む。
「かしこまりました。かあさま」
ふざけたかーちゃんで、子供の頃に「とおさま」「かあさま」と呼ぶようにしつけられた。しゃれで。なんだか面白かったらしい。
どんないい家庭やねん、うちは。どう見ても中流の中流、ザ・中流、っていう階級なのにさ。
姉はその中で上手に育った。ちょっとランクの高い、お嬢様学校に通い、在学中にちょっといいおうちのお坊ちゃまを掴まえ、とっとと嫁入り。すでに2児の母。旦那は一流企業のエリートサラリーマンでおうちは資産家、順風満帆な人生を歩んでいるように見える。
それに比べて、あんたは・・・が、かーちゃんの口癖だ。いつからかーちゃんって呼ぶようになったんだっけか?
そして、文頭に戻る。
「・・・ご趣味は?」
「・・・・短歌と詩を少々・・・」
うそではない。同人誌に短歌も詩も載せる。ただ、それがメインではないんだけどさ。うそでなく、オタクといわれないで済む、常識とのギリギリの妥協点がここだったんだけど。
「それはまた高尚なご趣味ですね。もう長いのですか」
「そうですね。かれこれ15年くらいでしょうか・・・でも恥ずかしくて、人様にお見せできるようなものではありません」
これ、売ってるって言ったらどうなるんだろうね。コミケとネットで販売してる。すごい儲かってる、というわけではないが、とりあえず赤字にはなっていない。趣味でやってて、赤字にならなきゃいいよね、って感じだ。固定客、というか、こういうとおこがましいがファン、のような人もいて、毎号楽しみにしてくれてる人がいる。
私が唯一人に誇れるもののはずなんだけどなあ。リアルの友人にはいえないんだよなあ、これが。もちろん、見合いの席で言えるはずも無い。俯いて自嘲気味に笑ったのが、恥ずかしがって微笑んだように見えたのだろうか。
道江おばちゃんがプッシュする。
「康子ちゃんは昔からおっとりしてて、恥ずかしがりやで、今時のお嬢さんみたいな騒がしいところとか全然ないんですよ。趣味も古風で・・・まだ小物も作ってるの?」
道江おばちゃん、突然私に話をふる。端切れで小物を作る、って趣味もあったね、そういえば。そっちのほうが受けが良かったか?
「ええ。でも端切れで作るホントに小さいもので、それも人様にお見せするようなものでは・・・・」
「なに言ってるの!すごくかわいい、売り物にできるようなものを作るんですよ。ほらこれとか」
と道江おばちゃんは自分のバックから化粧ポーチを取り出した。ああ、そういやあげたね、そんなの。おばちゃんにいらない着物があったら、くれといったら、代わりにその端切れの一部でなんか作ってよこせといわれたので、化粧ポーチを作ってあげたのだ。そういや思い出深い着物だっていってたねえ。大事に使ってくれてるらしい。
「あら、ほんとに素敵。私もひとつ欲しいわ~」って、お見合い相手の幸田さんの母上が食いついた。この母上は道江おばちゃんと習い事の教室仲間らしい。
その小物もコミケの売り物なんです、と言えればどんなに楽か。
意外と売れる。最近、作成している同人誌の話が、明治・大正・昭和初期をテーマにしてるから、その主人公が使ってる、という設定で、妄想を膨らませて作っている。買う人も結構喜んでくれる。ちなみにおばちゃんが持っている化粧ポーチは、許婚の男が初めてのデートのときに買ってくれた、という設定のものだ。戦争が始まり離れ離れになってもポーチは大事にもっている、という筋で、ずっと続いている話なので、コミケでポーチを見ると、喜んでくれる人がいる、というわけだ。結構凝った作りなので、量産できず、ちょっとしたプレミア商品になっている。
暇つぶしの手慰みがお金になるって良い。かあちゃんやおばちゃんからもらい受ける着物や洋服だから、材料費は、ほとんどかからないし。
しかし、私、趣味が短歌と詩と小物作りって、ちょっと根暗に聞こえない??いやほんとに根暗なんだけどさ。
古風っていうと、なんだかいいように聞こえるね。時代おくれってことか。
さて、お相手、幸田芳史さん。33歳。意外と、といっては失礼だが、整った端正な顔立ちで、なんだってお見合いなんかしてるのか不思議。無口だからか?
「うちの息子はほんとに不器用で、その上口下手で・・」と母上が言われる通り、あまり人間関係は上手じゃないかも。
ちょっとダサ風のクロブチメガネが似合ってて、口下手だとしても、モテそうなんだけどなあ。しばし好物件を観察。
あとは若い二人だけで・・・という定番の挨拶とともに、かーちゃんおばちゃん母上が離席すると、しばし沈黙。
私も口下手なんですけど・・・っていうか、こういう時は男の側から話を振るものだろうから、と待っていると。
・・・・・微妙な沈黙。長い、長いぞ~~。なんでもいいから早く話さんかい。
「・・・・あ、あの、どちらかでお食事でもいかがですか」って、あんた、たった今昼食を食べたっていうのに・・・
さすがにちょっと笑う。一応ここは品良く。クスッ。
幸田氏焦っているのが分かる。ちょっとかわいいかも。
「たったいま昼食べたばかりなのに、変ですよね・・・」
相手が焦っているとなぜか、落ち着く。
「いえ。笑ってしまって申し訳ありません。私、口下手でどう話を振っていいか分からなかったので、話しかけていただいてありがたかったんです」
控えめに微笑みながら言ってみる。
どうやら幸田氏、安堵したらしい。ちょっと、好印象じゃない?私。色白以外取柄がないけど、今日の着物にこの色白さは映えてるよね、きっと。まさしく「馬子にも衣装」だわ。
しかし、考える。私、ほんとに結婚して大丈夫か?家族は私がオタクだって知ってるし、昔から小説書いたり、絵描いたり、小物作ったりしてるの知ってるから、うちでなにしてようと勝手だけど、結婚したら、どうすればいいんだろう?
隠れて書くのか?夜じゃないと創作意欲がわかない、とか言えないよね、そしたら。
この好物件を逃すことをあの母が許すはずがない。しかし、私はこの人に黙ったまま、創作活動を続けられるのか??
うーん。人間、いつカミングアウトするのが一番受け入れられやすいかな・・・
先日友達から聞いた、都市伝説のようなカミングアウト話がある。
親しくなって、彼のうちに遊びに行った、いい雰囲気になり、このまま初めての・・・って時に、彼から自分の性癖についてカミングアウトされたらしい。自分は制服フェチだと。最中に着て欲しいと超ミニのセーラー服を出されたと。
彼女は受けいられずにそのまま別れたそうだ。その彼曰く、後から言うのは卑怯だと思ったから先に言った、とのこと。
これ、友人の話ではない。友人が、やっぱり友達から「友達から聞いたんだけどね・・・」と言って聞いた話。
ここまで又聞きだと、もう都市伝説だ。
いるのか、ほんとに。初めての夜に超ミニのセーラーを彼女に着せようとする男が。
・・・いかん。ちょっと自分の世界に入ってしまった。この好物件にも何か、カミングアウトするようなものがあれば、いいんだよね。そうすりゃお互いさまだし。
・・・問題は、どこまで許容できるか、だ、お互いに。
同人誌制作は許容されやすい範囲だろうか?う~ん・・・ゲイの話じゃないから、マシ、だよね?
それとも、同人誌って時点でアウトか。
でもでも、今の漫画家や作家で同人誌出身なんて、結構いる。プロになったものと、比べるなって?そりゃそうだ。
「幸田さんは・・・」
「は、はい」
しばらくの沈黙の後に唐突に話し出した私に少し驚いたように、幸田氏は声を裏返らせた。




